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道を究める二刀流  作者: 沢村俊介
20/20

新人キャッチャーとの出会い

 宮本はロサンゼルス郊外の禅宗のお寺から、タクシーでアナハイム市にある家に向かった。家に着くとタクシーの運転手さんに少し待ってもらい、荷物を取ってきて、再びそのタクシーで市内の選手の集合場所に向かった。

 移動先はロサンゼルス市の北にあるオークランド市だ。球団専用の大型バスで、アナハイム市からロスの空港に向かい、そこからやはり球団専用の航空機で、オークランド空港に飛ぶ。

 飛行機が飛び立って、シートベルト着用のサインが消えた。

 すると隣の席に座った男が、宮本に声を掛けてきた。

「こんにちは。はじめまして。私の名前は、佐伯進次郎です。よろしくお願いします」

 宮本は突然の自己紹介に驚いている。顔をよくよく見ると、日本人のようだ。しかし、何とも、たどたどしい日本語だ。ひょっとしたら、医師志望だという水野五月さんのように、日系のアメリカ人かもしれないと思う。

 この9月からベンチ入りの枠が増えた。

 メジャーの各チームのロースター(選手枠)は、シーズンの初めから8月末までは25人の枠だった。しかし、その選手枠が9月初めには40人まで拡大される。9月に入るとマイナーで活躍していた若手が大勢、メジャーに昇格してきた。

 隣りの若い男が言う。

「僕は、高校卒業後にドラフトの二巡目でこちらの球団に入り、3年ほど、マイナー3Aでキャッチャーをやっていました」

 二巡目で指名なんて、すごいじゃないかと宮本は思う。年は自分より下になるみたいだ。

「こちらこそよろしく。僕はノーコンだから」

 宮本はあわてて、そうあいさつした。

「えっ。ノーコンですか?」

 そうだ、相手はアメリカ人。ノーコンなんて日本語がわかるはずがないと思った。

『ノーコンとは、投手が投球する際、投げる球のコントロールがなかなか定まらないことをいう』というセンテンスが英語ですぐに出てこない。

 宮本は思わず、エイヤーとばかりに英単語を並べた。

「アイ ハブ ノー・コントロール。バット、イフ ユー キャッチ マイ ボール、アイ ウィル トライ トゥー スロー グッド コントロールド ボール」

 と言ってしまった。

 佐伯と名乗った男は、にこにこしながら、うなずいている。ブロークンな英語ながら、多少はわかったみたいだ。

 佐伯はたどたどしい日本語ながら、真剣なまなざしで言う。

「僕は日本語がわかりません。日本語を僕に教えてください」

 宮本は、なかなか気の良さそうな男だと思う。初対面ながら彼の身の上について尋ねる。

「でも、佐伯さんは、日本語が堪能です。ご両親は日系の方なんですか?」

「いいえ、それが父母ともに日本人なんです。でも、父は若い頃、日本の貿易商社に勤めていました。しかし、アメリカ支社に転勤後に、その会社を辞めました。こちらに永住する覚悟でした。そして個人で畜産の仕事をはじめました。僕はこちらで生まれ、アメリカの高校を出て、MLBめざし、まずはマイナーリーグに入りました」

「そうだったのですか。それにしても、すごい、それは」

 宮本はびっくりした。アメリカで事業を起こすという両親の覚悟も相当なものだったろうし、本人にしても、プライベートな生活では日本語だったろうけれども、幼稚園や小学校に通う頃になると、周りはみんな英語だから、コミュニケーションを取るのは大変だったろうと思うからだ。

 もっとも、日本人でこちらの高校を出て、プロ野球の選手をめざし、東部地区のニューヨーク市を根拠地にするNY球団の3Aに所属し、今、マイナーリーグで活躍している若い選手がいることは、宮本もMLBのネットで知っていた。でも、元々日本人ながら、アメリカの社会になじみ、かつ野球の技術も学び、マイナーリーグでがんばっている選手たちの一人が、今こうして自分の間近かにもいるなんて、信じられなかった。

 宮本自身、英語はどうも苦手だ。でも、これで自分はこの人に日本語を教えてあげ、相手の彼には英語を教えてもらうことができるかもしれないと思う。

 それにキャッチャーと、こういう良いコミュニケーションが取れれば、今後の自分のピッチングにも良い結果を生むかもしれない。これから楽しみだなと宮本は内心うれしかった。

 ロサンゼルス空港からオークランドの空港までの地上の直線距離は約300キロ余りだ。着陸態勢に入るという機内放送で、宮本はシートベルトを締めた。

 オークランドの球場に着く。試合前の練習中、宮本は佐伯の姿から目が離せなくなっている。

 来る時の飛行機の中での、佐伯の自分に対する親しみを込めた話しぶりのせいなのか。それとも練習前、ブルペンコーチから『佐伯のキャッチング・テクニックはすばらしい。ブルペンでのピッチング・トレーニングでは、佐伯にボールを受けさせる』と言われたからなのか……。

 宮本が見ると、佐伯が外野の芝生で、フェンス沿いに、うさぎ跳びをやっている。うさぎ跳びなんて、いかにも古くさいトレーニングだなと思う。

 でも、レフト側のポールから、外野フェンスに沿って、ライト側のポールまで、約200メートルぐらいあるだろう。とすれば、往復で400メートル。2往復すれば800メートルだ。それを佐伯は軽々とやってのけているように見えた。古くさいトレーニングとは思いつつも、宮本にはそれが驚きだった。

 宮本が外野の芝生を走っている。すると、佐伯も後ろから付いてきた。一緒に並んで走る、というわけではない。あくまでも、自分の後ろについて、しかも自分のランニング練習の邪魔にならないようにという気持ちが、宮本には感じられるのだ。

(こいつ年下ながら、先輩に気を使っているな)

 宮本はそう思いながら、決して不快ではなかった。むしろ、先輩として立ててもらっているようで気持ちがよかった。

 ブルペンに入る。佐伯と軽くキャッチボールをはじめる。むろん佐伯は立ったままだ。

 が、宮本はすぐに気が付く。ミットに吸い込まれるボールが、『ポーン』と小気味よい音を立てる。

 宮本は続けて、強めのストレート(=フォーシーム)を投げる。しかし、またミットからいい音が聞こえた。その音は投げている宮本には快い。「快打・快音」という言葉があるとすれば、「快投・快音」ということがあるかもしれないと宮本は思う。

 宮本が観察するに、佐伯はミットの芯でボールをキャッチしているようだ。それに、佐伯はアウトコースのボールは、右の肺の近くで、インコースの球は、自分の左の肺の前でキャッチしているようだ。

 そんなことを考えながら投げている宮本だが、ふと宮本は変化球ならどんな音になるかな、と思った。

 宮本は、中指と人差し指をちょっとばかり時計回りにひねった。捕手の佐伯に対して、スライダーを投げるよというサインだった。宮本が手首、右肘をひねってボールを投げる。と、ボールはアウトコースすべる。と、やはり、フォーシームと同じように、ミットからポーンといういい音がした。

 今のスライダーは時速145キロぐらいだろう。これより遅いカーブなら、このミットの音は落ちるだろうと宮本は思った。

 今度は、宮本は、中指、薬指、小指を時計回りにゆっくりとひねる。これはカーブを投げるよ、というキャッチャーへの合図だ。スピードは落ちるが真ん中からアウトコースへゆっくりと曲がりながら落ちる。がしかし、何とやはり、さっきのスライダーと同じように、ポーンといういい音がした。

 宮本はおかしいな、と思う。時速130キロのカーブと、時速145キロのスライダーとで、音が同じなんて考えられない。スピードのある球はキャッチャーミットで高音の音を発し、遅い球は、ミットで低い音になるはずだと思った。

 どうしたことだろう、宮本は疑問に思う。ミットに仕掛けがしてあるのだろうか、と勘繰った。一方で、捕手の佐伯は、肩の高さから、そのまま地面に平行に腕を伸ばし、回転数の少ないストレートボールで、自分の右肩にきっちりとボールを投げて返すのに、宮本は気づく。佐伯は、キャッチャーとして基本ができているな、と宮本は改めて思った。

 宮本は、ホームベースの後ろに立っていた佐伯に坐ってもらう。フォーシームをアウトコースの低目に投げる。ポーンといい音がした。そして、捕手の佐伯はきちんと立ちあがって、小さなモーションでボールを投げ返してきた。

 バッティングで会心の当たりというのがある。バットの芯でボールの芯を貫くと、カキーンという耳に心地良い音が届き、しかも、バットを握る手のひらにも心地よい感触が残る。

 今、投球をして、そのボールを佐伯に受けてもらうと、ミットからポーンと、こころよい音が届く。しかも、その時、自分の肩や肘、手首に快い感触が残る。投げる時、無理な力が入っていないのかもしれない。

 バッティングにおいても、バットの芯でボールを捕らえれば、それほど力が入っていないにもかかわらず、ボールが遠くに飛んでいく。それと同じような感じがする。

 投げる喜びというものは、こういうことかもしれないな、と宮本は思った。(つづく)


 



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