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もう一人の旧友

 さて、昨日松山から疑惑の目を向けられ否定するだけして逃走した花奈は、現在下駄箱の前で二の足を踏んでいた。時刻は8時20分。HRが始まるまであと5分を切った。


「……嫌だ。教室行きたくない……」


 なぜ昨日、あんな形で逃げてしまったのか。今更ながらに花奈は頭を抱える。本当だったら、今頃久しぶりの古い友人との再会を喜んでいるはずなのになあ。花奈は、何故こうなってしまったのか、と深い溜息を付いた。

 その時。


「番長」


 今一番聞きたくないワードが背後から聞こえてきて、花奈は飛び上がった。何かを考えるより先に、逃げ出そうとしたが、腕を掴まれて阻まれる。


「番長。…番長、落ち着いて。たけちゃんじゃないよ」


 一瞬腕を掴み返して捻り倒そうとした花奈は、相手の落ち着き払った声に動きを止めた。聞き覚えのある懐かしい声だ。振り返ると、懐かしい顔があった。そこには、番長時代の手下であるダブルドラゴンのもう一人、等々力龍太郎がいた。

 ちなみに、今更ながらではあるが、ダブルドラゴンという恥ずかしいネーミングは花奈がつけたものではないし、ダブルドラゴン本人たちがそう名乗ったわけでもないことをここに明言しよう。ついでに言えば、ダブルドラゴンの前に必ずと言っていいほどつけられる「番長の手下の」という前置詞も、花奈にとっては不本意だ。花奈は彼らを一度たりとも手下と思ったことはない。対等な友人だったと胸を張って言える。ダブルドラゴンたちがどう思っていたかは不明だが。

 と、花奈が思考を飛ばしていると、等々力が花奈の顔を覗き込んできた。


「……番長?」

「あ、ごめん、どうしたの?」


 無表情の奥に、花奈を心配する色が垣間見える。

 等々力もまた、島崎と同じく小学校以来接触が少なくなってしまった。元々、いかにも日本男児という寡黙で真面目な雰囲気を持つ等々力だから、女子である花奈と交流が少なくなるのも必然だったのかもしれないが。


「たけちゃんと、もめてるって聞いた。……大丈夫?」


 等々力の言葉に、鷹揚に頷きたいところだが、けっして大丈夫ではないのでぎこちなく微笑むことしかできなかった。そんな花奈に、等々力は心配というよりも呆れの混じった顔で花奈を見る。


「たけちゃん、思い込みが激しいところがあるから。……番長も鈍感だし」

「誰が鈍感だって?」


 前半には思いっきり頷いた花奈だが、後半は否定しておく。等々力は、そんな花奈をなだめるように、「わかってるわかってる」と子供をあやすがごとく肩を叩いてきた。


「俺、たけちゃんがどうしてあんなふうに番長につっかかってるのか、なんとなくわかる」

「えっ」


 花奈としては、さっぱりわからないのだが。わからなすぎて、昨夜も悶々と考えたくらいだ。どういうことだ!どうしてだ!と詰め寄るが、等々力は答えるつもりはないようで、曖昧に視線をそらされた。


「番長。番長ってこと否定して逃げてるみたいだけど、どうして?たけちゃんがかわいそうだ」


 さらに追及しようとしたところで、痛いところをつかれ、花奈は呻く。

 花奈だって、できるならば逃げずに自分が番長だと認めたい。それができないのは、花奈自身が戸惑っているからだ。弱っちかった泣き虫は、今や不良のような風体に様変わりし、自分としては可愛がって楽しかったはずの思い出が、松山にとっては憎むべき過去で。悲しいやら復讐が恐ろしいやらで、花奈は今自分の身の振り方がわからないでいた。


「二人は、ちゃんと話し合うべきだと思う。不安なのもわかる。だけど、何かあったら、俺達が絶対、どこにいたって駆けつけるから」

「……うん」


 ああ、まただ。

 島崎も、同じように、自分達が助けになると言っていた。

 年を追うごとに希薄になっていった縁は、自分が思うよりずっと、しっかりと残っているのかもしれない。

 もしかしたら、松山だって──。



 等々力と話していて始業ギリギリに教室に駆け込んだ花奈は、背中に松山の鋭い視線を浴びて針のむしろ状態だった。

 縁は縁でも、悪縁だよなあ……。と、頭を抱えるばかりである。

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