第26話:封鎖の先へ
廃工場を出ると、夜の街は冷たい霧に包まれていた。
音が吸われたように静かで、監視だけが動いている。
ビルの隙間を縫うように、機械の眼が巡回している。
先導する翔太、後衛に回る葵。翼は二人の間で、胸に刻まれた決意を確かめながら歩いた。
――父の足跡を辿る道。
――夢の中の少年と繋がる道。
三人が初めて、自分の意思で“仲間”になった道。
遠くでドローンの赤い光が瞬いた。
その下をすり抜け、彼らは地下都市への入口を目指して歩みを進める。
薄暗い高架下を抜け、三人は旧市街の外縁へと歩みを進めた。そこはすでに人の気配が途絶え、崩れたビル群と雑草の生い茂る廃区画が広がっている。
かつて都市を繋いでいた鉄道のトンネル。その入り口は無数の鉄板で封鎖され、警告のホログラムが無機質に点滅していた。
その表示は、まるで「ここから先は存在しない」と告げているようだった。
「ここか……」
翔太が息を呑む。
「記録省のデータでは、完全に封鎖されたことになっている」
「けど、あなたのお父さんは別の手を残していたのね」
葵が低く答える。
彼女が取り出したのは、先ほど見せた古びた金属片。
錆びついた鉄板の一角に差し込むと、微かな振動が走る。
一瞬、周囲の空気そのものが“応答”したように揺れた。
次の瞬間、重苦しい錠が音もなく解ける。
長年閉ざされていたはずの鉄板が、ゆっくりと横にずれていく。
地下へと続く黒い空洞が現れた。
光を拒むような闇だった。
翼はその闇を見下ろし、胸の奥に疼く感覚を抑えきれなかった。
――ここから先に、父が残した真実がある。
――夢の中で呼ぶ少年の声がある。
翔太が周囲を警戒しながら囁く。
「監視ドローンはもうすぐ巡回してくる。長居はできない」
「分かってる」
翼が頷く。
三人は順に闇へと足を踏み入れる。ひんやりと湿った空気が肌を刺し、かすかに金属の匂いが鼻を掠めた。
足音が反響し、遥かな奥へ吸い込まれていく。
しばらく進むと、崩れたケーブルや古い標識が現れた。「第六研究都市」と刻まれた朽ちたプレート。
その文字だけが、異様なほど鮮明に残っていた。
葵が微笑んだ。
「やっと、本当の入口に立ったわけね」
翔太は深く息を吐いた。
「もう後戻りはできない。俺は……政府を裏切った。ここから先は、完全に追われる身だ」
「同じだよ」
翼が彼を見た。
「俺だって、父を信じ、夢を信じて動いている。その先に何が待っているか分からない。でも、選んだんだ」
葵が二人の間に立ち、ゆっくりと手を差し出す。
「だったら――これからは、三人で進もう。誰が欠けても辿り着けない場所なんだから」
躊躇いの後、翼も翔太もその手を重ねた。
冷たい闇の中で、三つの掌が確かな温もりを伝え合う。
翼の胸に、父の声が甦った。
――選べ。
今なら分かる。その意味は孤独な決断ではなく、「選べ」という言葉は――何を信じ、誰と進むかを決めろという意味だった。
遠くで、機械の低い駆動音が、確実に近づいてくる。追跡者はすぐそこまで迫っている。
三人は視線を交わし、無言のまま闇の奥へと歩みを進めた。
旧第六研究都市――真田宗一郎と桐生博士がかつて関わった禁忌の研究。その扉が、いま静かに開かれようとしていた。




