305.
案内されたエルフの里は、想像以上に幻想的な場所だった。
天を衝くほどの巨木が幾重にも連なり、その太い枝や幹をくり抜くようにして住居が作られている。
枝と枝の間には吊り橋が架かり、淡い光を放つ苔がランタンのように道を照らしていた。
自然と文明が完全に融合した、神秘の隠れ里だ。
だが、その美しい景観とは裏腹に、俺たちに向けられる空気は針のように鋭い。
「人間……?」
「なぜ人間がここに……」
「おい見ろ、エリン様が!」
木陰や窓から覗くエルフたちの視線には、明らかな警戒と敵意が混じっていた。
特に、気絶したエリンが運ばれていくのを見た者たちは、今にも弓を引き絞りそうな殺気を放っている。
案内役の彼が「客分だ、手を出すな」と制していなければ、今頃ハリネズミにされていただろう。
「こちらだ」
案内されたのは、里の最奥。
ひときわ巨大な「世界樹」の根元に建てられた、荘厳な屋敷だった。
扉が開かれ、俺たちは広い謁見の間へと通される。
正面の玉座に、一人のエルフが座っていた。
長い金髪に、翡翠のような瞳。
年齢不詳だが、刻まれた皺の一つ一つに知性と威厳が宿っている。
顔立ちはエリンによく似ていた。間違いなく彼女の血縁者だ。
「……よく来たな、人の子よ」
里長が静かに口を開く。
その声は穏やかだが、腹の底に響くような重圧感があった。
「私がこの里を統べる者、エルザードだ。……して、そこの不肖の娘が世話になったようだな」
「世話をした覚えはないが、少し寝てもらっただけだ」
俺が肩をすくめると、エルザードは運ばれてきたエリンを一瞥し、ふっと呆れたように息を吐いた。
「血気盛んなところは母親譲りか。……蛮勇を振るい、客人に無礼を働いたこと、親として詫びよう」
「分かってくれればいい」
話が早くて助かる。
俺が用件を切り出そうとした、その時だった。
エルザードの瞳が、俺の奥底にある何かを探るように細められた。
「それにしても……驚いたな」
「何がだ?」
「その身に纏う異質な魔力。そして、この世界の理から外れた魂の輝き……。貴殿、『召喚者』であろう?」
「――ッ」
俺は眉をひそめた。
こちらの正体を、一目見ただけで見抜いたというのか。
人間社会でも、俺が異世界人だと気づく者は稀だ。
こいつ、ただのエルフじゃないな。
「警戒せずともよい。長く生きているとな、鼻が利くようになるのだよ。……世界を渡る者の匂いにな」
エルザードは悪戯っぽく笑う。
敵意はないようだ。
俺は一つため息をつき、腕の中でぐったりしている毛玉――ぷちに視線を落とした。
「詳しい話は後だ。まずはこいつを休ませてやりたい。俺の威圧の巻き添えを食らって、伸びちまってる」
「うきゅう……むにゃむにゃ……」
ぷちは幸せそうな顔で気絶しているが、精神的なショックは大きいはずだ。
ベッドで寝かせてやりたい。
「ふむ。使い魔か。よかろう」
エルザードは即答した。
あまりに早すぎる返答に、俺が拍子抜けするほどだ。
「客間を用意させよう。最高級の羽毛布団と、疲労回復の香を用意するがいい」
「……いいのか? 俺は娘を倒した人間だぞ。もっとこう、尋問とか牢屋とか、そういう手順があるんじゃないのか?」
「娘が負けたのは、娘の実力不足だ。それに、貴殿からは『悪意』を感じぬ」
エルザードはゆったりと椅子に背を預けた。
「召喚者が悪人であれば、とっくにこの里は火の海になっていよう。……貴殿が理知的な男で助かったよ。さあ、旅の疲れを癒やすといい」
あまりの好待遇。
だが、その笑顔の裏には、タヌキ親父のような底知れなさが見え隠れしていた。
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