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 深い瑠璃色の瞳に魅入られそうになった。――

 フードを払い除けた後、白磁のような肌が露になった。気品のある顔立ちの中に、どこか懐かしい感覚……それが真希の胸奥を締め付ける。濃い藍色の髪は毛先が緩やかにウェーブし、大きな瞳は憂いを帯びたような色気を漂わせていた。


 父に昔話で聞いた傾国の美女、という単語がふと浮かんだ。

 

 しかし、その美しい双眸が私だけを見放すまいと熱心な視線を送り続けられた。不思議で仕方がない。いつ、彼女と出会ったのだろうか? まるで、親しさを示すような態度に。真希は違和感を覚えた。

 「……風の魔術師さん」

 「なんでしょうか?」

 その弾んだ声にも聞き覚えがある。

 「なんで、私を助けたの? あなたには何の利益もないでしょ?」

 単純な疑問だった。なぜ、異邦人の自分を助けたのだろう。そのメリットが何一つ思い浮かばない。それに最初から自分に好意を差し向ける彼女の正体を知りたかった。

 「それは――その、まだお話するワケにはいきません。わたしの正体も……だけどもう少しです。もう少しでお話できる時が来ます」

 「なにそれ? 馬鹿じゃないの。結局さ、私は何のためにここにいるの? それにこんな私たちを陥れた連中の本拠地に連れてきて。嫌がらせならさ、上手くいってるよ」

 小鼻を鳴らし皮肉を言って口端を意地悪く曲げる。勝気な性格が不意に現れた。

 「真希さん、決してそんな意図はないんですっ!」

 再び、女は真希の濡れた右腕に両腕を絡ませ胸で抱きしめる。豊かな双丘が柔軟な弾力で少女の腕を押し包む。なんとも言いようのない感触だった。真希は半ば惚けと、半ば複雑な気分になり眉を顰めた。

 「わ、分かった……分かったから腕を離して。すごくギニョゴニョが嫌味ったらしいから」語尾は小さく、口を尖らせそう言った。

 「え? ええ。はい」

 キョトンとした顔の女も、不承不承に腕を解く。

 真希は少々距離感の近すぎる目前の女に敵意がないことを確認し、ホッと安堵する。

 「それより、湯船から上がりたいから、ここから出て行ってくれる?」

 「無理です」即否定。

 「は? えっ? ちょ、なんで?」

 頭の回路が混乱した。生命の危機とは別の意味で真希の胸が騒ぐ。

 しかし真希の内心の葛藤を知ってか知らずか女は、

 「真希さんの怪我で薬湯に浸ってもらっていました。あとは、わたしの魔法で貴女の傷を癒して差し上げます」

ああ、そういう意味ね。と、真希はヘンに慌てたことを恥た。

「で、でもさ。せめて全裸じゃなくて……なにか着てからとかでも」

「無理です」断固とした口調。まるで付け入る隙がない。

 それに――、と女は真希の薄く小さな唇に自らの白い指を滑り込ませ開いた。

「んなっ……」

 突然の行動に真希は驚愕した。

 しかし女は片手で真希の口を開くと、小さな声で呪文を唱えた。詠唱を終え、「如何でしょうか?」柔らかく微笑んだ。

 不審に思いつつ口内を自らの指先で触る。

 巨躯の大男にへし折られた歯や口腔の傷はすっかり無く、元通りになっていた。

「すごっ……なんで?」

 真希の褒め言葉に興奮したのだろうか、

「当然です。真希さんの体は全て元通りにして差し上げます。だって、そうしなければ……」

 女は興奮し弾んだ声を段々と潜ませ、真希の細い首に腕を回して抱きしめる。

「真希さんはわたしの宝物なんですから」

 眼を瞠る真希の耳朶に熱い微熱が吹きかかる。なんとも言い難い、爽やかで、時々毒々しいまでに甘い香りが少女の鼻腔と粘膜に絡みつく。これが薬湯の芳香剤の香りなのか、それとも《風の魔術師》の匂いか判断がつかない。

 ただ、頭がフラフラとして激しい眠気に誘われた。

「お着替えも手伝って差し上げます。ですから、真希さんは十分におやすみください」

 女はそう呟いて真希の後ろ髪を優しく愛おしげに撫でた。


 2

「そうだなぁ……グリア殿には敬意を払って卿とお呼びしよう。卿は一体なぜこちら側の陣営におられるのかな?」

 そのニコニコとして風采の爽やかな容貌からは想像もつかない辛辣な口調で訊ねる。

 グリアは初めてみる眼前の《賢王》――ブリアンに胆を冷やしていた。大陸を二分する大英雄。

 (さて、こんな男に詐術なんぞハナから通用するワケもないしなぁ)

 グリアは木椀に注がれた葡萄酒を口へ一気に含む。口から溢れた筋を服袖で拭うと、

「なんで、我々が貴殿の陣営でないと思われたのでしょうか?」

「それを一々教えるほど愚かではないよ。もっとも、卿がここで命を失うのならば話は別だ。教えてもよいだろう」

  白銀の前髪を横に手で軽く梳き、不敵な笑みでグリアを見返す。

 「しかし、北方の賢王とはいえ想像よりも無能だ」グリアは二杯目の酒を流し込み、挑発をする。

 へぇ、とブリアンの瞳奥が爛と輝く。

 「……その理由は?」

 「まず第一に、アンタ自身が前線に単騎でフラフラと出歩いていること。我々がもし貴方の敵であれば命はないでしょうな」

 皮肉のやり返しにブリアンは頬を緩めた。

 「第二、これは世評でも言われているが忠誠を誓う相手……つまりパジャ宰相に従属していること」

 この発言に、ブリアンの表情はやや鋭さを帯びた。恐らく、パジャの言及した部分だろう。

 「第三」

 と、云う前に再び木椀を傾ける。

 グリアの顔は大分赤味がさして、酒くさい。手近な乾パンを頬張り咀嚼する。


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