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3/3

 幸いなことに、ブルーナを廃人イベントから救うことが出来たことに、僕は充分に満足していた。そのため、見落としていた現実があった。

 平穏な引き篭もり期間はあまり長く続かなかった。

 ラストダンジョンの出現。

 基本、ゲーム上では、主人公が恋人を決めるか、あるいは例外的に恋人候補がいなくなるかで発生する。

 今回は、後者だ。


 ムサイ男パーティに、紅一点のブルーナ。

 その中に、僕もいた。


 戦力というわけではなく、純粋にトレジャーハンターとしてのみの起用であり、大量のMP回復アイテムを持ち込みして、とにかく高額アイテム、あるいはレアアイテムを持つモンスターへレアハンター++を打ち込むだけの簡単なお仕事をこなしている。

 主人公からのパーティ勧誘に関しては拒否権が存在しないのが何とも面倒くさい。


 主人公によるヒロイン独占システムから外れたせいか、実のところ彼女とはまあ、いい感じで付き合いをしている。ただなんというか、まあ、18歳未満お断り方面ではあまり進展はないのだけれど。

 決して、僕がそっち方面でダメだからではなく、いいところまでいっても、最後で彼女が泣き出してしまうからだ。相当なトラウマになっているらしい。


 まあ、そんなこんなで楽しくやっている。




 当初は、ゆっくりとラストダンジョンの上層でアイテム集めだった。

 アイテムを収集しながら、ゆっくりと先に進んでいく。動き的に見て、マッピングをしながらの探索のようだ。

 余談ではあるが、このゲーム、最近のダンジョンRPGにしては珍しく、オートマッピング機能はない。その分、回転床のようなギミックは少ないのだけれど、面倒ではある。

 ゆっくりとした攻略ではあるが、その分アイテムの収集ははかどり、懐も豊かになる。なかなか、悪くはない。

 ブルーナと付き合っていることもあって、少々……いや、正直に言えば、僕は舞い上がっていたのだと思う。だから、この後に起こるイベントを失念していたのだ。


 生贄システム。


 ネットの攻略サイトではそうよばれていた、そのイベントを。




 ここで、ちょっと前世でのこのゲームの話をしよう。

 このゲームのパッケージイラストには、まあよくあることだが、ヒロイン全員集合的なものが用意されているのだけれど、一番目立つセンターの位置で純白の鎧を着たキャラクターが存在する。ところが、このキャラクターがいつまでたっても出てこないのだ。

 発売当初は、ネット上ではひどく荒れたのだけれど、このキャラクター、なんとラストダンジョンで登場するのである。しかも、トゥルールートには登場しない。正確に言えば、登場するが仲間にはならない。

 なぜなら、このキャラクターを仲間にするには、パーティメンバーの誰かを……最優先候補として、恋人を死なせることになるからだ。

 恋人がいない場合、その時のパーティメンバーの誰かを犠牲にすることで、彼女はパーティに加わることになる。


 誰かを犠牲にして、加わる最強キャラ……それ故に、このキャラクターを仲間に入れるイベントを、生贄イベントと呼び、その際に生贄になったキャラクターのスキルの一部を新ヒロインに引き継ぎするということもあり、生贄システムと呼ばれることになったのだ。



 でもって、今、そのイベントがそこにあった。

 水晶の柱に封じられた美しい女騎士。

 それを守るように立つ巨大なゴーレム。


 だが、僕とブルーナ……いや、海原の目を引き付けたのは、その女騎士の顔に見覚えがあったからだ。


「わ……かば、さん?」

「みどりん?」


 そんな……バカな……

 少なくとも、彼女は死んでいない。それとも、あの後何かあったのだろうか。

 だったら、僕がやったことは……すべて、無駄だったのか?


 考えている時間はなかった。ゴーレムが動き始めたからだ。

 ゴーレムの戦闘力は極めて高い。というより、防御力と攻撃力、HPの3つのパラメータが異様に高いタイプのモンスターで、精神系魔法が一切効果なく、それ以外のデバフにもかなりの耐性を持つ。

 もっとも、命中力は高くないので、回避はかなりの確率を期待できるのだが、一撃があまりにでかすぎる上に、大ダメージの全体攻撃までかましてくる。

 僕のステータスから考えれば、正直、全体攻撃を含めて回避は難しくない。生き残るだけならさほど難しいことではないのだけれど、こいつはやばい。

 このパーティの中で(後衛を含めて)一番脆いのも僕なのだ。スキル技をクリティカルでくらえば一撃死もありうる、というか多分そうなる。

 だが、主人公パーティに加わっている以上、彼の……というか、彼の中の人の意思には逆らえない。

 だから、戦うしかないのだ。


 戦闘は長期戦となった。というより、このボスモンスター、討伐の基本は正攻法で削っていくしかない。頑健な騎士職が壁となり、大量のアイテムを消費する大前提でちまちまと削っていくしかないのだ。

 ちなみに僕の役割は、ひたすらにアイテムでのパーティ補助だ。僕の攻撃では、奴の防御力を抜くことが出来ない上に、こいつはイベントモンスターでドロップアイテムも固定ドロップなので、僕ははっきり言って何もできることがない。

 だからと言って手を抜くわけにはいかなかった。

 若葉さんを助けるために、できることを必死でやった。それは、ブルーナも一緒のようで、普段の彼女からは想像もつかないような鬼気迫る迫力があった。彼女は専用武器ティルヴィングのおかげで、このパーティの中では頭一つ抜けた攻撃力を持つ。その分、防御に不安があるのだけれど、それは僕がカバーする。

 無限にあるように感じたゴーレムのHPもやがて尽き、倒れる時が来る。


 ゴーレムが倒れてただの石くれに戻ったと同時に、水晶が砕け、全裸の若葉さんが主人公の腕の中に崩れ落ちる。さすが主人公、おいしいところを持っていくな。と思ったら、軽く尻を蹴り飛ばされた。


「何見てんのさ」


「ご、ごめん」


 ぷーっと頬を膨らませて睨むブルーナは、意外に愛らしい。

 ちょっとだけ和んでしまった。


「ん? 何の音だ?」


 主人公がつぶやく。言われてみれば、地響きのような嫌な音がどこかから聞こえてきた。


 ……マズい! 失念していた!

 僕は、すっかり忘れていたのだ。


「みんな、逃げろ! ここは崩落する!」


 異音はあっという間に僕らに追いついた。

 僕らは、走ってこの崩落するエリアから逃げ出そうとする……のだが。


 倒したはずのゴーレムが半壊した状態ながら、立ちはだかっていた。


 誰かが、奴の、注意を、惹かなければ、ならない。

 主人公が、僕を、見た。どこか、申し訳なさそうな、そんな、悲痛な顔で。



 システムには、逆らえない。それがこの世界のルール。

 ここではないどこかのパソコンの前で、誰かが選択肢から、僕を選んだ。


 僕は、投擲用の短剣を投げつけて、ゴーレムの注意を引き付ける。

 隻腕となったゴーレムの拳が僕を捉えた。


 痛い。痛い。だが、その間にみんなゴーレムをやり過ごし、脱出することが出来たようだった。

 全身が酷く打ちつけられたためか、骨も折れている気する。


 生き延びたい。なんとしても、生きて、戻りたい。


 僕はあがく。だが、既に逃げ場もなく、ガラガラと崩れ落ちる瓦礫の中、ブルーナの……海原の悲痛な叫びが聞こえた。

 いやだ、死にたくない。

 あの子のところに、帰りたい。


 ぐしゃりと、嫌な音が響いた。体のどこかがつぶれてしまったらしい。既に痛みもなく、生存本能に従って、ただあがくしかできない。

 ひと際大きな音がして、何か大きなものが降ってきた。

 そこで、僕の意識は、途絶えた。




 ここは……どこだろう。

 ふわふわして、立っているのか横になっているのか、それすら分からない。

 そもそも、何も見えないし、何も聞こえない。

 自分がここに存在しているのかすら、曖昧な、そんな世界。

 ここが、死後の世界というものだろうか。前の時は、そんなものを感じることすらなかったけれど、これは二度目のイベントなのだろうか。

 どちらにせよ、僕は死んだのだろう。

 海原と若葉さんは、無事なのだろうか。

 ……もう、関係ないか。僕はもう……


 

 何か、暖かいものを右手に感じる。

 右手?

 そこを基点に、僕自身を認識する。


 引かれるように、その暖かさを僕は、追う。

 何もない、この世界を。

 ただ唯一の暖かさのみが、僕を導く。






「おばさん! おばさん起きて!」


 軽薄そうな身なりの少女が、病室の隅で仮眠をとっていた中年の女性に声をかけた。

 中年女性は跳ねるように飛び起きる。


「どうしたの! まさか!」


 彼女は最悪の事態を想像したのだろうか、恐怖に引き攣った顔で、少女を見た。


「見て! ほら!」


 少女は、ベッドから覗く誰かの右手を握っていた。その指先が、わずかに動く。

 最初は、触れていて初めてわかる程度の、かすかな動き。だが、それは次第に、明確に少女の手を握ろうと動く。


「ああ、ああ。まさか」


「しっかり見て。ほら!」


 もはや、その動きは反射などではなく、明確な意思を感じさせた。

 顔を手で覆って泣き始めた女性の代わりに、少女はナースコールのボタンを押す。


 直ぐに、医師と看護師が連れ立ってやってくる。

 どうやら、あわただしい一日になりそうだった。




「どうかね、久しぶりの娑婆の空気は」


 車いすを押しながら、海原藍は訊ねた。


「それだと、刑務所から出所したみたいじゃないか」


 僕は、答える。


「似たようなもんっしょ。ま、付き合える範囲で付き合ってあげるからさ」


 意外なことに、海原はとても世話焼きだった。

 僕は、半年以上意識不明だったらしいのだけれど、その間、結構な頻度で見舞いに来てくれていたということだ。


「学校、ホントによかったの?」


 僕は意識が戻った後、思い悩んだ末、学校を中退した。

 事故の後遺症は、想像していたよりはるかにひどくて、四肢のうち、自由に動かせるのは右手ぐらいで、左足は左ひざで切断されている。右足も、かろうじて動かせる程度。左手は、感覚すらない。

 リハビリ次第では、右足はそれなりに機能を取り戻せるそうだけれど、左手は未知数とのこと。

 学校側も可能な限りの配慮はすると言ってくれたけれど、今の僕の状態では、学校生活を送ることは難しかった。


「未練がないわけじゃないけれど、まあ、なんとかなるよ」


「そっか」


 風が、心地いい。

 気分は、悪くない。


 あの世界は、本当に夢だったのだろうか。

 あの世界を生きたことで、僕は少し変わったと思う。

 少なくとも、海原とこうやって普通に接することが出来るくらいには。……彼女の人懐っこさにも助けられているのだけれど。

 冷静に考えれば、夢だったのだろう。だけど、僕は確かにあの世界を生きたと思う。

 だから……


「海原」


「ん? なに?」


「ありがとう」


「なに改まってんのさ」


「ただ、言っておきたかったんだ。ありがとうって」


 僕の体は確かにひどい状態だけれども、以前よりよほど前向きになれた。

 それはきっと、あの世界で生きて、海原と出会って。

 世界の理不尽と戦って。


 世界は、いつだって理不尽だ。あの事故のように、ある日突然に牙を剥く。

 だけど、いまならきっと、僕は向き合える。


 あの日、確かに感じた、右手の感覚は。虚無の世界から、僕を引き上げてくれたあの暖かさは。

 あのぬくもりだけは、真実だと信じているから。

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