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道を究める二刀流  作者: 沢村俊介
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人は挫折があってこそ成長できる

 ホームでの試合が終わった。通訳の三原氏は用事があり、寺坂が車で宮本をレジデンス(賃貸借の一軒家)まで送っていくことになった。

「寺坂さん、昨夜は和尚さんにお世話になりました」

「えっ、そうなの? でも、足の方は?」

「キャブ(Cab)を頼みました」

「そうでしたか……」

「遅くにお寺に行ったんですが。それにしても宅野和尚には、ご迷惑をかけました」

「いやいや、叔父は人さまに役に立てることがうれしいようですから、大丈夫ですよ」

 宮本は、運転している寺坂の横顔をみた。笑顔だったので、ほっとする。

「それに、朝食までいただいたので、水野さんという修行に来ている人にも迷惑をかけてしまいました」

「そうでしたか。でも、あの人も、からだを動かすことができて、いいことではないでしょうか?」

 レジデンスに着いた。宮本は寺坂ともっと話がしたかった。

「お茶でも飲んでいきませんか?」

「迷惑でなかったら、ちょっとだけ」

 うちに入ると、宮本と寺坂はふたりで、カルピスを飲んだ。寺坂はことわったが、宮本は甘党なので、ついでにクレープを食べている。

「あの水野さんという人、あまりしゃべらない方ですね」

「そうかもしれませんね。僕も、あまりしゃべったことがないし。叔父の話だと、総合医をめざしているのに、何かしら、迷いがあるらしくて。だから、あまりしゃべられないのかもしれないですね」

「そんなこと、寺坂さんには、わかるんですか?」

「そりゃ、僕には深い事情なんてわからないですよ。ただ、それは僕の経験からしての想像にしか過ぎませんから」

「じゃ、寺坂さんも、学生時代には、進路のことで色々と悩まれたことがあるんですか?」

「そりゃ、もちろんですよ。僕は、実を言えば、大学の二回生までは、中学校の社会科の先生になりたかったんですよ」

「へぇー、それ、本当ですか?」

 宮本は驚いている。球団事務所の経理担当や野球選手のスケジュール・健康管理の仕事と、生徒に地理や歴史を教える教員の仕事とのあいだでは、かなり開きがあるように宮本には感じられるのだ。

 野球選手が相手にしろ、中学生が相手にしろ、この目の前にいる寺坂という人は、周りの人々に対して、優しく接せられるということでは変わらないのかな、と宮本は思っている。

「でも、なぜ、教員になることを止められたのですか?」

 寺坂は氷だけ残ったコップを持ちながら、宮本の問いかけに答えようとしている。

「最初、僕は学校の先生になりたくて、教育学部に入ったんです。でも、だんだん自分は先生に向いていないように思われてきて。そして三回生の時、経済学部に編入学したわけです」

「それは大変でしたね。でも、どうして向いていないなんて」

「学校の先生というのは、生徒たちに知識を教えるだけでは十分でないと僕はその頃、思ったんです。やはり、生徒たちと向き合い、進学か就職かとかの進路の相談、あるいは人間としてこれからの人生をどうやって生きていくのかといった点について、相談にのってやらなくてはだめだ、と思ったのでしょう」

「でも、僕は、寺坂さんはやさしい先生になれたと思うけどなぁ」

「そうですか。そう言ってもらうと多少救われますが。しかしともかく、あの頃の僕は教員失格と思い、学部を替えました。学部を替えたことで、なかなか単位がそろわず、結局卒業したのは同級生より一年遅れでした。そしてバイトも色々とやりました。でも、そういう苦労と言うか、回り道というのは、けっこう自分にとっては良い経験になっているのではと、今ではそう思うことがありますね」

 宮本は自然と頷いている。自分だって、ままならないことが多くあった。その多くは怪我ゆえのものであったが。高校生のとき、腰を痛めて投げられなかったこと、あのときは本当に暗闇の中に放り出されたように感じたものだった。プロに入ってからも、右足首の故障とか、左太腿裏の肉離れで戦列を離れたことがあったし。

 寺坂がコップを置いて、こちらを見ている。宮本は過去の回想を止めた。

「僕が叔父に聞いたところによれば、お寺での修行もあって、水野五月さんは今、あまり大学の方には出かけておられない、ということです。でも、僕だって立ち直ったんですから、水野さんにも是非また、大学の方へ復帰して欲しいものです」

「そうですね」

 宮本はそう答えながら、ちょっと胸にチクリと痛みが走ったように感じた。寺坂さんに嫉妬?、まさか?、と宮本は心の中で苦笑いをしている。

 寺坂さんも、水野さんも、順調に生きてこられたとはいえないのかもしれない。自分だってそうだ。

宮本は、自分ひとりだけが苦しんでいるのではなく、他の人たちも一生懸命やってきたのに、なかなか自分の思う方向に向かっていけないという挫折感を味わっておられるのかもしれないと思う。すると、何かしら自分の肩にのしかかっている重圧、つまりマスコミやファンの皆さんの期待という、自分の肩の上に乗っかっている重い石が少し軽くなったような気がするのだった。(つづく)

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