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必殺技、炸裂!

 みんなとの最後の訓練の後、ぼくは精も根も尽きて、最早御前試合なんてどうでもよくなっていたのだけれど、訓練に付き合ってくれたみんなの手前、そんな本音を漏らすこともできず、疲労困憊のまま試合当日を迎えてしまった。


「ちょっと、顔色悪いよ? 大丈夫なの?」

 コキュが心配そうにぼくの顔を覗き込む。

「だ、大丈夫だよ」

 思わず強がってしまう自分が悲しい。


「大方、我の下着姿を想って昨晩も頑張りすぎたのであろう」

「ゆ、昨夜はしてないよ」


「一昨日はしたんですのね」

 トリチェが頬を染める。顔を赤らめたいのはこっちだ。

「馬鹿なこと言ってないで、ほら、組み合わせが張り出されているよ」


 コキュに言われて、みんな一斉に組み合わせ表を見る。参加人数は16人で、ぼくの相手は紅一点(であることを知っているのはぼくたちだけだけれど)の女性だった。


「こういう、2回戦にも女性を残そうっていう露骨な女性蔑視が許せないよね」

 リシェは少し不満そうだ。


「まぁ、仕方あるまいよ。女だてらに武の道を歩むあばずれは、それほど多くはないと言うのが実際なのだから」

 カミナが苦笑する。


「確かに、平和な世の中ですからねぇ。わざわざ剣を手に取る女性は、変わり者と呼ばれてしまいますわね」

 トリチェが他人事のように笑う。


「変わり者だからこそ、油断できる相手じゃないんだからね」

 コキュが発破をかける。


「大丈夫だよ。ありすたんは変態さでは絶対負けてないから」

 リシェが混ぜ返すとみんなが笑った。誰も反論してくれないのは悲しいけれど、こうやって笑い合える仲間を持てたことは、本当に幸せなことだとぼくは素直に感じていた。


 今日頑張りさえすれば、ぼくは騎士として正式に彼女達の一員になれる……。このときのぼくはそう信じていたから、気を引き締めてもう少しだけ、頑張ってみようと思ったんだ。


***


 1回戦の8試合中、ぼくの試合は、最後の試合だった。


 実際に始まってみると、御前試合の熱気は、ものすごいものだった。飛び散る汗と血、惨劇に興奮する観客達……。想像していたよりも、ずっと凄惨で恐ろしく、ぼくは完全にびびってしまった。


 自覚できるくらい、膝が笑っている。最初の2試合で、既に観戦していられる精神状態でなくなったぼくは、早々に控え室に逃げ込んだ。


「大丈夫だよ。今のアリスになら、ちゃんと剣の動きが見えてたでしょ」

「アリス殿は我等が鍛えたのだぞ。あの程度の輩に、何を恐れる」


「戦いの場に立てば……身体は、動くものだから……」

 珍しく、コキュだけでなくカミナもキルシュもぼくを励ましてくれる。おかげで、逃げ出したくてどうしようもなかったけれど、なんとか踏みとどまることができた。


「ほらコキュ、何をしている。アリス殿の隣に座って手を握ってやらぬか」

「え、でも……」


「他の者が握ったのでは、却ってアリス殿を変に刺激してしまうやも知れぬゆえ」

「何、それって、わたしに色気がないって言いたいわけ?」


 カミナを挑発的に一瞥しながらも、コキュは仕方ない、という仕草をしてぼくの横に座り、ぼくの手を握ってくれた。すると、嘘みたいに身体の震えが止まった。


「まあ、アリス様は甘えん坊ですのね」

 珍しく、トリチェがからかう。

「ありすたん、おっぱいも吸わせて貰ったら」

 リシェの下品な冗談に怒りはしなかっただろうか……恐る恐る、コキュの顔をみると……。


「どうした、コキュ、震えているではないか」

 みんなも異変に気付いていた。コキュが、さっきのぼくと同じくらい震えている。

「真っ青ですわ……急に、一体どうして……」


「ごめん……さっきから、嫌な予感がするの……。最初の試合を見たときから、ずっとなんだけど、それが急に膨らんで……」


 確かに、最初の試合は酷かった。勝者は、圧倒的な実力差があったにも関らず、相手をじわじわと嬲り殺しにしたのだ。


 試合では一応降参できるのだけれど、奴は降参させる余裕すら与えず切り刻んだのだ。観客は喜んでいたようだけれど、ちょっとあれは見ていられなかった。


「大丈夫、アリス殿なら、あれくらい斬られたところで死にはせぬよ」

「死ぬほど痛いだろうけどね」

 ぼくは努めて明るく笑ってみた。ほんとは笑い事ではないのだけれど。しかし、コキュの震えは止まらない。


「そういうことじゃないの……。なんて言っていいのかわからないんだけど……何か、悪いことが起きそうな気がするの」

「何が起こっても、ぼくが護るよ」

 言って、ぼくはコキュの手を握り返した。この台詞を口にするには、少し実力が伴ってないかも知れないけれど、気持ちだけは本物だった。


 それはコキュにも伝わったらしく、

「ありがと」

 コキュは弱々しく微笑んだ。


「そろそろ……始まる」

 外を窺っていたキルシュが、冷静に告げる。

「行ってくる」

 愛用の剣を腰に差し、ぼくはみんなの声援を背に控え室を出た。


***


 試合場へと続く薄暗い通路を進むにつれ、観客達のざわめきが徐々に大きくなる。そして、通路を抜けたとき、ぼくはその喧騒と眩しさとに卒倒しそうになった。


 なんとか眩しさに目をならしつつ、円形の試合場の中央へと歩を進める。対戦相手は、既にそこにいた。


 くすんだ赤毛をポニーテールにしたその女性は、20前後だろうか……大人びた綺麗な顔立ちなんだけれど、角度を測ってみたくなるくらいのつり目で、髪と同じ色の瞳が既にぼくを睨み付けている(単に目つきが悪いだけなのかも知れないけれど)。


 すらりと伸びた長身は、簡素な部分鎧を身につけているだけであり、身体のラインがよくわかる。ゲームなんかでよくありそうな、何故か露出度の高い女戦士、といった格好だった。


 つまり……装備的には脱衣剣を狙えそうである。ただ、おろしたてのぼくの鎧と違い、適度に使い込まれた鎧は、相手が熟練の剣士であることを物語っている。


 彼女の武器は両手剣だ。戦い方で戸惑うことはないだろうけれど、太く長く、黒光りしたそれに貫かれるのは遠慮したい。そんな風に、妄想、もとい、相手を分析しているうちに、試合ははじまってしまった。


 儀礼的に軽く剣を合わせてから、間合いをとる。ぼくの剣の方が短いから、間合いは近めに取る方がよいのだけれど、彼女はそれを許さず、自分の間合いで剣を振るってくる。


 ぶんっ


 速さはコキュほどではないものの、その重さ、荒々しさはコキュより上だ。ただ、技術はそれほど洗練されておらず、どちらかと言うと、力任せに剣を振るっているだけ、そんな印象を受けた。


 それでも、その斬撃は、今のぼくに見切れるほど甘くもなく、ぼくは辛うじて相手の攻撃を受け流していた。流し損ねれば簡単に剣を弾き飛ばされてしまうだろう。なんとかこちらから攻めたいものだけれど、相手の攻撃は途切れなく続き、ぼくの反撃を許さない。


 2、30合打ち合っても状況は変わらず、ぼくは少し焦っていたのだけれど、相手はそれ以上に焦れていたようだ。彼女はこれまでよりもやや遠めに間合いをとって、剣を引いた。すぐにわかった……剣気を練っているのだ。


 これは誘いだ。こちらが撃ちかかれば、相手は後の先をとって攻撃してくる。ぼくでは、先の先はとれないし、後の先を取られれば、反撃を捌くこともできないだろう。


 かといって、何もしなければ相手は十分に剣気を練って、必殺技を繰り出してくるだろう。どの程度の剣気が来るのかわからないけれど、余り確かめたくはない。ぼくは、覚悟を決めた。脱衣剣を決めるしかない!


 相手が慌てて攻撃に移るほど、速く動いてはいけない。かといって、相手が無視して攻撃してくるほど、警戒されないのもダメだ。何かあるぞと警戒させつつ、どう動くか判断に迷うような、そんな思わせぶりな動きをとらなければ……。


 ぼくは、咄嗟に、昔テレビで見たフェンシングの試合で選手がやっていたように、剣を自分の顔の前に引き寄せて、軽くキスをした。そして、素早く剣を動かして、相手の方を指した。あたかも、剣先からビームでも出るかのように。相手は、次に何が起こるのか警戒したようだ。


 ぼくは、そのまま、少しずつ相手に近づく。相手は、動かない。攻めるべきか守るべきか、判断に迷っているに違いない。剣が相手に触れるほど近づいたその瞬間!


「うおぉー」

 相手は、唸り声を上げて一撃を繰り出してきた。剣がうずまく炎をまとうのが見える。相手に一撃を出させる前に仕掛けるのが理想だったのに、それが叶わず、ぼくの背筋に冷たいものが滑り落ちる。


 幸い、ぼくの理性は、辛うじて崩れずにいてくれた。お陰で、死の一撃を前にしても、ぼくの身体は冷静に動く。完全に態勢を整えているぼくを狙うには、その一撃は余りに大振り過ぎたのだ。


 ぼくは、相手の剣がぼくに届くよりも早く、相手の脇をすり抜ける。そして、すれ違いざまに、胸当ての留め金を外す。唸る炎が無人の空間を焼いた時、相手の胸当ては半分外れかかっていて、豊満な谷間が……って、違う、それは今は関係ない。


 外れかかった胸当てのせいで相手の動きはかなり制約されているようだ。ぼくはその隙を逃さず、相手の眼前に剣を突き出して、殺そうと思えば殺せるぞ、とばかりに、そこでぴたりと剣を止める。


 相手の動きが止まり……相手は剣を落として手を上げた。降参のジェスチャーだ。立会人が、ぼくの勝利を宣言した。よかった、降参してくれなかったら打つ手がなかった。


 観客達の歓声が大きくなる。ぼくは疲労で気が遠くなりながらも、なんとか手を振ってそれに応えた。


***


「おい、お前」

 控え室に向かう通路で、ぼくは知らない男に声をかけられた。こんなところにいるということは、出場選手だろうか。いきなりのお前呼ばわりに少しむっとしながらも、ぼくはそいつの方をみた。


 そこにいたのは、目つきの悪い男だった。年は20代半ばといったところか、やや灰色がかった黒髪の隙間から、笑顔なんて想像できないような、鋭角的な三白眼が覗いている。


 しかし、腹の立つことに、均整のとれた長身に鎧をまとったその姿には、威風堂々とした風格があり、目つきの悪さは、大半の女性に言わせれば男らしい精悍さと表現されることは疑いなかった。


「なんですか」

 ぼくは、ぶっきらぼうに言う。正直、疲れているし、早く控え室に戻りたかった。


「さっき、お前が使った技……誰に習った」

「えっ……」

 質問の意図がわからなかったわけではなく、その逆に、質問の背後にあるものをわかってしまった気がして、ぼくは思わず聞き返してしまった。


「さっきの品のない技だよ。偶然胸当てが外れたとは言わせないぜ」

「ひょっとして、サミュエルさんの弟さんですか」


「やっぱり、あの馬鹿兄貴か。お前、ヴィルキア騎士団の新しい団員なんだろ。頼むから、あの程度の腕でシェリダン・スティルを名乗ったりするなよ」

 あまりに一方的な物言いに、思わずむっとする。


「なるほど……。初対面の相手にそれだけ高圧的な物言いをする恥ずかしい人たちと同類に見られたくないですもんね。サミュエルさんが逃げ出したくなった気持ちがよくわかります」

 思いっきり笑顔で言ってやった。幸か不幸か、ぼくの発言は、ぼくの意図した通りの効果を発揮した。


「貴様に何がわかる!」

 苦々しげに、男は吐き捨てて、ぼくを睨み付けた。斬ら、れる? そんな予感が膨らむ。なのに身体が動かない。それほどの殺気だった。


「それくらいにしておくんだ、ディーン」

 声の主は、初めてみる男だった。なのに、ぼくにはこいつが誰であるかがすぐにわかってしまった。


「シリウス・シンクレア……」

「ご存知とは、光栄です」


 礼儀正しく、その男はぼくに一礼した。眉目秀麗、金髪碧眼の、絵に描いたような美男子。ディーンと呼ばれた男よりは、ほんの少し背は低いが、こちらもバランスの取れた長身だ。いつかリシェの言った、掛け値なしのいい男という表現は、悔しいけれど当たっている。外見に、非の打ち所がない。


「しかし、この女が……」

「今のはどう見ても、君に非があるよ、ディーン」

 ディーンは舌打ちしてそっぽを向いた。シリウスに頭が上がらない、というのではなく、自分に非があることを渋々認めた、そんな感じだ。


 それにしても……この二人、確かに絵になる。寄り添う姿はまるで光と影だ。

「えっと、じゃあ、この辺で……」

 思わず見惚れそうになったのが悔しくて、ぼくは慌てて別れを告げた。


「引き止めてごめんね。次も頑張って」

 シリウスが謝るのも変な話だけれど、ぼくは無言で会釈をして控え室に急いだ。

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