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戦い終わって、魔王、復活!?

「すごかったね」

「ぼんとに、素晴らしい動きでしたわ」


「本番でやるとは、ありすたんも好きものだねぇ」

「相手はアリス殿より格上であったのに、本当によくやったな。我らも特訓に付き合った甲斐があったというものだ」


 みんなが口々にぼくの健闘を讃えてくれる。

「偶然だよ」

 褒められ慣れていないせいで、なんて言っていいかわからなくて、とりあえず、謙遜してみせる。


「……戦いに、偶然なんて、ない」

 キルシュに言われると、そんな気もする。勝ててよかった……本当にそう思った。


「後3つだね。こうなったら優勝するしか」

 コキュが微笑む。

「できるかな」

『無理』

 異口同音に言い切ったのは、カミナとキルシュだった。


「そんな、身も蓋もない……もう少し、希望を持たせてあげてもよいではないですか」

「そうは言うが……さっきの試合に勝てたのも奇跡のようなものであるしな。次の相手が、槍の名手リーレンとあっては、流石に勝てまいよ」


「そ、そんなにはっきりとおっしゃらなくても……」

 トリチェが、一生懸命フォローしようとしてくれたけれど、

「無理かな?」

 ぼくの問いかけに、コキュですら申し訳無さそうに顔を背けた。


 結局、みんなの予想通り、ぼくは2回戦で敗退した。


***


 最終的に、決勝戦は、ぼくを倒したリーレンと、1回戦の試合でコキュに恐怖を覚えさせた男、サイレスとの間で行われた。個人的には、リーレンに勝って欲しかったのだけれど、かなりあっさりと、サイレスはリーレンを倒してしまった。


 その後、模範試合として、シリウスとサイレスが試合をしたのだけれど、鮮やかな打ち合いに決着はつかず、勝負は預かりとなった。みんな曰く、お互い本気ではなく、手の内を隠していたとのことだった。


 そして、表彰式。国王から望みを叶えると言われたサイレスは、王女から近くお言葉を賜りたい、と望んだようだ。金品ではなく、まだ年端もいかない少女の言葉を望んだことを訝りながらも、断る口実を見出せなかったんだと思う。


 二人の護衛を従えて、王女がサイレスの前に出た。その時、決勝戦の時から顔を顰めていたコキュが、突然大声を出した。


「思い出した……あいつだ……」

 言うが早いか、コキュは駆け出していた。何事かと、ぼくたちもコキュに続く。観客席を飛び降りて、試合場の中央、表彰が行われている場所へとひたすら駆ける。


 しかし、ぼくたちは間に合わなかった。サイレスはぼくたちが辿り着くよりも早く、懐から短剣を取り出して……それを突き刺したのだ。他の誰でもない、自分自身の胸に。短剣で自分の胸を切り裂いて、サイレスは自らの心臓を鷲掴みにして、それを王女に捧げ、叫んだ。


「我らの王よ……目覚めたまえ」

 王女が倒れた。ショックで失神したのだろう。そして、サイレスは、そのまま息絶えた。その場に辿り着いたぼくたちは、結局何もできず、衛兵たち同様、右往左往するだけだった。


 こうして、御前試合は、混乱のうちに幕を閉じた。


***


「ダメ、目覚めない」

 コキュが帰って来たのは、その日の夜遅くだった。王女の容態を確認するために、一人王城に詰めていたのだ。


 コキュの顔は真っ青で、不安に震えていた。そんな彼女の肩を抱き寄せたい衝動を必死で堪えながら、ぼくは気になっていたことを尋ねた。


「ねぇ、表彰式の時にコキュの言った『あいつだ』って、一体どういうことだったの」

「うん……。ずっと、引っかかっていたの。今朝初めてあいつを見たときから……。あいつのあの目、冷酷そうな、それでいてどこか熱っぽい、狂信的な目……」


 確かに、奴の目は、少し特徴的だった。形、とか、色とかはよく思い出せないけれど、らんらんと耀いているのに、どこか虚ろで、一番的確に表現すれば……


「確かに、不気味だったな、奴の目は」

 カミナがぼくの気持ちを代弁してくれた。


「うん……。わたしは、あの目を見たことがあるの。10年前に」

「え、じゃあ、10年前、コキュと王女を襲ったのは、あいつなの?」


「それは、ないと思う……父は、そいつを倒したはずだから。でも、あの目を見たのは間違いないと思う」

「10年前、王女を狙った敵と、同じ目を持つ者、か……」


「もう一つ気になるのは、あの男、王女のことを『王』といいましたわよね……」

 トリチェが思い出しながら言う。

「王に望みを言う時には、ちゃんと、『王女にお言葉を賜りたい』って言ったみたいだから、言い間違いとは考えにくいけど……」


 トリチェとコキュが深刻な顔で唸っている。カミナとリシェはそれほど深刻そうでもないのだけれど、それでも、二人の邪魔をしないところを見ると、それほど気楽に構えているわけでもなさそうだ。キルシュは、いつも通り、何も考えていなさそうだけど。


「陛下は、何と仰られておりますの」

「特に、これといっては、何も……。ただ、何事かを知っておられるような、そんなご様子は感じられたよ」


「何にしても、お疲れになったでしょ。今日はゆっくり休んで下さいね」

 思い詰めて黙り込んだコキュを心配するように、トリチェが重い会話を締めくくった。


「それはそうと、よく帰ってくる気になったな。てっきり、朝帰りと思っておったのに」

「そうそう、コキュたんなら、王女が目覚めるまでテコでも動かないと思った」


「そりゃ、わたしだってそうしたかったけど……。王が直々にわたしに帰還を命じたから」

「コキュにだけですか」


「ううん、他の護衛たちにも、人払いを命じていたよ」

「護衛の方たちまで……それは、おかしいですわね……」

 それほど、王女の容態は悪いのだろうか……みんな一斉に同じことを思ったらしく、再び空気が暗くなった。その時……。


「た、大変です、陛下が、陛下が来られました!」

 普段、この宿舎には入ってこない離宮の門兵が、血相を変えて飛び込んできた。王がこんなところに足を運ぶのも、ぼくがここに来て以来はじめてのことだ。


 場に、緊張が走る。そして、誰かが王を迎えるために動くよりも早く、王が現れた。……王女を抱いて。


「陛下……」

 みんなが一斉に膝を折る。ぼくも慌てて真似をした。


「顔を上げてくれ……今は形式的なやりとりをする時ではない」

 王の声は、憔悴しきっていた。ぼくは、今日の大会ではじめて王の声を聞いたのだけれど、その時の声と比べて、明らかに威厳も覇気も損なわれていた。


「陛下……王女殿下は……」

 コキュが、沈痛な面持ちで尋ねる。

「おそらく……もう、目覚めぬ」

 信じられないその一言に、コキュだけでなく、その場にいた全員が凍りついた。


「そ、そんな……しかし、まだ生きているではないですか」

 確かに、王女は、静かな寝息を立てている。安らかとも言えるその寝顔からは、王の言葉は信じられなかった。


「身体は、な……」

 王の言葉は重い。


「私が傍に付いていながら、みすみす復活の儀を許してしまった……悔やんでも悔やみきれぬよ」

「復活の、儀?」

 王が頷く。


「アル・メギド教団の教義は知っておろう。いつの日か、異界より『魔』を統べるべき王が降臨し、この世は煉獄と化す。万物の創造主にして全能なる神は、従って『魔』の創造主でもあり、我ら人と『魔』との最終戦争を天界より見届け給う。その日まで、我ら人は、武を練り、叡智を蓄え、人を愛することで、可能な限り己を高めなければならない……」


 この話はぼくも図書館で読んだ。世界は変わっても、宗教家の考えることは大して変わらない……そう笑ったものだけれど、それを語る王の顔も、聞く皆の顔も、真剣そのものだ。


「アル・メギドの教義が、何か王女に関係するのですか」

 王は重々しく頷く。


「今から14年前……この教義を真実ならしめようとした者が現れた。あろうことか、アル・メギド教団の最高司祭だ。深く教義について学ぶうちに、『魔』に魅せられたのだろう。そやつは命懸けで『魔』王を召還した。依り代として選ばれたのが……」


 みんな最後まで聞かずとも理解した。王は、そんなぼくらを見て、黙って頷いた。


「そやつは、死ぬ間際に予言を残した。『いつの日か必ずや我と志を同じくする者が現れ、自らの命を捧げて『復活の儀』の続きを執り行う。そのときまで、王女を……『魔』王を大切に守るが良い』と」


「命を……捧げる……」

 今日の出来事が鮮明に思い出された。あれこそが、『復活の儀』だったのだろう。


「次に奴らが現れたのは、10年前だ。あの時は、ナルギスが命と引き換えに『復活の儀』を阻止してくれたため、大事には至らなかったが……」

 コキュの顔が翳る。ナルギスというのは、以前聞いたコキュの父君なのだろう。


「では、既に『魔』王は……」

「復活を始めていると考えるべきだろう。クリエムが目覚めぬのも、その予兆と考えれば得心が行く。伝承では、前回『魔』王が降臨したのは月の満ちる夜だ……」


「明日は満月……ですわね」

 トリチェの言葉に、みんなが息を飲む。


「今話した経緯は、教団の上位者ならば知っている。これから、教団は『魔』王の復活を防ぐべく、クリエムの身柄を要求してくるだろう。その後殺すのか、封じるのかは解らぬが……。王として、その要求を拒むことはできない」


「そ、そんな」

 ぼくとコキュが同時に声を上げた。もし、王の顔を見ていなければ、ぼくは怒りを抑えきれずに、口汚く王を罵っていただろう。でも、何も言えなかった。それは、ぼくだけでなくコキュさえも二の句を告げないほどの、苦渋に満ちた顔だったから。


「これは王としてではなく、娘を持った一人の父としての頼みだ。聞いてくれるか……。クリエムを、よろしく頼む」

「命に代えまして」

 一片の迷いもなく、コキュは即答した。


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