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外伝31



 

 この世界に残酷ではないことなんて、ただの一つだってありはしない。俺は知っている、かつて暮らした《日本》という場所で感じていた違和感……それは、「残虐性の秘匿」である。そいつは、いつだって人間の残忍性をひた隠しにして生活する。

 だが、この「異世界」は違った。

 弱肉強食――本当に力のない者は喰われてゆく。俺は何度も自分の非力を知った。どれだけ祈り願っても、人は助けられない。むしろ救いとは……すなわち「死」である場合だってあるのだ。

 俺の名は桐生海斗。それが、日本で使用していた名前。

 現在は単なるカイト。

 それで十分だ。

 けれど、もし、この「日本語」で記された日記を読んでる人がいればよくよく言っておく。

 この世界は確かに残酷でときに無常で無慈悲で、生きている意味が時々わからなくなる。だから諦めるというのも手だろう。――俺が今、ここにいる意味なんて分からない……しかし、黒仮面となってからようやく俺は自分の「運命」を悟った気がする。……俺は、

 1

 照光に山々の全容が満たされる刻限、麓の集落に行くことにしたカイトは寒空の下で半裸だった。身体の部位が各自の意志力を有しており、言うことを聞いてくれない。

 額の方から、

 (カイト、ねぇ)と訊くこえ。

 「うん?」

 気だるい身体を、隣りの松ノ木にもたれ掛かって漸く佇むカイト。

 その彼のエメラルドグリーンの瞳が突然、サッと動いた。

 谷川を挟んだ向かいの山稜に動物の影を見出した。しかも、組織だった移動であり野生動物的な要素が浮かばない。

 「人間か?」

 かもね、と脳内の少女の声が応じる。訝しむような声音だった。

 カイトは逃げるべきか助けてもらうべきか迷った。しかし、指先が、手が、足が、腿が……全部あちこち気儘に動こうとしているのを制御するだけで精一杯だった。

 「とにかく、助けてもらおう」

 カイトは呟く。そのほうが村の消滅という異常事態を知らせることだってでき、仮にまたあのクソ野郎が軍勢を引き連れ襲ってきても今度は対策をたてることだって不可能じゃない。そんな希望的観測が唯一のカイトの拠り所になっていた。



 2

 『生き残りはお前だけか?』

 一時間かかってやってきた男たちは、神経質な面持ちで周囲を窺う。

 ――ああ。

 息も絶え絶えにカイトは頷く。すでに立つ力もなく地面にヘタり込む。灰色の空と厚い層になった雲が冬空の陽を覆い隠している。

 焼け果てた家屋、死屍累々、異臭……。一見して異常な光景を呈していることはわかりきっている。しかし、彼らはそれに頓着せず死体や家屋の瓦礫から金目の物品を漁っている。

 「あんたら、何してんだ?」

 憤り震える目で、カイトは尋ねる。

 男たち5人ほどは、顰めた顔でカイトの顔……或は魔光テープの貼られた様子をみて驚愕した。禁忌タブーを犯している状態を興味深げに眺めながら、今度は一転して嫌悪の視線を投げかける。

 「おれたちは、奴隷狩りにきたんだが、生きてるのがお前だけだと応援を呼ぶ必要もないな。悪銭銅貨15枚ほどってとこか」

 割腹のいい男が唸るように左右の仲間に喋る。

 (銅貨15枚? 一体なんのことだ?)

 カイトは高熱で朦朧としたときに似た感覚で彼らの話し合いに耳を傾ける。


 数分して決着がついたらしい。棍棒を持った先程の割腹の良い男が思い切り中天に振り上げ、殴り下ろす。頭蓋骨が砕けるほどの痛みに軋むカイトの頭部。

 わずかな唾液を吐いて失神した。


 3

 再び目が醒めると、冷たい細長い感触が頬と肩に当たる。薄い目で周りを確認すると、粗末な麻のボロ布に身を包んだ女子供たちと薄暗い空間。

 (どこだ、ここは?)

 乾いてひび割れた唇を舐めて微かに濡らし、鼻から息を抜く。

 「起きたか」

 隣りの者が低くいう。

 チラ、とその方をみやると少年が膝を抱え、身を最大限に縮め座している。

 「ここはどこだ?」

 「奴隷馬車の中」

 そういいながら、少年は自分の首に嵌められた鉄の環を指差す。

 ……奴隷馬車?

 聞きなれない単語だった。

 「これから、どこに行くんだ?」

 「オレたち男は地下炭坑。女は娼妓」

 


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