6
港町の係留地点である岸部では、投錨の音が豪快に海面を叩き盛大な水飛沫を上げた。
潮の香が強く、街角には露店が並んでいる。今朝とれたばかりの海産物が所せましと売られ、人々の活気で満ちていた。
マストの帆が張られたガレー船が次々と入港していた。
海鳥たちが群れで上空を無数に舞っている。
パードルの港町は古来より海運で栄えた街である。ゆえに、もう数百年も昔からの変わらぬ賑やかな光景であった。
1
「中原の方は凄いらしいな。なんでもあのガルノスと北方の獅子が正面からぶつかる会戦らしいじゃねぇか」
朝から酒を呷る酔っ払いが声高らかに叫び、興奮した様子だった。
「そうだ。んだもんで、遠洋の漁師たちも安心して漁業ができねぇ。北方は冬は凍っちまうからな。冬の前が海産物の漁獲できる機会だってぇのによぉ」
別の誰かが批難するように泣き言をいう。
「ムハハハ、そうだ、皆の酒を飲もう。そうすりゃあ、チットとは憂さ晴らしもできるんだで」
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露店の酒場や商店が両側に立ち並ぶメインストリートを早歩きで通り抜ける人影が、それらの光景を横目で見ながら、
「ちっ、馬鹿どもが」
心底、軽蔑した口調で言った。
(馬鹿は死ねばいい。)
青紫色の不健康な唇をしながら、痩せぎすな青年はボロの麻布マントを地面に引き摺りつつ呟く。まるで、世界の全てを呪っているかのように濁った目で周囲を警戒していた。
午前の日差しはやや雲に翳り、冷気が街の辻角に流れ込む。
しかし、青年は気にする素振りも無く穴だらけのブーツを石畳に歩ませた。……
「おい、兄ちゃん。旅人かい? どうだい、林檎は?」
ある露店の店主が禿頭の頭を光らせながら笑いかけた。この町は活気があり、陽気で旅人にも親切で有名だった。
青年はその声に立ち止まって林檎を一瞥すると、
「いや……あの、金がないんだ」
ボソボソとした喋りで返事した。
店主は「ああ、そうかい」と途端に興味を失ったようで、また別の通行人に声をかける。
(チッ、馬鹿どもが)
唇を噛みしめ、また歩き出した。
2
「いい加減溜まった家賃を払ってくれないかねぇ」
簡易の宿屋に戻った青年は、第一声にカウンターで太った女将から文句を言われた。
「…………質に出した。金はもうすぐ払える」
「えっ? 何だって? 聞こえないよォ、もっと大きい声で言ってくれるかい?」
「…………金は必ず払うから待って欲しい」
はぁ、と深い溜息をついた女将はそれ以上追求せずに帳簿をつけ始めた。
青年は木製の階段を上って自室へと足早に向かった。
その途中で背後で女将が、
『まったく、あの学舎を出たっていうから泊めているのに、本当にあの学舎出身の人なのかねぇ』と、青年の耳に届くほどの音量で小言をいった。
グッ、と悔しさを堪えて拳を強く握り部屋へと戻った。
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「どういつもこいつも馬鹿ばかりだ! 俺はいずれ、この大陸でも有数の人間になる! だからお前たちとは違う!!」
黄ばんだ壁に向かって、青年は激しく怒鳴る。
憎しみの籠った目で壁を睨む。…………青年は、片目を閉じて息を吐く。
不健康そうな白髪交じりの茶色い髪を乱暴に掻き、ベッドに身を投げる。天井には大陸の地図が貼られていた。
「くそっ、今にみていろ。《星詠》を馬鹿にするなッ!!」
悔しそうに歯ぎしりをした青年は、片目の眼帯を外した。
――彼の片目は見えていない。幼時に患った病によって目玉を抉り出した。
街に出れば好機の目で見られるが、人一倍プライドの高い青年は、むしろ自分こそが特別だと思い込むことで冷静さを保ってきた。
……彼、名をリーク・ベル・ハルトという。
――奇しくも、数年前に亡くなった高名な軍略家と名前が同じだった。否、彼は敢えてリークという名を騙っていた。
「世の中の連中はを舐めている」
憤りを呪詛のように吐き出し続け、寝返りをうつ。
リークの語る《星詠》とは何か?
一言でいえば測量技師・天文学者・工兵など緻密な計算を司る役職の事である。しかし、リークの言う《星詠》とは、やや意味合いが異なる。どちらかと言えば、純粋な数学者に近い。つまり、日常生活においてあまり意味のない計算や、暦に関係しない天体の観測などを行う人々を指した。
「俺の片目がないからどうした? 貴様らにない素晴らし頭脳は俺にはある!」
鼻息を荒く、リークは苛立つ。
「まぁ、いい。いずれ俺の時代がくる」
親指を噛んで自らを落ち着かせた。昔からの癖である。
「まずは、どこぞの新興国で名前を売らねば」
そのためにも、戦時中の中原へと赴かねばならない。リークは暫く粗末な布に包まって薄暗い部屋でひとり、考え込む。
――歴史の表舞台へ駆け上がる方法を




