はじまり
すでに第一話を呼んでくださった方、ありがとうございます。
怪異さんの呼ばれ方、及び町の名前を変更させていただきました。(2026.7.18)
明日から夏休み。
家に帰り、ランドセルを置くと、身も心も軽くなった。
楽しい楽しい夏休みの始まり。
でも、飛翠は少し、いや、だいぶ困っていた。
「暑い」
そう暑いのである。
本日はゲリラ豪雨もあったおかげで、ジメジメ暑い。
天気予報は明日も明後日も明明後日も暑いと言っている。
最近までそこまで暑くなかったのに、急に夏に裏切られた気分だ。
楽しいはずの夏休み。
しかし、熱中症警戒アラートが真っ赤に染まり、外にはろくに出られなくなるだろう。
「家にばっかいたくないなあ。外出たいなあ。でも、暑いのやだなあ。」
ゲームとか動画見るとか別に悪くはないが、外に出たい。
普段学校行っている時間に、外で思い切り遊んだり、歩き回りたいのだ。
冷蔵庫の麦茶を取り出し、コップに注ぐ。帰ってきたばかりの体は、つけたばかりのクーラー程度では冷えないのだ。誰もいない家の中で、飛翠はまったりしていた。
「夏休み、何しようかな?」
「お困りかな?」
突然、誰もいないはずの家の中で、声が聞こえた。
声の方向を見ると、そこには人間の大人ぐらい大きい鳥がいた。
いや、科学で鳥類と分類されている鳥ではない。
大きさもさることながら、その体は色のついたけむりが集まって形になっているようだった。
頭の上の羽は空色、顔から背中にかけては抹茶色、お腹は白く、翼がレモン色だった。
瞳は、黒い水晶の中で、白い雪が舞っているようにキラキラしていた。
そうそれはまさしく、
「怪異?」
飛翠の言う通り、怪異と呼ばれる存在だった。
怪異。科学の法則や常識の外にいる、不可思議な事象、現象、存在。
ありうべからざるもの。
そんな怪異だが、飛翠の住む、 ✿◯県♢市では、だれでも一月に一回は見かける存在。
飛翠も誰もいないと思った家で声がしたから驚いたが、怪異そのものには驚かなかった。
「えっと、何しにきたの?」
怪異には話せるものも、話せないものもいるが、今回は向こうが話しかけてきたため、飛翠も話しかけてみた。
「いや、何。外に出たいが、暑くて出られないと言うことだからね。それなら、私にできることがある。」
穏やかな口調で、怪異は語りかける。
怪異の言葉に飛翠は興味を持った。
「怪異さん何かできるの?地球温暖化止められる?」
飛翠はパッと思いついた言葉を言ってみた。確か夏休みの宿題にも地球温暖化防止のなんたらがあったはずだ。
キラキラと目を輝かせている飛翠に、怪異は苦笑のような声をあげて、
「いや、流石にその規模はどうすることもできない。私にできることといえば、君の両手両足を伸ばした範囲くらいまでさ。」
と、翼を広げ、飛翠の周りを覆う。翼は煙のように流れていき、飛翠の丁度両手両足を広げたくらいの直径の球のように、飛翠を包み込む。
すると、クーラーで冷やされるよりもさらに涼しくなった。
「おおおお!涼しい!!すごい!画期的!ノーベル賞だよ!!」
飛翠の驚きと喜びの混じった言葉に怪異の目はにんまりと笑う。
その表情を飛翠は知っていた。
なにか企んでいる怪異の目だ。
そう、当たり前に見るし、話すこともあるが、怪異は人を襲うし、呪うし、取り憑く。
そうでないものもいるが、6:4で人を脅かす。
ただし、人間側に非があったり、迂闊だったりすることも多く、割合なら8割くらい。一概に怪異が悪いわけではない。
どっちもどっちということの方が多いために、怪異を排除しようということにもならず、それなりの共存をしている。
(怪異の話に乗ろうとしたのが迂闊だったかな)
それでも話せそうなので、飛翠は怪異に質問する。
「えっと、私は取り憑かれるってことでしょうか?」
下手なことで機嫌を損ねないために、敬語になる。怪異は飛翠の様子に少し不思議そうに首を傾げ、ああ、と合点がいったように答えた。
「別に君に取り憑いて危険な目に合わせようなんてことはないよ。確かに私は怪異だが、君を、人間を傷つけたりはしないつもりだ。」
「でも、そしたらどうして私の周りを声をかけたんですか?」
「君は、外に出たいと言っていたろう?私は、いや、私たち怪異は人間に家の外に出て欲しいんだ。」
飛翠の不思議そうな顔を見ながら、怪異は話を続ける。
「私なんかは家の中でも、入ろうと思えば入れるが、他の怪異はそうではない。そして、怪異は人間と関わらなければ、人間に知覚されなくては存在し続けられない。この暑さで、人間はますます外に出なくなってしまったろう。なんとか外に出てきてもらいたくて、君に話しかけたんだ。私なら人1人の暑さくらいなら凌げるからね。」
「つまり、涼しくしてもらう代わりに外に出て、怪異に会って欲しいってことですか?」
「そうだね。その通りだ。」
飛翠は少し悩んだ。外には出たい。涼しくなるなんて万々歳だ。
しかし、怪異に会いに行くのは危険もある。
そもそも怪異に会いに行くといっても簡単に会えるわけではない。
「この街にいるすべての怪異に会いに行くんですか?青緑町の怪異とか危ないって言われてるし、露草町の怪異はなかなか見つけられないって聞いたことあります。毎日一日中とかは、その、難しいですし…。」
「ああ、別にすべての怪異に会う必要はないよ。一日中出る必要もない。毎日一回は外に出て欲しいけどね。さすがに大雨とかは出なくていい。」
怪異は少し考えるそぶりを見せ、続ける。
「君がこの話に乗ってくれるなら、私が他の怪異に伝えよう。人間に会いたい奴は近くまで会いに来るだろう。青緑町の怪異は別に人間に合う必要がないから来ないだろうね。あれはもう十分人間と関わり、人に知られている。消える心配がない。他の、人間が危険と言っている怪異もわざわざ来ることはないと思うよ。」
「1日1回外に出て、近くまで来た怪異に会えばいい」
話をまとめながら飛翠は考える。怪異と会うのは危険もあるが、危険でない怪異も多い。危険な怪異だって、下手なことをしなければ挨拶程度はできる怪異が多い。
最悪、呪われたり、取り憑かれても市の専門の病院に行けばなんとかなる。
それに、危険とは思いつつ、いろいろな怪異に会えるというのはなんだか面白いような気がしてきた。
楽しい夏休みにしたい。外に出たい。特別な経験をしたい。
「わかりました。やります。」
飛翠はまっすぐ怪異の方を見た。
「ふふ、ありがとう。それではこれから先、よろしくね。」
怪異は再び、にんまりと笑う。
飛翠の周りを覆っていた煙が消えた。
部屋はすでにクーラーで涼しくなっていた。
「怪異に会いに行く時でも、そうでない時でも、君が外に出たら涼しくすると約束しよう。それから、長い付き合いになるんだ、初めの時のように、砕けた話し方で良いよ。」
「わかった。あ、名前言ってなかった。私、中川飛翠。怪異さんのことは、なんで呼べば良い?」
怪異は少し驚いたように目を見開く。
「呼び方か、そういうものはなかったから、なんと答えれば良いか…そうだな、他の怪異はどこにいるかで呼ばれているようだし、私は天と呼んでくれ。」
飛翠の家は♢市天町だった。ご近所さんだったようだ。
名前を聞いて、少し緊張が解けてきたようで、飛翠がひとつ思い出す。
「あの、天さん、私、学校の宿題で毎日日記があるんだけど、怪異に会うこと、書いても大丈夫?」
夏休みの宿題。
中でも日記は、毎日書く必要があるが、特別なことがなければ書くことが決まらず困ってしまう。実際、昨年困ったのだ。
しかし、今年は毎日怪異に会うというのなら、それを書けば日記はうまる。
「へえ、宿題の日記。それはむしろこちらが嬉しいかもしれない。さっきも言ったが、私たちは人間に知ってもらう必要がある。文字で残してもらって、しかも宿題なら誰か読むのだろう。私たちのことを知る人が増えれば、消える心配が減るからね。」
「じゃあ、日記に書くね。これからよろしくお願いします。」
飛翠はしっかりお辞儀をした。
「うん。これからよろしくね。」
『夏休みの日記』
4年2組 中川飛翠
7月17日(金)天気晴れ、くもり、ゲリラ豪雨、くもり
学校から帰って、お茶を飲んでたら怪異が出ました。天町の怪異、天さんです。
天さんは私が外に出る時、私の周りを涼しくしてくれると約束してくれました。その代わり私はこれから毎日怪異に会いに行きます。どんな怪異に会えるか楽しみです。




