第24話:真実への侵入
夜の街は、静けさの中に不穏なざわめきを含んでいた。
そのざわめきは、まだ誰も気づいていない。
ビル群の窓明かりは整然と点灯し、人工的なリズムで人々の生活を制御する。しかしその均一な光の下で、わずかに影が揺らいでいる場所がある。
そこは制度の監視網からはぐれ、都市の境界線に取り残された空白だった。
翼たち三人が身を潜めている廃工場も、そんな空白のひとつにすぎなかった。外壁は錆びつき、風が吹くたびに鉄骨が軋んで鈍い音を立てる。
だが内側には葵が整えた隠れ家があり、厚い遮蔽材に囲まれた空間では外部からの探知は不可能に近い。――はずだった。
古びた机の上には端末、紙資料、暗号化された記録媒体が散乱していた。蛍光灯の白い光がそれらを浮かび上がらせ、三人の顔を冷ややかに照らす。
「……これが、俺が記録省から持ち出したものだ」
翔太が口を開き、薄型端末を起動する。ホログラムが宙に広がり、都市の地図が精緻に描き出された。
翼は思わず前のめりになった。
ホログラムの中央、赤く塗り潰された区域が脈打つように点滅している。
見覚えはなかった。だが直感が告げる――ここに“何か”がある。
「第六研究都市……。封鎖されて久しい場所だ。公式記録では、かつて事故で中心の研究施設含めて都市は全壊、住民はすべて避難済みってことになってる。でも内部資料では“調査継続中”のまま、研究施設ごと残されていた。」
翔太の声は低く抑えられていた。裏切りの証拠を口にすることの恐怖が、彼を縛っている。
翼の胸の奥で、父の声が蘇る。
少年の影と共に浮かんだ父の姿。
もしかすると、その答えはこの都市に眠っているのではないか。
葵が机に紙資料を並べた。黄ばんだ紙に打たれた文字は、古いタイプ印刷のように不鮮明だが、いくつもの符号と数字が走っている。
「地下ネットワークを通して手に入れた記録。断片的だけど、やはり第六研究都市を指しているわ。宗一郎が最後に残した研究データの一部がここに収められている可能性が高い」
翔太は記録省からの断片的な内部資料を持ち出していた。だが、その膨大なデータの真価を見抜いたのは葵だった。彼女は、かつて地下組織で情報解析を担っていた――数値や記録の歪みを見抜く、その鋭さは彼女の武器だった。
「父が……」
翼は唇を震わせた。胸の奥で、亡き父の面影が重なる。幼い頃に聞いた、静かな声。その声が再び自分を導こうとしている。
「もし本当に宗一郎のデータが残っているなら、政府は隠しているってことだ。だから封鎖し、外部には事故と偽った」
葵の眼差しは鋭かった。
「つまり、その場所には私たちが知らされていない真実がある」
翔太はうつむいた。彼の指先は机の端で震えていた。
「……お前たちは軽く言うけど、そこはただの廃墟じゃない。今も内部は監視下にあるはずだ。入れば即座に“危険因子”として処分される」
翼は翔太を見つめ、はっきりと言った。
「それでも行く。俺は父の真実を知りたい。夢で見たあの少女――レイの手がかりがあるかもしれない。レイ、生きているのかーー」
名を口にした瞬間、空気が張り詰める。
翔太の表情に動揺が走った。記録省の内部文書にも、その名はたびたび登場していた。封鎖指定対象、危険因子、隔離措置――すべてが赤字で塗りつぶされた忌避の符号。
「……お前、なぜその名を?」
「知らない。けど夢に出てくる。父と一緒に」
翼は自分でも説明できない衝動に突き動かされていた。
沈黙が流れる。やがて、葵が口を開いた。
「だったら決まりね。翔太、あなたはどうするの?」
翔太は深く息を吐き、顔を上げた。その瞳にはまだ迷いが揺れていた。
「俺は……昨日まで記録省の一員だった。任務はお前を監視し、場合によっては処分すること。だが、今ここにいる俺は……それを放棄した裏切り者だ」
言葉を吐き出すたび、彼の肩が重く沈んでいく。
「もし一緒に行くなら、俺は完全に戻れなくなる。それでも……」
彼は翼を見た。
その眼差しには、自分でも説明できない確信が宿っていた。
「……それでも行く。……俺はもう、“正しい側”に戻れない。俺も、お前と一緒に」
葵が静かに笑った。
「これで三人ね。監視者も、逃亡者も、潜伏者も関係ない。ここから先は“同じ側”よ――立場は違っても、目的はひとつ。旧第六研究都市へ真実を探しに行きましょう」
三人の間に、初めて確かな結束が芽生えた。
机の上で赤く点滅する地図が、彼らの行き先を告げていた。
旧第六研究都市――封印された真実の眠る場所へ。




