現実逃避した先で必殺技を教えてもらいました
それから数日、ぼくは人生で初めてというくらい落ち込んだ。落ち込んでいることをみんなに気付かれまいと、気丈に振舞おうとはしたけれど、少し気を抜くと溜息ばかりで、訓練にも集中できず……。
コキュとの関係もぎくしゃくしたままだった。だから、二人で出かけている間に何かあったであろうことは、誰の目から見ても明らかだったと思う。
「大方、コキュの別荘で上手くできなかったのであろう。若いうちはよくあることゆえ、気にすることはないぞ」
カミナが冗談めかして言ったが、相手にするのも億劫だった。生前(?)の姫宮ありすへの告白は未遂に終わったから、ぼくにとっては初めての告白で、しかも、初めての、明白な形での失恋だった。
姫宮ありすを含めて、想いを告げることもできずに終わった恋は幾つかあるのだけれど。自分でも、この世の終わりのような顔をしてるんじゃないかと思う。当然、コキュの顔を見られるはずもなく、ただもう、コキュの姿を避けて過ごした。
そして、失恋から4日目、今日はコキュとの訓練の予定だ。他の皆との訓練は、まあなんとか耐えられた。でも、コキュとの直接対決は、さすがに……。冷静に考えれば、コキュと仲直り(別に喧嘩したわけではないけれど)するいい機会なんだと思う。
ぼくも一度はそう思って、練習用の鎧を身に付け、剣を持った。でも、ぼくは訓練自体にも、少し疲れていた。焦りもあった。鎧も届いて、いよいよ御前試合が近づいてきたというのに、ぼくは伸び悩んでいる。自分が少しずつ上達するにつれて、みんなとの絶望的なまでの実力差がはっきりとわかるようになって……。
そして、コキュの顔を思い浮かべた途端、あのときの明白な拒絶が頭をよぎって……ぼくはいつの間にか、宿舎から逃げ出していた。
我ながら、考え無しの行動だったと思う。ぼくは、情けないことに、彼女達の庇護なしには、この世界で生きていく術を持たないのだから。しかも、鎧と剣を身に着けたまま出てきてしまったから、怪しいことこの上ない。
すれ違う人からも好奇の視線を浴びている気がする。とりあえず、街へ続く道は覚えているから、その道を進んでいるのだけれど、街へ出たからと言ってどうなるわけでもなく……。
そんなときに、ふと、通ったことのない小道をみつけた。街へ出るか悩んでいたぼくはとりあえず、その道を進むことにした。
道は、予想していたよりもずっと早く終わってしまった。行き着いた先は、小さな公園だった。泉が湧き出ており、丁度よい水場になっているようだ。数人の子供たちが遊んでいるが、大人の姿はほとんどない。
唯一の例外がベンチに座った男だ。遠目からは大人の男であることしかわからないけど、何をするでもなく、ベンチに座って子供たちを眺めている。ぼくは、泉で喉を潤すと、2つある公園のベンチのうち、男の座っていない方に腰を下ろした。極力、男の方は見ないようにする。
そんなぼくの努力も空しく、男はほどなく、ぼくに声を掛けてきた。
「やぁ、こんにちは。見かけない顔だけど……ひょっとして、ヴィルキア騎士団の新入りさんかな?」
「ど、どうしてそれを!?」
ただのナンパだと思っていたから、いきなり核心を突かれて、ぼくは必要以上にうろたえてしまった。
「いやぁ、新しい子が見習いで入ったらしいっていうのは、この辺りの住人たちの噂で知っていたし、こんな、王女の離宮近くで見たことのない少女が鎧姿でうろうろしていたら普通わかると思うよ」
男は戸惑うぼくを見て困ったように、軽く微笑んだ。年の頃は20代後半といったところか……甘いマスク、という表現がしっくりくるハンサムだけれど、無精ひげと、だらしなく着崩した格好のせいで、ひどくくたびれた印象を受けた。
「騎士見習いの、アリス・ミナセです。えっと、あなたは?」
「ああ、ごめんね。僕はサミュエル。サミュエル・シェリダン。よろしくね」
「シェリダンって、あの?」
「多分、その、だよ。まあ、家を継いだのは弟だから、厳密には違うんだけどね」
男は、苦笑した。家督を継げなかった長子……。複雑な思いがあるのかも知れない。
「で、そのシェリダンさんが、一体こんな所で何を?」
「このシェリダンは弟と違って、特にすることもないんでね。毎日こうやって子供たちを眺めながら森林浴さ。だから寧ろ、君みたいな騎士見習いが、一体こんな所で何を、って思ったんだよ」
言っていることはかなり自虐的なのだけれど、不思議と、その口調には、弟に対する嫉妬とか、そういった負の感情は感じられなかった。
「えっと、その、訓練から逃げ出してきまして……」
とりあえず、コキュとのことは伏せることにした。
「そかぁ、僕と同じだね」
彼は優しく、でもどこか弱々しく、微笑んだ。
「同じって?」
「逃げ出したっていうのが、だよ。シェリダン・スティルは、祖父の代に始まったんだけどね。祖父は平民出身だったから、その頃既に名声を確立していたシンクレア・スティルの下に置かれて、かなり苦労をしたらしい。シェリダン家が爵位を得た今でも、シェリダン・スティルは下賎の剣って、多くの貴族たちは思っているしね。だから、祖父も、父も、シェリダン・スティルの名声を高めるのに必死だった。それには、剣の腕を磨くだけではなくて、政治的な駆け引きや裏工作も必要で……。当然、僕も弟も、それを強要された。だから、僕はそこから逃げたんだよ。弟に、全てを押し付けてね」
「……」
いきなりの告白に、ぼくは言葉もでなかった。
「ごめん、いきなりこんな重い話されたら反応に困るよね。でも、強さを求めるのに疲れたのなら、無理する必要なんてないと僕は思うんだ」
「疲れたわけではないんです。ただ、才能の限界っていうか……そりゃ、経験が違うし、すぐに追いつけるわけはないって、わかってはいるんですけど……」
「女の子しかいないのに、ヴィルキア騎士団は凄腕ばかりだからね。焦る気持ちはわかるよ。見たところ、まだ初心者のようだし」
「やっぱりわかりますか」
「まぁ、一応、こっちも素人じゃないしね」
がっくりとうな垂れるぼく。彼は優しく笑いながらこう言ってくれた。
「なんなら、少し剣を見てあげようか? 家を継がなかったとは言え、まだまだコキュちゃん達に後れは取らないつもりだし」
「いいんですか?」
「いいよ。どうせ暇だし。それに、君みたいな可愛い女の子は大好きだしね」
言って、ウィンクする。騙してるみたいで少し罪悪感。
「構えてごらん」
言われるままに、ぼくは構えをとる。我ながら、少しぎこちない。
「なるほど……そうか……」
「やっぱり変ですか?」
否定的な批評を覚悟する。
「いや、君は男の子なんだね」
「わ、わかるんですか!?」
ぼくは心底驚いた。
「筋肉の付き方で、なんとなく、ね。まぁ、僕は可愛い男の子も好きだから気にしないよ」
明るく笑う。そ、それはそれで、ちょっと遠慮したい。
「あの、このことは内密に……」
「コキュちゃん達は知っているの?」
「はい、知っています」
「なら、誰にも言わないよ。彼女達を騙しているなら、そういうわけにもいかないけど」
「ありがとうございます」
「でも、それならちゃんと強くならないとね。君の焦る気持ちはわかるよ。君が望むなら、僕のとっておきの技を教えてあげよう」
「ほんとですか!? 是非お願いします! どんな技なんですか?」
思いがけない申し出に、ぼくの期待は高まる。シンクレア・スティルと並び称されるシェリダン・スティル、その直系のとっておきを教えてもらえるなんて!
「よくぞ聞いてくれました。その名も……『脱衣剣』!」
ぼくの期待は、いきなりがらがらと音を立てて、崩れた。
「……えっと、その、何と言うか……品がない上に弱そうな技ですね……」
「あはは、弟も同じことを言っていたよ。まあ、名前はともかく、結構使える技だと思う。ほら、いくよ」
いつの間にか、彼の手には剣が握られていた。慌てて、ぼくも戦闘体勢に入る。彼の繰り出す鋭い突きをなんとかかわしたと思った瞬間……ぼくの胸当ては、脱がされていた。
「こんな感じだよ。女の子なら、鎧の下はすぐ下着、みたいなこともあるから、ちょっといい技だろ? 胸当ての下に服を着ていたとしても、慣れれば、片方の留め金を外してからもう片方の留め金に剣を移動させる際に切り裂くことができる。まあ、男女を問わず、食らうと屈辱的な技であることは確かだね」
「確かにすごい技ですけど……ぼくに出来るようになりますかね?」
不安になって聞いてみた。
「技術としてはそんなに難しいわけではないから、大丈夫だと思うよ。この技の肝は、相手の防御本能を利用した、心理的な陥穽だ」
ぼくは首をかしげる。正直、わからない。
「簡単に言うと、上級者になると、どんなに速い攻撃でも、反射的に防ぐことができるものなんだけど、意外に、遅い攻撃には戸惑うものなんだ。だから、それを利用する。素早い牽制攻撃で威嚇した後に、ゆっくりとした動きで相手の虚を付いて鎧の留め金を狙うんだ」
「なるほど」
今度は理解できた。それから、彼は、ぼくにわかるように、個々の動きを解説してくれた。それに習って、ぼくも実際にやってみる。なかなか上手くできなかったけれど、彼は何度も丁寧に、その動きを正しいものへと導いてくれた。
「一応、形にはなったね。注意する点は二つ。一つ、この技を成功させるには、自分にもある程度の実力が必要だということ。こいつの動きにしては鈍重すぎる、これは何かあるな、っていう、相手の警戒心を利用しないといけないからね。まあ、今の君でも、もう少し頑張ればなんとかなるだろう。もう一つ。この技は、言って見れば奇襲技だから、同じ相手には2度は通じない。だから、僕の弟、ディーンには通用しないよ。僕が既に脱がせたから」
彼は少し楽しそうに笑った。
「あと、君は主にシンクレア・スティルを学んでいるようだけど、他にも色々かじってるね?」
「そんなことまでわかるんですね」
「まぁね……。とりあえず、武術の基本は、まず一つを極めることだから……とりあえず、『脱衣剣』をとことん磨いてみるといい。この国では防具の主流は胸当てだから、『脱衣剣』を使える場面は多いし、一つ得意な技ができれば、それを中心に据えて戦術を組めるから」
「頑張ります」
「君は、剣で人を傷つけるのが怖いんだろ?そういう意味でも、『脱衣剣』はうってつけさ」
彼は優しく微笑む。
「ほんとに、なんでもお見通しなんですね」
「まあ、お説教はここまで。結構時間も経ったし、みんな心配してるんじゃないかな。早く戻った方がいい」
確かに、陽は傾いて来ている。コキュたちは、心配してくれているのだろうか……。もう見捨てられているかもしれないけれど。
「大丈夫だよ」
また見透かされた。もう、呆れるしかない。
「色々と、ありがとうございました」
「どういたしまして。まあ、僕は大抵ここでぼーっとしてるから、また逃げ出したくなったら、いつでも来るといい」
「はい、そうさせて貰います。本当に、ありがとうございました」
相変わらず、優しくもどこか疲れたような弱々しい笑みを浮べる彼に背を向けて、ぼくは公園を後にした。




