スペシャルな夜に
「ボクらの曲って知ってる?」
「以前にライブで聴いたことあります」
「でも、ぶっつけ本番は厳しくね?」
「だよね、1曲だけにしとくか」
知ってるも何もこの日のために練習してきてることは浅倉から口止めされた。
ー メンバーとの打ち合わせの前 ー
「(ちょっとこっちへ)」
浅倉から手招きされた。
メンバーにはトイレに行くと言って席を外した。
「どうした?時間ないのに」
「いいですか、私たちが曲を練習してきたことはメンバーには内緒でお願いします」
「どうして?」
「こなれた感じを見せたくないので、あくまで予想外のフリを演じてください」
「初めてなのにこんなに出来るやつとアピールしろってこと?」
「そういうことです」
浅倉の言ってることはごもっともだ。
相手から演奏に参加することを誘ってきたとはいえ、あれもできますこれもできますだと変に思われるだろうし。
「実は大ファンで全曲完コピできます!」と言ってメンバー加入となった場合には今後の発言権が低くなりかねない。
浅倉のもうひとつの目的である楽曲提供にマイナスの影響があるかもしれないからだ。
「わかった、ワシの演技力見ときや!」
「エセ関西人さん、頼みますよ」
ー 再びメンバーとの打ち合わせ ー
「セイラブから参加してもらおうか?」
「盛り上げ曲だしそれがいいかも」
「あの、セトリ見せてもらえますか?」
松本はセトリの紙を受け取り目を通した。
事前に予想した通りだ。
これならいけるかも?
「バラードのジャスドリが終わった後にブレイク入れず、僕がアドリブでシンセソロを次の曲に繋ぐ形で入って、ソロが終わるタイミングで分かりやすい合図送るので、そこからバンドで一斉にセイラブに入るのはどうですかね?」
この流れは事前に練習してきたものだ。
ただ、当初の予定はメンバーにはサプライズという形での乱入だ。失敗するリスクも大いにあった。
しかし、事前にこうするとメンバーに伝えていれば成功率はグッと上がる。
「そのアイデアいいね」
「うん、カッコいいかも」
「それなら俺等はいつも通りでいけるね」
「セイラブの楽譜、誰か持ってない?」
「ここにあるからしっかり確認しといてね」
「分かりました!」
みんなでの通しリハはできない。
しかし、自主練でこの曲はやってるので問題なくいけるはず。
何度も何度もやったから大丈夫。
自分にそう言い聞かせる。
そんな僕の姿を少し離れた場所から見つめる浅倉も拳を握りしめ小さく頷いた。
「Base Areaの皆さん出番です!」
スタッフが呼びに来た。
普通のバンドならステージに上がる前に円陣組んだり、気合を入れるために声出しをやったりするのだろうが、このバンドはそのようなことはしない。
各々が自分の持ち場にただ向かうだけ。
別に仲が悪いわけではなく、これが彼らにとっての普通なのだ。
と、端から見て僕はそう思った。
メンバーが一人ひとりステージに登場するたびに歓声が起こる。
今夜のメインアクトの一つだから当然だ。
待ちに待ったファンが多いのだろう。
そして最後に登場したボーカルのウツにピンスポットが当たる。
「うっしゃらぁぁぁ!」
スイッチが入った。
ウツからU2に変わった瞬間だ。
ライブスタート!
Base Areaはこの日のイベントの前後に全国ライブツアーも行っている。
ZONEのようなキャパ200人程度のライブハウスなら場所によってはワンマンライブが行えるほどの人気だ。
久保のようなバンギャが大勢付くのも解る気がする。
ツアー中なのでメンバー全員の調子もよい。
場数をこなしてるからだろう。
「こんばんは、Base Areaです。今夜はスペシャルな夜にしましょう!」
ウツさんのMC。
スペシャルとは僕が参加することを言ってくれてるのだろうか?
テンション上がってきた。
バラードの“Just A Dream”が始まった。
この曲が終われば僕の出番だ。
何度も深呼吸をする。
すると後ろから浅倉が肩を叩いてきた。
「松本さん、あえてプレッシャーをかけます。ここが正念場です」
「(こんな場面でそんなこと言う?)」
「ですが…楽しんできてください!」
満面の笑みで送り出してくれた。
よし!やってやる!
「よし、あとは任せた!」
静かにドラムのシンバルが鳴り止み暗転。
暗闇の中からシンセソロが始まる。
聴いたことがない曲に場内はざわつき始める。
新曲なのか?
それとも単に繋ぎのインタールードなのか?
いつもと違う展開にバンギャたちも異変に気付く。
「あそこに誰かいない?!」
ピンスポットが僕に当たった。
T28だ。
「最初の方に出てたアイツだ」
「何でいるの?」
「出るとこ間違えてない?」
「スペシャルってこれ?」
「いいぞやれやれ!」
観客の心の声が脳内に流れる。
ソロが終わると左手を大きく突き上げた。
この合図でバンドがいっせいに音を出す。
“Say You Love Me”だ。
シンセからショルキーに替えてドラムライザー付近まで前に出る。
あくまで主役はBase Areaなのだから必要以上に前には出ない。
サビが終わって間奏だ。
ギターとユニゾンでソロを弾く。
これも事前に打ち合わせしておいたが、演るのはぶっつけ本番。上手くいくか?
するとウツが手を振って前に来いと煽ってくれた。
ピッタリハモった!成功だ!
「ジャーン、ダカダン」
曲が終わって袖に引っ込もうとした瞬間にウツのMCが入った。
「メンバー紹介をします」
「オンドラムス、アベ!」
「オンベース、カツラギ!」
「オンギター、ナオ!」
「オンボーカル、U2!」
「そして、オンキーボード…T28!」
「T28に大きな拍手を!」
「パチパチパチパチ」
こうして僕の出番は終わった。
Base Areaは残りの曲を演り、大トリのNovember Rainのライブを観ることも打ち上げに参加することもせずに即逃げした。
翌日、別の土地でライブがあるので、そのまま車で移動するそうだ。
ー 久保と友人とのライブ後の会話 ー
「Base AreaとT28のコラボ良かったよね」
「この日だけなのかな?」
「そうじゃないの?スペシャルとか言ってたし」
「でも、メンバー増やすとか何とか言ってなかったっけ?」
「あー、そういや言ってたような。でも、それってT28側がでしょ?BAに加入するとは言ってないし」
「それもそうだけど何か気になって」
実際この時点では何も決まってない。
松本側はメンバー加入を目指して計画を進めてきたが、ライブ終わってから何も言われてないし、今後の約束も交わしてない。
それどころか、即逃げだったので「お疲れ様でした」の挨拶すらしていない。
完全燃焼した松本はそんなことすら忘れていた。
しかし、浅倉は冷静だった。
「次は?」
「誰かの連絡先聞いた?」
「え?これで終わり?」




