第9話ー戦を求める傭兵ー
第1章ー神隠し編ー
第9話ー戦を求める傭兵ー
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リアブロ大陸において、中小国の全軍が職業軍人のみで構成されていないというのは珍しくない。何故ならば、金のかかる常備軍を戦争可能なだけ揃えるというのは、中小国の予算では難しいためである。
そんな中小国が戦力を用意する際の方法は、農民からの徴兵か傭兵を雇い入れるかのどちらかである。
何が言いたいかというと、リアブロ大陸では中小国という需要があるため、傭兵産業が盛んであるということである。
傭兵達は戦争の匂いを嗅ぎつけ、金を対価として戦場に立つ。そんな彼らでも、ジスロード国の一件は嗅ぎつけられなかった。
だがしかし、どこにでも嗅覚がというよりも第六感が働く者がいるもので…。
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○旧ジスロード国王都○
○新女王屋敷○
「お初にお目にかかる。某は【ヤグスの民・ソルテ族】の族長【デーハー・ソルテ】と申します」
質素ながらも高級な装飾品の置かれた応接間で、民族衣装を着た老人が頭を下げる。
「こちらこそお初にお目にかかりますわ。アンナと申します」
アンナが他所向けの笑顔の仮面と、他所向けの丁寧な口調で語りかける。
「こたびはこのような場を設けていただき、誠にありがとうございます」
「こちらこそ、大したおもてなしもできず申し訳ありませんわ」
「いえいえ、まさか女王陛下直接お茶をご馳走してくださるとは…息子達に話したら羨ましがられるでしょうな」
「あらあら」
2人はクスクスと笑う。
「さて、本日参りましたのは、お願い事がございまして…」
「あら、何でしょうか?私達に可能なことであればいいのですが…なにぶん、我々も内戦の最中。出来ることは限られますが」
「もし、我々の願いを聞き入れてくださるのであれば、我々部族は女王陛下に忠誠を捧げることをお約束いたします」
「…内容をお聞きしても?」
応接間の緊張感が高まる。
「お恥ずかしながら、我が部族はヤグスの民の間で起きた部族抗争で故郷を追われ、傭兵家業を生業として各地を流浪しております」
「昔、旅人から聞いたことがあります。5つの傭兵団を保有する傭兵民族と」
「ええ、傭兵団のおかげでなんとか命を繋いでおります。人の命を奪っておいて図々しくはありますが…」
デーハーが苦笑する。
「お願いの内容ですが…我が部族に定住地を頂けませんでしょうか?」
「定住地…ですか?」
「はい。我々としても長い間放浪しました。この老骨もそうですが、もはや皆が流浪の人生にうんざりしております。
ーーー流浪して100年。我々に安息の地を頂けませんでしょうか?」
アンナは少し考え込む。デーハーは部族争いと言ったが、ソルテ族が追放された原因は、部族の連合族長の地位を狙った…簡単に言えば下克上を狙ったためである。
そんな部族を受け入れようという物好きな権力者は、なかなかいなかった。
「分かりました。ソルテ族の為に土地を用意させていただきます」
「おお‼︎ありがとうございます‼︎」
その場で土下座して感謝の意思を表そうとするデーハー。しかし、アンナは首を横に振る。
「しかし、それは我々が勝利し、この地に新国家を樹立してからの話です。それまではただの小娘との約束に過ぎません」
「さらに言えば、女王陛下に付いた我々は、敗戦すればどういう扱いになるのかは目に目に見えている」
ギラリとデーハーの目が獰猛な光を放つ。
「ふはははッ‼︎そんな事はここに来る前に覚悟しております‼︎傭兵として鍛え上げてきた軍事力。女王陛下に捧げまする‼︎そして勝利を‼︎新国家の建国を‼︎」
「期待しておりますわ」
こうして、アンナは内戦の勝利を条件に、ソルテ族の自治区を用意することとなった。
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○同時刻○
○新女王屋敷○
○客室○
アンナとデーハーとの会談と時を同じくして、別の部屋ではもう1人の内乱の黒幕が、とある場所と通信を行なっていた。
「ああ、そうだ。戦況は我らが皇帝陛下の望まれた通りに進行している」
偽商人の男は通信機片手に、ニヤニヤと報告を続ける。
「ああ、獣人どもはいい働きをしている。ああ、ジスロードの王族は逃したのも含めてな」
ニヤニヤと笑みを浮かべる偽商人の男は、机の上に置いてあった梨のような果実を齧る。
「ん?ああ、梨…梨?みたいな見た目の桃味の果物食べてる。変な感じだ」
通信機の向こうでクスクスと笑う声がする。
「それで?そっちの方はどうなんだ?」
通信相手の言葉を聞いた偽商人の男は、笑みをやめて苦虫を潰したような表情を浮かべる。
「それはいかんな。人生予定通りにいかないとはいえ、皇帝陛下の計画が崩れてしまう」
偽商人の男は少し考え込む。
「ふむ、まあそちらは任せる。俺は俺の仕事をするのみだ」
偽商人の男は胸に手を添え、真の主の名を呟いた。
ーーー全ては、我らが久島皇帝陛下の為に。
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○ジスロード国残党軍○
○前線指揮所○
「ふーむ、アンナ嬢が反乱ねぇ…まあ、気持ちだけは分からんでもないがなぁ」
指揮所であるテントの中で、軍装の中年女性…ジスロード最強の女将軍【メフィスト・レーバティン】伯爵は、手の中のカップを揺らす。カップの中のワインが手の動きに連動して揺蕩う。
「ーーーさて、気持ちはさておき戦況把握だ」
「はっ‼︎」
士官の1人が立ち上がる。
「逆賊アンナ率いる反乱軍が王都を占領後、王都周辺の都市が反乱軍に合流。そう戦力は5万から6万ほどかと思われます」
「5万から6万だと⁉︎」「我が軍と大差ないではないか‼︎」
列席していた指揮官達が思わず声を上げる。
「その内の民兵や傭兵が2万から3万。残りの兵士は…」
「獣人兵…か」
獣人。この地方にはいないが、リアブロ大陸北部には獣人の国がある。
「まさか大陸北部から来たとでもいうのか?」「流石にあり得んだろう…だよな?」
再び場がざわつく。
「…確実に言えるのは、アンナ嬢がどこかしらの支援を受けている事くらいか?」
「「「「ッ⁉︎」」」」
あえて言わなかった士官も含め、メフィスト以外のその場の全員が絶句する。
「こういうのははっきり言ったほうがいい。それよりも、どこからの支援か、何とか調べられないか?」
「残念ながら…しかし、その数の派兵となるとどこかしらの国を越境します。そんな行為をすれば間違いなく我々の耳にも入る筈」
「海、か」
その数の軍勢が越境すれば、どんなに隠そうとも情報が漏れる。だがしかし、ジスロード国にその情報は来なかった。ならば、可能性としてあるのは船による輸送である。
「王都は海に近かった。成る程、それなら納得できる」
「ーーームーン人民共和皇国」
ボソリと1人の士官が呟く。
「海の向こうにムーン人民共和皇国を自称する国家があった筈。ワラキオ王国の再軍備化を支援したとも聞いております。そのムーンが大陸に影響力を持つために、この戦いに関わっているとすれば…」
「ジスロード王国が破れる時、この地に建国する新たな国は、ムーン人民共和皇国の言いなりになる、か」
場がざわめく。
「ワラキオの新たな軍隊は精鋭だと聞く。その支援となると」
「厳しい戦いになりそうだな」
メフィストは内心で舌打ちする。
「(このままでは脱走兵が出るな)」
ジスロード残党軍は現状では新女王軍と対峙できているが、本格的に他国の支援が入れば話は別である。大きく戦場の天秤が傾く。
「【白蓮連合王国】の支援は受けれないのか?」
「いや、白蓮連合王国との盟約は他国との戦争の際だ。今回は他国の干渉があるとはいえ内戦…盟約の増援は受けれないだろう」
白蓮連合王国。黒曜帝国と対を成す大国であり、ジスロード国と軍事同盟を結んでいる国家である。しかし、その同盟は他国との戦争の際に履行されるものである。内戦には適応されない。
「ならば、今のあるだけの情報を集め、こちらに有利な戦況へと運ぶしかない。騎兵と戦うのが難しいなら、兵士ではなく馬を殺せば良い」
メフィストは脳内で戦況をまとめる。
「…敵には他国の支援がある。他国からの義勇兵と思われる獣人も強力だ。しかし、反乱軍の約半数程度は戦闘経験のない平民達に武器を持たせただけの民兵。経験豊富で鍛え続けている我々の敵ではない」
そう、新女王軍の弱点は兵の練度であった。そもそも半数近くが民兵である以上、それは仕方ないことであった。
「獣人兵は大人数で各個撃破。民兵は力押しで構わん」
「「「「はっ‼︎」」」」」
しかし、その前提すらも覆ってしまう事態が、前線で起き始めていた。
*********
○とある戦場○
「ば、馬鹿な…何故奴らがこんな場所にいる⁉︎」
叫んだのはジスロード国の残党軍兵士であった。それも地方領軍の兵士ではなく、正規兵として名前の売れていた叩き上げの下級指揮官であった。
そんな人物が思わず叫んでいた。何故奴らがここにいると。
「お久しぶりやなぁ。元気にしてたかい?」
「まあ、初戦の相手には悪くは無いな」
怯むジスロード残党軍を尻目に、戦場に現れた武装した男達はニヤニヤと笑みを浮かべていた。その手には手投げ斧と丸い盾が握られている。
「ゔぁ、【ヴァイ傭兵団】…‼︎」
ヴァイ傭兵団。悪名高いというのがぴったりな傭兵団であるが、その悪名も実力に裏付けされたものである。なお、傭兵団員のほぼ全員が戦闘狂に部類される人種であり、"人生最高最良の敵と素晴らしき戦いをしたい"という思想を掲げている。
「俺らだけじゃ無いで?【ガオン傭兵団】【バラティエ傭兵団】【赤牙傭兵団】【ヤコフ傭兵団】もいるぜ?」
「なん、だと?」
挙げられた名前の全てが名の通った傭兵団である。
「さて…問題だ。何故そんな軍事情報を、敵であるお前達教えたか…」
「答えは簡単‼︎皆殺しにするから‼︎」
「「「「うぉおおおお‼︎」」」」
ヴァイ傭兵団がジスロード残党軍の兵士達に襲い掛かる。ある者は頭をかち割られ、ある者は盾にした武器ごと叩き斬られる。
「クソクソクソ‼︎死んでたまるか…‼︎死んでたまるかぁああ‼︎」
「ご苦労ちゃん」
銀の一線が、ジスロード残党軍下級指揮官の首をはねる。
「はいはい皆殺し〜♪」
ーーーこのような一方的戦闘がいくつかの箇所で行われた。それは盟約通りに戦線に加わった、ソルテ族の兵士達であった。
彼らはその多くが優秀な戦士であり傭兵である。民兵と油断したジスロード残党軍などものの敵ではなかった。
「この分なら、俺らの土地もすぐに手に入りそうやなぁ」
「油断するなよ?」
「ははは‼︎もちろん‼︎孫を見るまで死なんで‼︎」
こうして、戦況はわずかに新女王軍に傾きつつあった。
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エンド