ヤマなしオチなし意味なし話の導入部
――気が付いたときには、私はもうここに居た。
そこは黒い世界だった。上下左右もわからなくなるほどに、黒く塗り潰された視界だけしかない場所だった。
そんなところに、しかし目立つようにひとつの人影があった。
こちらの視線に気づいたそれは、こちらを振り向くと気安い友人に語りかけるように話を始めた。
「――おお、久しく無かったお客様だ。遅くなったが導入を始めよう。
「現世で生きているということは、ただそれだけで他に並ぶもののない――まさに無敵の可能性を秘めた条件のひとつである。
死んでしまえば、消えてしまえば全て終わり。
それは森羅万象に共通する、唯一の事柄だと言っていいだろう。
「――ああ、何かを始めることに遅すぎるということはない、というのは特にいい言葉だ。
生きていれば何かが出来る。
いい年したオッサンが若い娘とひょんなことから知り合って、夕焼けの見えるたそがれ時に観覧車がちょうど頂上に辿り着き、その想いを確認しあう――なんてこともあるかもしれない。
まぁ、例に出した内容について実現できる可能性は非常に低いということは間違いないし。何かを始めることに遅すぎることはないとは言え、始めたことに期待した成果が伴うかどうかはまた別な話なのだけれど。それはさておき。
「人生ってのは運ゲーだ。それは間違いない。
しかしそれでも、能動的に何かをやろうとしなければ大抵のことはできやしない。
行動をせずに何かを手に入れられることは殆ど無いが、結果の良し悪しをさておけば、何かをやれば何かしらが返ってくるのが世の常だ。
――さて、長々と前置きを語ってしまったけれど。
要は何が言いたいかと言えば、何も行動を起こさないで得る後悔よりも何かをしてやってしまった後悔の方に価値があるという話であり。
ここから続く話は、そう思う誰かが行動し、何かを得たり得なかったりするお話だということである」
それがそこまで言い切ったところで、黒い世界に切れ目が現れ――照明で照らされた舞台が現れる。
目の前で起こった変化に驚いている内に、いつのまにやら客席に座らされていた自分に気づく。突然やってきた豪華で快適な客席の感覚に驚いていると、それはすぐ隣の客席に座ってこう続けた。
「なあに、帰ることはいつでもできる。帰る先は保障できないがね。
どうせなら楽しんでいきたまえ。では、まずはこれから流すとしようか」
そしてそれがそう言うと、その言葉を待っていたかのように舞台袖から人影が現れて。
話が始まった。
お題:現世、観覧車、無敵の可能性