脱衣剣を試してみました(1)
「もう、どこいってたのよ、馬鹿……心配したんだからね」
宿舎に戻ったぼくを迎えてくれたのは、半泣きになったコキュだった。目に涙を浮べながら、ぼくに抱きついてくる。本当に心配してくれていたんだと思うと、罪悪感で胸が痛んだ。
「ごめん、本当に、ごめん」
謝りながら、このままコキュを抱きしめていいものやら判断がつかず、手のやり場に困っていると……。
「何をしている、コキュがここまで大胆に迫っているのであるから、熱い抱擁をかわすのが当然であろう。別荘での失態を償う好機だぞ」
「そうそう、一気に押し倒しちゃえー」
ああ、折角コキュが素直に抱きついてくれてるのに、そんなこと言ったら……。
「だ、誰が大胆に迫ってるのよ!? ちょっと心配するくらい、いいじゃない」
やっぱり。甘い雰囲気は一気に吹き飛んだ。
「これは失礼、コキュにすれば、それでもまだお淑やかな迫り方なのだな」
「泣くほど心配するのは、少し、とは言わないよぉ」
「ば、ばかっ、誰も泣いてなんて……」
慌てて目を擦るコキュ。結果、彼女の両手はぼくから離れるわけで。行き場を失ったぼくの両手が一層まぬけに見える。彼女を抱きしめる機会は、まだまだ先になってしまったようだ。
「二人は心配してくれなかったんだね」
ぼくは、少し不満げに……二人がぼくを心配しなかったことよりも寧ろ、コキュをからかったことに対してだけれど……言う。
「大の男がほんの数刻いなくなったくらいでは、心配しようもあるまい」
それもそうだ。
「あたしは、心配してたよ……」
言って、瞳を潤ませてぼくに抱きついてくる。
「リシェ……」
「振られたショックで自殺しちゃう人だっているし、ね?」
言って、小悪魔の笑み……。
「ど、どどど、どうしてそれを……」
みっともなくうろたえるぼく。
「なぁんだ、やっぱりそうだったのかぁ」
面白くもなさそうに、リシェはぼくから離れる。しまった、カマかけだったのか。
「一度断られたからと言って、失恋したとは限らぬよなぁ、コキュ?」
カミナが思わせぶりな口調で言う。
「し、知らないわよ、馬鹿」
コキュは走って行ってしまった。
「人の傷口に塩塗って、楽しい?」
ぼくがじと目で二人に抗議すると……
『とっても』
二人は何のためらいもなく異口同音に答えた。
***
なんとかコキュと仲直り(という名の一方的な謝罪と帰順)したぼくは、それから大会まで必死に訓練した。
ぼくは、人間、目標があれば頑張れるものだとつくづく思い知った。いつの間にかぼくの目標は、御前試合で一勝しよう、などという低い目標から、限りなく高い目標に変わっていたのだ。……コキュたちを脱がしたい!
確かに、ここに来たばかりの頃は、洗濯のときに、彼女達の下着に触れる機会もあった。様々なタイプの下着を見ながら、これは誰のかな、と妄想するのが楽しくなかったわけではない。
しかし、それは遠い昔のことだし、何より、中身が入ってこその下着である。本来下に着られているはずものが上に出てくる……その矛盾こそ、まさしく男のロマンではないか!
その目標のためだけに、ぼくは昼夜をいとわず剣を振るった。崇高な(?)妄想に耽りながら剣を振るううちに時間は飛ぶように流れた。
サミュエルさんの言う通り、『脱衣剣』の性質上、一度見られたら最後、もう引っかかって貰えないだろう。となると、チャンスは一度きりで、しかも、他に見物人のいないときでなければならない。
更には、成功した暁には、相手に口止めすることも必要だ。色々考えた末、決行は、各人との試合前の最後の訓練に行うことに決めた。そしてその時には、実戦に近い訓練にしたいからちゃんと鎧を装備してくれるようみんなに頼んだ。
***
最初に、「最後の訓練」を迎えたのは、トリチェだった。トリチェは他の4人に比べれば、狙いやすい相手と言えた。実はぼくは、トリチェとは既に傍目から見てそれなりの打ち合いを演じることができるのだ。
理由は、トリチェが他のみんなに劣るからではなく、トリチェが防御に徹するからだ。他のみんなとの訓練では、こちらが必死で攻めれば、手加減している相手を傷つけてしまうこともあるのだ(大抵は攻撃する前にカウンターで潰されてしまうからその可能性は低いし、傷つけると言ってもかすり傷に過ぎないのだけれど)。
トリチェ相手ならカウンターを恐れる必要はないし、どんなに激しく攻めても傷つけることはないと安心しているから、容赦なく攻撃できるのだ。
「では、アリス様、勝負ですわ」
言いながらも、トリチェは自分からは動こうとしない。楯と剣を隙なく構えている。
とりあえずぼくは、いつも通りろくにフェイントも交えずに愚直なまでにトリチェに切りかかった。ぼくの斬撃は、見事なまでにトリチェの楯に防がれる。何度か同じような攻撃を繰り返す。
「それでは勝てませんわよ?」
こちらの単調な攻撃を怪訝に思ったのか、トリチェが焦れたように言う。でも、様子見はここまでだ。続く一撃で、ぼくはいよいよ勝負に出る!
ぼくは渾身の一撃を、楯を狙って放った。そう、トリチェの身体ではなく、楯を狙って。彼女はこれまで同様、楯でぼくの攻撃を流そうとするけれど、ぼくの剣は楯に当たった段階でほぼ動きを止めており、これまでのようには流れない。
トリチェが訝り、互いの動きの止まる一瞬の後、ぼくの剣がゆっくりとトリチェに向かって動いた。ぼくの狙いがわからず、どう動くか躊躇するその一瞬を突いて、ぼくの剣はトリチェの胸当ての留め金に達し……ぼくは一気に剣を加速させて、留め金をこじ開ける!
「きゃっ」
更に、剣を切り返して、軽く下の服を切り裂く。半分外れかかった胸当てからトリチェの下着が、下着が……。
「思い残すことはありませんか」
トリチェの顔から笑みが消えた……怖い。トリチェの楯の周りを剣(?)気が覆っている。うねる大地のような力強い剣気だ。
「大地よ、怒れ!」
掛け声と共に、トリチェが楯で体当たりしてきた。ぼくはとっさにかわそうとしたのだけれど、楯を取り巻く剣気がぼくを捕らえ、思うように身動きが取れない。
ぐはっ
体当たりの衝撃と、うねる大地の力とがぼくを直撃した。ばらばらになってしまいそうな衝撃が全身を巡り、ぼくの身体が少し宙に浮く。空中で身動きのできないぼくを、トリチェの剣が貫く……かに見えたのだけれど……
どすんっ
トリチェが剣を引いてくれたお陰で、ぼくは背中から落下するだけで済んだ。それでも十分痛いけど。
「あんまり悪戯しちゃ、ダメですわよ」
トリチェが、胸当てを手で押さえつつ言う。今は普通の笑顔だ。
「わたくしですから、この程度で済みましたけれど、これがコキュだったら……」
確かに、想像するだにやばい。どうする、やめるか!?
「でも、アリス様、強くなりましたのね。今の技は、見事でしたわ……品はないですけど」
「ありがと。トリチェにそう言って貰えると、心強いよ。品がないのもまぁ、知ってる」
サミュエルさんの苦笑が見えるようだ。
「ひょっとして、他のみなさまにも試すおつもりですか」
「うん、一応……だから、今の技のことはみんなには黙っていて欲しいんだ」
「それは、いいですけど……殺され、ますわよ?」
じょ、冗談に聞こえない。
「でも、それだけの価値はあると思うんだ……」
思わず、本音がでてしまう。
「こんなものに、ですか?」
言ってトリチェは押さえていた胸当てを押さえていた手を離して、チラリと見せた。トリチェの白い肌と豊満なふくらみを覆う乳白色の布が……。思わず食い入るようにして見入っていると……
「ちょっと、調子に乗りすぎですわ」
ごすっ
楯で後頭部を殴られたらしく、ぼくの意識は真っ暗になった。
***
次の相手はリシェだった。リシェ相手では、用いる武器は短剣になるため、長剣のときよりも狙いやすいのは確かなのだけれど、トリチェと違ってリシェは自分から攻めてくる。だから、リシェを相手にするのは、実戦に向けてのいい訓練になるはずだ。
誰との訓練でも、用いる武器は本物だから、相手を傷つけてしまうこともあるんだけど、そんなときは、舐めさせてもらえる(この表現が我ながら情けないけれど)から、それが訓練の励みになっていたりもする。
特に、短剣での攻防はかなり素早く、接近して行われるから、さすがのリシェも攻撃の全てをさばききれるわけもなく、リシェが怪我をする割合は、他のみんなよりも多い。
そんな時リシェはぼくの上達へのご褒美であるかのように、茶目っ気たっぷりの媚態で、「治癒」を行うぼくを楽しませてくれるのだ。
ところが、今日は、『脱衣剣』を狙いすぎてどうしても動きが硬くなる。
「どうしたの、ありすたん、動きが鈍いよ。夕べ一人で頑張り過ぎた?」
リシェは容赦なくぼくを切り刻む。傷は開いたその都度、塞がっていくんだけど、鋭い痛みを感じるのはどうしようもない。
それでもなんとか、態勢を立て直しつつ、上手くリシェの一撃を流せたときを見計らって、仕掛ける!
流されたリシェの短剣が戻るよりも、流したぼくの短剣が突き出される方が速い。リシェが衝撃を覚悟して硬くなったその隙をついて、ぼくはゆっくりと短剣を胸当ての留め金へやる。
「え……」
リシェは、短剣のゆっくりとした動きに咄嗟に反応できない。そして、短剣が留め金に達した瞬間、ぼくは素早い動きで留め金を外す!
「えぇっ!?」
リシェは、胸当ての下に衣服を着ていなかったから、片側がずれ落ちた胸当てから桃色の下着が覗いた。次の瞬間……
「あっはは」
リシェが笑い出した。
「ありすたんってば、そんなにあたしの下着が見たかったんだ?」
あれだけまじまじと見てしまった後では、申し開きもできない。
「そんな技身に付けなくたって、ありすたんになら、いつでも見せてあげるのに……」
言いながら、もう片方の留め金を自分で外す。すると、ごくわずかながら胸のふくらみが……。ごくり、と生唾を飲み込んだとき、
げしっ
いきなり股間を蹴り上げられて、ぼくはうずくまる。
「ダメだよ、ありすたん。色仕掛けにこんなに簡単にひっかかったら。まぁ、ありすたんにしては頑張った方だけどね」
うずくまるぼくを置いて、リシェはさっさと宿舎に入っていってしまった。ぼくは、痛みに呻きながらも、ちょっとした満足感に浸っていた。この技は使える、と。




