追跡
「無駄話してないでさー、ちゃんと尾けなよー」
「む……」
「それもそうだな。僕の話なんて史上最強レベルにどうでもいいだろうしな」
「テンション……」
伏し目がちにぼそりと不穏なことをつぶやく。
「あ?」と見下す様にメアを脅す……が、背丈がまだ元に戻っていないがために迫力の欠片もなかったようで、怯え半分何言ってんだこいつ馬鹿なの死ぬの?が半分と言ったところか。
「よし、本気で集中するか」
ここまでうるさくして気づかれないものかと気を揉んでいたが、幸いなことに気づかれていないようだ。
それもそのはず、僕たちは対マタドーラ戦の時に榊が着ていた、今はほとんど使い物にならない霊装・神隠しの切れ端を持っているのだ。
霊装・神隠しは装備した人間の気配を自由にオンオフ出来るようになる特装だ。
切れ端になってしまった以上、オンオフや完全に気配を消すことは不可能になってしまったがなんとかその性質は残すことが出来たようで、直接触れたり、間近で大声を出したりしない限りは安心なんだそうだ。
しかし、この服は金がかかっただろうに、こんな切れ端になってしまって至極残念だ。
そういえば、あの三人との戦いの後に服屋に寄った際、500万が云々聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
「あー、ターゲットが動きを見せたよー」
やる気のなさげな声に反応し、城山のいる方向を見る。
「……あいつなにしてんだ?」
武具屋に入っては少し物色し、やがてすぐに店を出る。
なにやら店員と話もしているようだ。その表情はなんだか暗く、浮かない。
「……それでは」
店の扉を開け、とぼとぼと次の店へ向かっている。何か探しているものでもあるのだろうか。
「この街の店はすべて周ってしまいましたね……。どれ、違う街にでも行ってみますか」
独り言多いなぁおい。
しかし、そのお陰で次の行動が把握できて助かるのだが。
その後も、城山の背中を追い続ける。
汽車のある駅へと足を進め、休むことなくずんずん突き進む。
しばらく歩くと汽車から出る汽笛の音が耳をつんざく。
この世界に電気で動く鉄道はない。
以前榊と話したが、この世界には技術があってもそれを作る人員が足りないのだ。
一両作るのみでもかなりの時間を有するのに、電線やそれを支える電柱などを作ろうとするなど、無謀に近い。
そんな風に脳内で無駄な知識をひけらかしていると、突然城山が走り出した。
よく考えると、先程の汽笛は出発の証だ。無駄なことをやっている暇はなかった。
「メア、カルテット!急ぐぞ……ってもういないじゃねーか!」
目を凝らすと、メアは既に汽車の中、カルテットは汽車の鉄分を使って電気で機体に張り付いていた。
もちろん二人とも無賃乗車だ。
「クソっ……!どうなっても知らねーぞ!」
僕も切符を買わずに、既に発車してしまった汽車を全力で追いかける。
もちろん追いつけないなんてことはない。
それどころか十分すぎるぐらいだ。
「あー、危なかった」
勢いあまって汽車ごと吹き飛ばしそうになるほどスピードを出しすぎてしまった。
一息つき、やがて二人と合流する。
「これ、バレたらやばいよねー」
開口一番の言葉がそれか。
「安心せい。我らには霊装・神隠しがある。あはは、雫さまさまであるな」
特に考える様子もなく、簡単に断定する。
「……ま、いいんじゃねーかなそれで」
考えることを放棄する。
「で、城山は?」
「あそこだよー。なんか読んでるねー」
座席に座らずに壁にもたれかかり、片手に本を持ちつつ余った片手でメガネをくいくいあげる姿は、どこからどうみても秀才なイケメンだった。
ただ、読んでる本のタイトルは、『妹は僕の性奴隷〜みみこの体も心もお兄たまのもの〜』という、欲望が垣間見える物のため、台無しになっているが。
厳格とした城山のイメージが音を立てて崩れ去る。
「ふむ……これはカルテットさんに渡すには少々刺激が強すぎますね……。ボツで」
その発言を聞いて安心した。やはり、城山は僕たちの集団の中で一、二を争うイケメンだった。
そして僕は、カルテットの方をジッと睨む。
カルテットはバツの悪そうにふい、とそっぽを向き、そのまま何も話さなくなってしまった。
「この野郎……」
ついつい手を出したくなるが、まだ情状酌量の余地があるので、カルテットに話しかける。
「あれはなんだ?」
「……いえ、その……」
目を見開き、真剣な面持ちで俯く。
「早く答えぬと、楓の気性の荒さならば窓から放り投げられてもおかしくないであろうな」
「はい!悠人以外の全員に断られたので悠人にエロ本を買ってきてもらっていました!チェックをするという条件付きで‼︎」
突然話し出す。
いや……そこまでしないっつーの。
しかし、誰にでも優しいあいつは、本当に紳士だな。
気は効くし、気配りはできるし、物腰も柔らかくて人と接する態度も良い。
将来はお嫁さんにでもなるつもりか?
「んで……。あれは誰の趣味だ?」
「もちろん僕だよー」
「……はぁ」
もはや溜息しか出ない。まぁ、分かりきっていたことではあるが。
「二人とも、城山が降りるぞ」
メアの声で城山に意識を戻し、こそこそと城山の足取りを追う……筈だった。
汽車から降りた瞬間、屈強な男に肩を掴まれ、引き止められた。
「よお、嬢ちゃん。早速だがここでボコられるか、警察を呼ばれるかどっちがいい?」
……やれやれだぜ。




