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Chapter1 Introduction

本小説は既に亡くなられた偉大な英国冒険小説家、ジャック・ヒギンズ氏への愛と敬意を込めて書きました。

 ベルファストの夜に雨が降る。紛争の影が色濃く残る1986年の北アイルランドの地では、それは珍しくない光景だった。幸いにもその雨の水滴は大きくはなく、弱い雨だった。

 雨の中、ベルファストの市街の路地の一角で男が1人佇んでいた。男は30代くらいの年齢で、黒いトレンチ・コートを着て顎髭を少し生やしており、髪色はブロンドだった。

 男はトレンチ・コートの内側から黒っぽい色の煙草の箱を取り出してその中から一本を口に咥えると、外ポケットからジッポ・ライターを取り出して、雨で火が消えないように手でライターの火を覆いながら、煙草の火をつける。煙草を吸い、煙を吐き出す。あたりに紫煙が漂ってくる。男は人を待っていた。トレンチ・コートの袖口から腕時計を一瞥して時間を確認する。

 しばらくして、佇んでいた男の方へ米軍の軍用フィールドジャケットを着た男が現れた。トレンチ・コートの男はその男の姿を見ると、煙草を地面に落として革靴で踏みつけ火を消す。

「待たせたな、ロイ。相変わらず男前だな」

フィールドジャケットを着た男が待っていた彼の名前を呼ぶ

「例の物は?」ロイが男に尋ねる。

「持ってきた、この通りな」

 男はやや大きめの紙袋をロイに見せて彼に渡す。ロイは袋を開けて中身を確認する。袋の中にはワルサーPPK小型拳銃とその予備弾倉、銃の消音器が入っていた。ロイは袋から弾倉を外ポケットに入れると、続けてワルサーと消音器を取り出して袋を捨てる。消音器を慣れた手つきでワルサーに取り付けたあと、銃の遊底を少し下げて薬室内に弾が装填されているのを確認する。確認を終えた後、遊底から指を離して、遊底後部を少しの力で叩いて正常な位置に戻す。

「ターゲットはチャールズ、MI6の工作員だ。この先の安ホテルに泊まってるぜ。おおよそ、俺たちIRAに対して当局の調査ってとこだろうな。まったく」

そう言うと男は続いて顔写真を手渡す。ロイは渡された写真を見て顔を数秒ほど確認すると、写真をジッポ・ライターで火をつけて焼却する。

「十分だ。あとは頼むぞ、ケリー」

ロイがそう男に言った。

「まぁお前からすれば温い仕事だろうがな、頼んだぜベルファストの始末家」

「やめろ、その渾名は気にいらん」

ケリーの発言に対して、ロイは若干の不愉快を示した。会話が終わるとロイはワルサーを外ポケットに忍ばせて背を向け歩き出す。彼はケリーの示した安宿へ向かう。

「共和国に万歳だ」

その様子を見たケリーは煙草を取り出して火をつけると、ロイを見送った。


 通りに出てしばらく歩くと、ロイはケリーの示した安ホテルへ到着する。周りを軽く見渡し、窓の位置や外の非常階段などをチェックし、あらかじめの逃走プランを頭の隅で練っておく。安ホテルへ入って行くと、簡素なフロントを確認することができる。ロイはフロントの人間の顔を少し一瞥する。若い男性で、自らが所属するIRA暫定派の組織で見覚えある顔だった。

「奴は?」ロイはフロントの男に尋ねる。

「3階の308号室にいます」男はすぐ答えた

「感謝する」

 ロイはフロントを後にして3階へと向かった。

 チャールズの宿泊部屋の前に到着すると、ロイは黒い革手袋を手に装着し、懐から開錠工具を取り出して扉の開錠を試みる。カチリと扉が開く音がすぐに鳴ったのを確認するとゆっくりと扉を開けてワルサーPPKを構えながら少しずつ歩いていく。部屋にはシャワーから流れる水音が響いていた。ロイは部屋のバスルームに向かう。部屋の中には防水用のカーテンが敷かれており、うっすらとチャールズのシルエットを確認することができた。カーテンの先からは水音と彼の鼻歌が聞こえてくる。

 ロイは彼の頭のシルエットが写るカーテンに向かってワルサーPPKを構え、2発の弾丸を放つ。弾が放たれた先で、脳漿と鮮血が壁一面に広がり、影は糸が切れたかのように倒れ込んだ。ロイはカーテンを開き、生き絶えたチャールズを確認する。記憶した写真の同じ顔の男が倒れていた。

 チャールズの死を確認したロイはバスルームを出ると、据え置きの電話でフロントに電話をかける。電話の呼び出し音が2コールほと鳴り響いて、ガチャリと相手方が出た音が電話越しに響く。

「俺だ、後始末を頼む」

ロイはそう一言伝えて電話を切り、彼は部屋を後にした。安ホテルに入る前に確認した非常階段から1階まで降りて路地に出ると、ロイは再び懐から煙草を取り出してジッポ・ライターで火をつける。すうっと一息、紫煙を吐き出す。

 彼は路地裏の方へと歩いて行った。煙草をふかしながら彼は思う。

「いつまで、こんなことが続くのか?」「いつになったら闘争は終わるのか?」そう彼は心の中で自問した。彼は疲弊していた、延々と繰り返される殺戮の日々に。擦り切れていく己の信じた大義や組織への信頼に。終わりの見えない闘争の日々に。

 本名、ロイ・シェリダン 。IRA暫定派の中尉であり組織の暗殺者。別名「ベルファストの始末家」

彼は静かにベルファストという都市の闇へと溶けて行った。

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