喜び
「嬢ちゃん、何か言いたいことはあるか?」
「死ね」
「ははは、元気な嬢ちゃんだ。……いっぺん死んどくか?」
「死ね」
「おいおい。嬢ちゃんか悪いんだぜ?無賃乗車なんかしくさってよぉ……」
「死ね」
……こんな調子でもう何時間も言い争いを続けている。
先にこっそりメアとカルテットを行かせ、僕はこの親父の相手を。
急いでいたからと弁明し、正規の二倍の金額を払ったが、勿論許してくれるはずもなく。
何をすればいいかと訪ねたが、何も答えない。そう、こいつはただ単に人を責めたいだけなのだ。
自分が悪いのは百も千も万も承知のことだが、ここまで魂胆が見えていると暴言の一つや二つは吐きたくなる。
「なあ、本当に悪かったって。警察に突き出したかったらそれでもいい。頼むよ。行かせてくれ」
懇願。しかし、拒絶。
「無理に決まってんだろ?」
「じゃあ何か?なんでもしますから許してくださいとでも言えば…………」
「今よぉ、なんでもするって言ったよな?」
「は?」
「じゃあ服を゛ッ⁉︎」
そこまで言ったところでその横っ腹に一撃お見舞いする。放ったパンチは見事に入り、綺麗に吹き飛ぶ。
伸びた男の懐からは万引き物の同人誌が入っていた。
「ちくしょーめが……」
事務所から飛び出し、持っていた変装グッズに手をつける。
髪を二つ結びに、更にメガネと帽子を装着。
「っし、いくか!」
鞄を漁り、はぐれた時用に使う火薬の塊を取り出して火をつけ、思い切り空に投げる。
投擲された火薬の塊はやがて遥か上空で大きな音を立てて弾け、花火のように散開した。
それを受けて、カルテット達からも合図が送られてくる。
合図の方法というのが随分と大胆だが……。
まず、カルテットが空に向けて電撃を放ち、その発電の際に出た光をメアが硬質化して、場所を伝えるというものだ。大胆だが、僕の方法と違って大した音も出ないので効果的なのだ。
「そこか……。あんまり移動してねーみたいだな」
硬質化した光の下へと駆ける。出すのは5秒だけと決めてあるので、早急な対処が必要になるのだ。
だが、5秒あれば十分。
「とう…………ちゃく!」
軽く受け身をとり、メアとカルテットのいる場所へ到着する。
「遅かったなー」
「まったく、心配させおって」
「悪い悪い。もうこんなことお前らにさせないからさ」
そう誓い、この話は終わらせることにした。
さて、問題の城山だ。あいつは今どうなっている。
彼のいる方向を見ると、変わらぬ行動。
「……相変わらず武具屋を巡ってるのか」
店員と会話、その後店を出るを繰り返す城山は先程と何も変わっていない。
「結局彼奴が何をしているかは未だに不明なのだ……。これはもう何も得られることはなさそうだが……どうする?」
「そーだねー、ぶっちゃけ面倒くさいし帰ろー」
「……よし、帰るか。悪いなメア」
「うむ、よかろう」
先ほどの一件で汽車は使えなくなってしまったので、僕が二人を担いで飛び去ろうとする。……が、結局跳躍することはなかった。
その理由は、背後から突然耳をつんざくような聞こえたからだ。
それはそれは大きな声で。
「い、今のってー……」
カルテットが困惑を露わにする。
その声の主は、僕たちの良く知る人物だからである。
そう、城山だ。
「これは面白くなりそうな予感!二人とも僕に続けー!」
「おい……ちょ、待てよ!」
一人で駆け出したカルテットをメアと二人で追いかける。
いくら神隠しがあっても接近しすぎるとまずいだろ!
カルテットを捕まえ、なんとか物陰に隠れてやり過ごす。
すると、店の中から城山が嬉しそうな表情で出てきた。
「あんな表情見たことねーけど……」
「うむ……。あんな嬉しそうな城山は初めてだ」
いつもの無表情でクールな雰囲気は見る影もなかった。子供のようにはしゃぎ回る姿は意外としかいいようがない。
「なんであんなに喜んでるんだ?」
「見なよー、なんか手に持ってるよー」
カルテットの言う通り、手に注目するとなるほど、確かに何か持っている。
「あれは……眼鏡?」
「眼鏡って……あいつまた新しい眼鏡買ったのか⁉︎」
「あやつの眼鏡愛は異常であるからな……。我たちにはわからぬ領域なのだろう」
「それにしてもあの喜びようは異常だぞ」
「むぅ……」
「あ、人とぶつかったー」
城山のいる方向へ向き直すと、面倒くさそうなガタイのいい男達数名に平謝りしていた。
予想はしていたが、やっぱりこうなったか。
……なんというか、今日は僕の仲間が良く絡まれる日だな。
「だから慰謝料寄越せってんだよ!こいつ、お前にぶつかられたせいで死んじまったじゃねぇか!慰謝料1000万寄越せや!」
「そ、そんな簡単に死ぬはずないじゃないですか!」
「うるせぇ!見ろよ、お前はこれが死んでねぇ風に見えんのかよ⁉︎死んでるだろ⁉︎」
……いや、明らかに生きてるだろ。普通に呼吸してるし。
「で、でも息してるじゃないですか……」
「あ⁉︎俺が死んでるっつったら死んでるんだよ!」
そんな無茶な……。
「ちなみによぉ、金が払えねーならてめぇの持ってるその眼鏡を渡すんでもいいんだぜ?」
「え?こ、これは……」
「……ああ、じれってえ!さっさと渡せってんだよ‼︎」
男は眼鏡になんのこだわりがあるかはわからないが、痺れを切らして殴りかかる。基本的に戦闘能力は低めの城山に三人の相手は荷が重いだろう。
応援にいくか。
能力を発動したままでは勢い余って相手を殺してしまうため、能力を解除して、ナイフを握りしめて加勢に向かう。
「待てえええええええええええええ‼︎」




