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夏休み怪日記  作者: UMA5
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41/41

8月26日(水)

遅くなりました。最終話です。


「あー、どうしよう。」


 昨日、25日の日記を書き終えて、飛翠は頭を抱える。日記に宿題の怪異のことを書くのは憚られた。みさちゃんの名前を出さずとも、誰か宿題が昨日まで終わっていなかったことを飛翠の日記に書くのは良くないと思ったのだ。


 昨日は、宿題の怪異を捕まえて、そして、


「本当にどうしよう。」


「ずいぶん悩んでるね。」


 天さんが話しかけてきた。

 ここは、飛翠の部屋。振り向けばいつのまにか、部屋の中に天さんがいた。今までは家の中に入ってこようとはしなかったけど、よくよく思い出すと、天さんは入ろうと思えば入れるって言ってた。初めて会った日も家には入ってきていた。


「天さん…。」


 飛翠としては今入ってきて欲しくなかったし、顔も合わせづらかった。


「そんな顔しないでほしいな。別に騙したわけじゃないよ。言わなかっただけ。君が自分で気がついて、夏休みの間って決めてたら、それでも良かったし。」


 確かに、自分がきちんと決めていなかったのが悪い。でも、決めていないのだ。なら、期限があることにだってできるはず。


「天さん、夏休みまでにしてくれませんか。"いつまでも"の約束じゃないから、今から期限を決めるのだってできますよね。夏休みの間はどこで何してても、大丈夫でしたけど、学校始まったら決まった時間に学校行くんです。急にワープが始まったり、学校に怪異が来たりしたら、困ります。」


「私は"これから先、よろしくね"と伝えたろう。あの約束をした日から先の未来をすでに約束してるんだ。…それに、私としては約束が続く方がありがたいからね。」


「天さんは何のために約束したの?」


「初めに言ったろう。君に怪異に会って欲しかったんだ。そうだね、もう今更どうにもならないだろうし、全部話そうか。」


 天さんはにんまりとした笑顔で話し始めた。


「この♢市に限らず✿◯県には怪異がいる。でも、その関わり方は土地によって様々だ。これは、君も知ってるよね。」


 社会の授業で習っている。あるところでは友人のように、あるところではお互い傷つけ合う敵として。怪異と人間の関係は様々だと。

 だから、他所に住んでいる人に怪異の話は不用意にしてはならない。怪異をどう思っているか、全く違う価値観の相手と話して争いになってしまわないように。


「知ってる。」


「♢市はね、他に比べれば人と怪異の距離はだいぶ遠いんだ。ひと月に一回見かける程度の距離。友人となれるほど相手を知らず、敵対するより前に距離をとる。人の生存としては正しい方法だ。でも、怪異にとっては人により認識されづらくなる。消えてしまう可能性が高くなる。それは、困るんだ。」


 天さんは真剣な目になる。


「人が"♢市では怪異にそんなに会わない"と伝えるかぎり、怪異は人の前に現れ難い。怪異の在り方は人の認識に依存する。だから、その認識を書き換えようと思ったんだ。君を使って。」


「私を?」


「そう、"毎日一回は怪異に会う"この約束で、君はこのひと月以上の時間、毎日怪異たちに会っていた。そうして"♢市では、毎日怪異に会う"という物語を生み出そうとしたんだ。」


 天さんが近づいてきて、机の上の日記をなでる。


「君が日記に書き記すって言ったときは、渡りに船だと思ったよ。わざわざ怪異に毎日会う物語を書き記して、それを人に見せ、話を広めてくれるなんて。」


「それじゃあ、もしこのまま日記提出して、私の話が広がったら、他の人も怪異に会いやすくなるんですか?」


「まあ、流石にそんなすぐ簡単に変わることはないけれど、それでも話が広まれば広まるほど、怪異は人に会いやすくなる。人と怪異の距離が近づいていく。そこからどんな関係になるかはわからないけど、それでも、近づけば近づくほど、私たちは認識され、消滅しにくくなる。だから、私は君に力を貸したんだ。」


 天さんはどこか楽しそうで。


(どうしよう、私のせいで、他の人たちにも迷惑かけちゃう。)


 飛翠は別に怪異に会うのを楽しめる。でも、ときちゃんみたいに、怪異に嫌な目に遭わされた人や、そもそも怪異が怖い人はそうではない。

 今まで以上に怪異に会うかもしれないとなったら、外に出られなくなってしまうかもしれない。

 飛翠は泣きそうだった。


「ふふ、君もそんな顔をすることがあるんだね。君をそこまで追い詰められたのは私くらいかな? まあ、この夏の間はなるべく人当たりのいい怪異から近づけたんだけど。君がもう嫌だと逃げ出さないように。約束を反故にされたら、君自身に報いを与えられても、物語は生まれない。それは困るからね。でも、人に害をなそうとする怪異相手でも、君は自分から楽しんで関わってくれた。私たちが消滅する可能性を告げてからは、より親身になってくれただろう。本当に助かったよ。…私はね、飛翠。君のことかなり気に入っているんだ。だから、これからも末永く付き合ってほしい。」


 天さんはその翼で飛翠の頭をなでだす。


「今日も約束、忘れないでね。いまさら、反故にしても君にとっていい結末にはならないと思うよ。」


 このまま天さんと部屋にいるのも嫌で飛翠は黙って外に出る。


「いってらっしゃい。」


 天さんの機嫌の良い声が聞こえた。




 玄関を出て、飛翠はあてもなく歩き続ける。

 頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。


(どうしよう、どうしよう。とりあえず、日記をどうにかする? 怪異に毎日会うことが知られなきゃ平気? いや、登下校とか学校とかの時間に怪異が来たらバレちゃう。)


 うつむいたまま、足取りは重く、自分がどこを歩いているかもわからない。


(仲良くおしゃべりしてくれるだけの怪異しかいなければ問題なかったけど、転ばせようとしたり、大きな音で脅かしたり、砂かけてきたり、怪異だっていろんな怪異がいるし、そんな怪異が学校に来たらパニックになるかもだし。私だけなら全然良いのに、怪異に何かされても私だけならどうとだって楽しめるのに。他の子巻き込んじゃうことになるなんて。)


(どうすれば良いんだろう、どうにかしないと、今日中に! 明日から学校なのに。)


 思考はぐるぐる巡るのに、答えは出ない。どんどん悪い未来ばかりが思い浮かぶ。目には涙がたまるけど、泣くわけにはいかない。

 そもそも、始まりは自分なのだ。怪異のことをよくわからないまま、約束してしまった自分が悪いのだ。

 自責の念と不安でいっぱいになったそのとき、


『困ってる?』


 その声が突然頭の中に響いた。

 顔を上げると、閉業した文房具店のガラス扉に、鏡さんがそこにいた。涙目の飛翠と打って変わって、いつもの無表情のまま、それでも飛翠を伺うように、こちらを見ていた。


「鏡さん…。」


『あなたのそんな顔、見たことない。困ってる? 助けはいる?』


 鏡さんの優しい言葉に、重くなっていた気持ちが少し軽くなる。


「実は…。」


 飛翠は始まりの約束のことから今日天さんに言われたことまで、全部鏡さんに伝えた。


『あの怪異は何かあると思ったけど。そう、そういうことだったの。』


 鏡さんは納得したように頷く。


『あなたが困るのは、学校や学校の行き帰りで怪異が来ること、あなたがこの街の物語を書き換えてしまって人と怪異の距離が近くなることで合っている?』


「はい。」


『あなたの言葉はあなたが困ることより、あなたの周りが困ることが困るって聞こえる。』


「そうです。私がきちんと確認しなくて、私が悪かったのに、そのせいで、他の人に迷惑かけちゃうなんて。」


『あの怪異は目的を故意に隠していたのだから、あの怪異のせいにしてもいいと思うけど。』


「お父さんやお母さんも言ってましたけど、怪異は人と違う考えで生きているって、それは知ってたんです。だから、ちゃんと確認しなかった私が悪いです。天さんは隠してはいたけど、別に嘘はついてなかったので。」


『あの怪異のこと、許してるの?』


「さっきまではすごく嫌な気持ちになってたけど、天さんは怪異だし、それなら怪異のために行動するのは当たり前だと思うし、それに、天さんのおかげで、この夏休みが楽しかったのは、本当なので。忘れられない思い出がたくさんできたのは天さんのおかげなので。明日からのことはまた別なんですけど。」


『そう。あなたはさっきの困ることが解決するのであれば、約束は続いても構わないの?』


「それは、……はい。私は怪異のみなさんに会うのは好きですし、嬉しいですし、会いたいって思いますから。」


『そう。…約束をやめたいなら、方法はないと思ったけど。でも、続けていいのならどうにかなるかもしれない。』


「本当ですか?!」


 飛翠の瞳に輝きがさす。


『あなたの約束は外に出ること、近くに来た怪異に会うこと。怪異に会うための場所も時間も指定されていない。介入できる。』


「介入? どうやって?」


『あなたと私で別の約束を作る。あの怪異よりもより確かではっきりとした約束を。前の約束と反対のことはできないけど、前の約束の範囲の中でならできる。』


「鏡さんと約束をする? それって意味あるんですか?」


『ある。怪異は人の認識に縛られる。それは、あなたの認識でもそう。あなたはこの夏の間、毎日怪異に会うという認識があった。約束があった。だから、あなたは毎日何かの怪異に会えた。夏より前、そんな簡単に怪異に遭わなかったでしょう。』


「確かにそうですけど、でも、それって天さんが私のところに行くように怪異に言ったから、怪異が来るようになったんですよね。」


『あの怪異がはじめに他の怪異に紹介するといった話? それは少し違う。何もなしに怪異が怪異を紹介したところで、簡単に怪異が人に近づけるわけじゃない。どんな形でも人が近づかなくては、人が呼び込まなくては、怪異は人に近づけない。それくらいこの街の物語、伝承は強い。長い間、たくさんの人が積み重ねてきたものは強い。』


「そうだったんですか。」


『あの怪異が、他の怪異に、それこそ私もだけど、言った言葉はこう、"中川飛翠という少女がこの夏怪異に逢う約束をしている。約束のために怪異に逢うことを望んでいる。だから、近づけば逢えるよ" あなたが約束として会うことを望んだから、私たちはあなたに会いに行けた。私はいつもなら代わりを望まれなければ人に会えない。あなたが望んでなくても私に会えたのはあなたが怪異に会うことを約束を守るために望んだから。』


 無表情だった鏡さんが少し笑みを浮かべた。


『だから、もう一つ、約束をつくる。あなたと私の約束。前の約束はあなたがすでに守ったという実績があるから、ないことにはできないけど、それに細かい条件を足すのはできる。それをあなたが認識して、私も周知する。他の怪異はあなたの認識に従っていく。』


「うう、少し難しいけど、なんとなくわかりました。とりあえず、鏡さんと新しい約束で会う時間や場所を指定すればいいんですね。」


『そう、これまであなたが積み重ねてきたものも合わせて、"あなたが遊びに行くために外へ出たとき、学校以外の場所でならば近くに来た怪異と会うこと" という約束にする。あなたはこれまで遊びに出掛けて怪異に会ってた。あなたの中で遊びに出かけることと怪異に会うことが結びついてる。それに、学校で怪異に会ってないでしょう。それなら、この約束も認識に入りやすいと思う。』


「その形にすれば、学校の困りごとは解決する!」


『そう、そして、もうひとつの街の物語の書き換えの話だけど、"人と怪異が当たり前に会うようになる" のではなく、"飛翠と怪異が当たり前に会うようになる" そういう話に塗り替えれば良い。あなたは他の人に話を広げたくないだけ、それなら話が広がらないように、あなただけに起こることとして広めてしまえばいい。』


「私だけ…、そうだ、そうですよね。私がはじめた、私の話なんですから。♢市では、毎日怪異に会うじゃない。私が毎日怪異に会う話だって、伝えて広まれば良いんだ。」


『これで、あなたの困りごと、解決できる。』


「鏡さん、ありがとうございます。でも良いんですか? 私と約束するの。」


『あなたのこと、私も気に入ってる。困り顔より楽しんでるって言ったときの笑顔が見たい。』


 その言葉で飛翠の顔はくしゃくしゃになった。


『あなたが約束するなら、私はあなたに代わって怪異たちに伝えてまわろう。私は鏡を伝ってどこにでも行ける。どこの怪異でも伝えに行ける。』


「約束します。鏡さんが伝えてくれるなら、"私が遊びに行くために外へ出たとき、学校以外の場所でならば近くに来た怪異と会います" 約束です。」


『約束。』


「私とこの子は約束した。あなたでもないことにはできない。」


 それまで、頭に響いていた鏡さんの声が、耳から聞こえるようになった。鏡さんの目が、飛翠の後ろに向かう。

 飛翠が振り向くと、そこには天さんが来ていた。


「天さん。」


「まさか、こんな形で邪魔が入るとは思わなかったよ。ずいぶんと飛翠のこと気に入ったんだね。私の約束を反故にするわけじゃなく、別の約束と兼ね合わせるのか。ふふ。参ったね。」


 天さんの思い通りにはならなかったというのに、天さんは楽しそうだ。


「一番参るのは、私の目的が台無しになったわけではないところかな。うまくうまく妥協点に落とし込まれてしまったよ。」


「妥協点?」


「あの怪異が望むのは人と怪異の距離が近づくこと。怪異が認識され続け、消滅してしまわないこと。♢市の人みんなの距離は近づかないけど、あなたと怪異の距離は近いまま。あの怪異は困らない。」


「それに、君だけが怪異に会うという話を広めてくれるのだろう? 他の人間は関係ないと伝えるために。君だけ会う話だろうと、怪異がいるという話が広まるのであれば、怪異がいるという認識が強まるのであれば、私としては問題ないからね。」


 天さんがにんまり笑う。


「この街全てを変えるという目的は欲張りすぎたようだ。そこは諦めよう。ごめんね、君を追い詰めるような真似をして。」


 天さんの謝罪の言葉に飛翠は答える。


「私、私がちゃんと確認しなかったとはいえ、他の人を巻き込むようなことにされそうだったのは、悲しかったし、嫌でした。だからこれからはもっとちゃんと知ろうと思います。怪異のことも、天さんのことも。…だから、これからもよろしくお願いします。」


 天さんが一瞬驚いた顔をした。その顔は嬉しそうな笑いに変わり、


「うん、これからもよろしくね。飛翠。」





8月26日(水)天気 晴れ


 今日で、夏休みが終わります。明日から私と怪異、どうやって会うか話しました。学校に行く時間に怪異と会うのは難しいので。

 "私が遊びに行くために外へ出たとき、学校以外の場所でならば近くに来た怪異と会うこと"を私、中川飛翠は怪異と約束しました。

 私はこれからも、怪異と会って、怪異を知って、怪異といろんな関係を築きたいと思います。

 夏休みの宿題の日記は今日で終わりますが、明日から私だけの怪日記をつけていこうと思います。私がはじめた、私と怪異の物語を、これからも書いていきます。




「よし、宿題終わり!」


 最後に残していた日記の宿題を終わらせ、ランドセルにしまう。


「明日から学校も、怪異と会うのも、全部全部、楽しむぞー!」

これにて夏休み怪日記完結とさせていただきます。

お読みくださった方々、本当にありがとうございました。

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