美女の反駁
「送ってやるんだろ、ちゃんと責任持てよ」
エリアスはそう言って女を指差した。
女はラズロを見て、警戒と敵意のないまぜになった顔をした。
「……え~~。はは。…………申し訳ない、そのぉ……ご同行……願いたくてェ……」
ラズロは、おずおずと……仕方なくというていで、警察官のIDカードを提示した。
「……え…………。…………あなた、警官…………? …………ほ、本物なんですか……」
「本物ですよぉ……!」
ラズロの警察官“らしくなさ”は、制服を着ていてさえ疑われる。ましてや私服の時は。IDを提示したところでこのように疑われるのである。
「ご婦人……あんたがなんのやましいところもないって言うならですね、ここはご同行いただきキッパリと身の潔白を」
「いやよ……」
「…………うぅん。ですよねェ」
ラズロは肩を落とした。
エリアスは苛立ちを露わに鼻を鳴らす。
「私は……ラインベリーのダンお爺ちゃんから貰ったのよ……。ほんとは結婚したいけど、子供たちや孫たちが反対するから、せめてこの指輪だけでも愛の証にって。お金に困ったら質屋に持って行くといいって……」
「ダンお爺ちゃんて……」
「二ヶ月前に死んだラインベリー家の先代当主だが……九十のジジイを誑かして家宝の指輪を貢がせたと……?」
エリアスが鼻先で笑った。
女がキッと眦を吊り上げてその顔を睨み付ける。
それは先ほどまでの儚げな風情とはガラリと印象を変えるものだった。
ラズロは若干置いてきぼりだ。
「誑かしてなんかない……ダンお爺ちゃんはずっとあの広いお屋敷にひとりぼっちで、寂しがっていたの。私も……身寄りのない寂しい同士で、なんとなく気が合って……ふたりで過ごす時間が増えて……」
女は、ぎゅっと手を握りしめた。
声は震え、今にも泣き出しそうに揺れている。
(演技……には……見えないなァ……)
ラズロの目には、彼女は本気で言っている。心からダン・ラインベリーの死を悲しんでいるように見えた。
「ダンお爺ちゃんが亡くなって……今まで寄り付きもしなかったあの人たちがやってきて、私のことを追い出して……仕事も行くあてもなくて……だから……」
大事な指輪でも質に入れるしかないのだ、と女は語る。
エリアスはその間も、やはり眉ひとつ動かさず……冷めた顔だった。
「ならそれを証明するんだな。今のままならこれは盗品。あんたはどこででもこいつを質入れはできないし……できるとしたら買い叩かれて終わりだ」
「そんな……証明なんて……」
女は悔しそうに唇を噛む。
「………………あ~~の~ですねェ!」
ラズロはこの空気に耐えきれないというように声を上げた。
「なんか……ありませんかね? 手紙とか……日記とか……おふたりの愛を証明できるような、物的証拠……みたいなモノは」
「そんなの……。…………ぁ、わ、私、彼に……マフラーを編んであげたんです。寒くて辛いって言うから……聖夜のプレゼントに……。とても喜んでくれて」
ラズロは思わず渋面になった。
手編みのマフラー。微妙だ。
「だ、だめでしょうか……」
「………………難しいすね」
愛の証明。
そもそも形も何もないものだ。
何かしら証文なり手形なり……それか……。
「ダンさんは……あんた以外のお友達はおられました? あ、そういやあんたのお名前は、ご婦人」
「……え。あ、アリサです。アリサ・ベネット。ダンお爺ちゃんのお友達……」
アリサは少し考え込むように俯く。
ラズロは待った。
エリアスはもはや興味も関心もないという態度で、指輪を検分している。
「週に一度、チェスをする友達がいるって……嬉しそうに話して……でも、どこの誰かも、わからなくて……。名前は教えてくれなかったんです」
「な……るほどぉ……」
霧深い海を行く船が、灯台の光と思って舵を切ったら暗礁に乗り上げた。
ラズロの心象風景はそんな感じであった。
「私は警察官なので……」
ラズロはアリサを見て、そのまま目線を扉に向けた。
盗品とされるものが持ち込まれたら、持ち込んだ人間を放置はできない。
ただ逃げられてしまった、というなら話は変わる。
ラズロは困ったように頭を掻き、力なく笑った。
アリサは眉を寄せ唇を引き結ぶ。
その目は指輪を一瞥し、ひどく悔しそうに背を向けた。
そうして何も言わずに、小走りに扉に向かう。
その横顔から、涙が一筋流れ落ちていくのをラズロは見てしまった。
――からりん。 からりん。
軽やかなドアベルの音が、重苦しい店の中に虚しく響く。
「………………警察官失格じゃないのか」
エリアスの冷めた声が、ラズロの心を鋭く切り裂いた。
「ゔ……。…………はは。…………いまさらですよぉ……」
ついこないだ、限りなくブラックな捜査をしたばかりだ。
職業倫理はすでにかなり逸脱している。
とはいえ、開き直りもできないのだが。
「……ねぇ旦那、エリアスさん」
「気持ち悪い声出すな、呼ぶな俺を。言っただろ、おまえが望むようなことはできないって」
「いやでも……ちょっとその指輪に触ってみてくれたら……ラインベリー卿の死の間際の愛の言葉とか聞こえませんかァ?」
エリアスの鼻に皺が寄り、ラズロを見る眼差しには冷徹な軽蔑がありありと浮かんでいた。
「聞こえない。仮に聞こえるとしてもする気はない」
「そんなぁ。だってそれじゃ……可哀想じゃないですかぁ?」
「…………そんなに可哀想ならおまえが新しい愛とやらで包み込んで養ってやればいい。要するに好みのタイプってことなんだろ」
エリアスの声には呆れと嫌悪と軽蔑と、それに少々の憐れみも混ざっていたかもしれない。
ラズロは肩を落とし、背中を丸めた。
「違いますって……」
好みのタイプとは違うのだ。
しかし弱い。
「……ね。手編みのマフラーに、秘密のチェス仲間って。これでふたりのあったかもしれない愛を証明は難しいですねェ。……なんで遺言書とか用意しておかないんですかねェ……」
あの指輪はアリサ・ベネットに、と一言でも遺言書にあったならなんの苦労もないのである。
エリアスはふんと鼻を鳴らした。
「…………で、どうするんだ」
「あんたはどうするんです、質屋の店主殿」
「盗品の持ち込みだ、通報する。…………チッ」
エリアスは不愉快そうに舌打ちした。
調書を取るのは面倒なのである。ただでさえ人付き合いを好まない青年にとって、刑事とのやり取りは相当な苦痛だろう。
「さて……それじゃあ私は……そろそろ帰りますかねェ」
「…………もう来るなよ、冷やかしはごめんだ」
エリアスの冷たい言葉を背に、ラズロはとぼとぼと店を後にした。
――からりん。 からりん。
ドアベルの音が、ひどく寂しげに聞こえた気がする。




