戦いの終焉
僕の高速と、奴の俊足。
お互いの攻撃を交わし、躱しの攻防が続く。
僕のナイフは僕の知る限りの物はなんでも両断できる。
それだけの強度があるということは、それだけ防御力もあるということだ。
あのナイフで切り刻む時唯一苦労した靴に仕込まれた金属。
その金属で騙し騙し戦っているが、それも時間の問題だろう。
奴の動きは素人だが、こちらも素人だ。
素人同士、能力者同士の戦い。
気を引き締めて。
殺そう。
「だっ‼︎」
まさけん
足は多用出来ない。
なるべく腕を使って攻撃する。
何度もパンチを繰り出す。
当たれば致命傷を与えられるんだ。
大振りより、細かく当てるように。
しかし、攻め続けるが、一向に当たらない。
「あはははは、どうしたの?全然当たんないね!」
「う、るさい!お前もだろ‼︎」
蹴りを放つ。
が、駄目。ナイフに阻まれて攻撃出来ない。
相手も負けじとナイフを振るが、避け、弾く。
「〜〜〜‼︎」
「ほらな」
この隙に蹴りを繰り出す。
アランも咄嗟に突きを繰り出し、激しい火花が散る。
ナイフを跳ね除け、間を取る。
「埒があかねーな」
「うーん。何がいけないんでしょうねぇ」
お前の存在がいけないんだよ。
さっさと召されろ。
「……そーだ」
奴の顔が酷く歪む。
……嫌な予感がする。
「いきますよ!」
今の間に何を考えたのか、いきなり突っ込んでくる。
馬鹿なのか?
僕も迎撃体勢を整え、戦いに戻る。
向こうから来てくれるのは都合がいい。
万全の状態で迎え撃つ。
アランはスピードを緩めることなく、尚も直進。
その速さは凄まじく、ほぼ見えていないが、直進してくることだけはわかる。
「っ‼︎」
こちらも駆け、一撃に狙いを澄ます。
「せい‼︎」
バッチリのタイミングで渾身の蹴りをお見舞い。しようとしたその時だった。
目の前から奴がいなくなる。
奴は僕の股の間を滑り込み、股間を触ってそのまま通り過ぎてしまった。
「ふぇ⁉︎な、何すんだ‼︎」
変な声を出してしまった。
「あはは、頂き」
って、何を……。
「まさか……!」
「いや、多分想像と違うと思うよ」
……パンツじゃないのか。
「僕が奪ったのは君の脳波だよ」
頭おかしいんじゃないのかこいつ。
「物じゃないのを盗もうとすると負担が大きい上に、すぐになくしちゃうからあんまりやりたくなかったんだけど……」
「どういうことだ。お前は何がしたいんだよ」
「わかんないかな。脳波を奪ったって事は、君の思考がまるわかりってことだよ。今もほら、僕のこと頭おかしいっておもってるでしょ?」
え……?
「え……?だって!あんまり頭良くなさそうだね」
「ぐ……うるさい‼︎」
なんてこった。
これじゃあどうしようもないじゃないか。
「それじゃあもう一回いくよ‼︎」
再度ナイフを構えて、僕に突進してくる。
僕がどこにどう攻撃しようと分かるから防御を気にする必要がないのだ。
「くっ‼︎」
動きを止めようと両腕を掴もうとする。
動きを止めれば、僕の脳波をなくすまで時間が稼げるだろう。
「ふーん。結構合理的な考え出来るんだね」
……駄目か。
ここは一度逃げて……。
「今僕を逃せば永遠に捕まえられないよ?」
いつの間にか僕のポケットからキューブを抜き出してやがる。
ここで仕留めるしかないのか。
「うん、そうだよ」
「お前は黙ってろ!」
がむしゃらに攻撃すればなんとかなるか?
「それでいいんじゃない?」
「言われるまでもねーよ‼︎」
何度奴に向かったかわからないが、何度も繰り返したこの行動を改めてする。
「うおおおおおおおおおお‼︎」
激しいラッシュを繰り出す。
「うんうん、まるわかりだよ。次は右、左、左、左、右、右、左、右。」
「くそっ‼︎」
喋りながら攻撃を避ける余裕まで出来てやがる。
「足元がお留守だよ‼︎」
隙を見て足払いをかけてくる。
「狼のように攻撃するヤムちゃんのようにはいかねーよ‼︎」
小さく飛び、周り蹴り。
「単純だね。それも読めてるって」
まずい‼︎
ナイフの一閃は僕の太ももを捉え、赤い血が流れ出す。
「あう……」
これは本当にまずい。
武器を盗られ、足がやられ、あまつは思考さえも読まれている。
こんな時はどうすれば……。
「…………いちかばちか……」
先程投げ捨てた銃を拾い、弾を一発だけ込める。
「……ん?なんでだろう。真意が読めないぞ。他のことは全部分かるのに」
わかってたまるか。
これは僕と”彼女”だけの問題だからな。
そして、喉元に銃口を当て、目を瞑り、発砲する。
相変わらずの乾いた音が鳴り響き、その音を最後に、耳が聞こえなくなり、目が見えなくなり、意識がなくなっていく。
手早く要件をすまさないとな。
「桜」
ブラックルーム。
ご主人様の姿は見当たらないが、この部屋は健在だったようだ。
「いないか?」
返事は返ってこない。
この部屋の時間と現実の時間は繋がっていないようだ。
画面に、止まった奴が見える。
その後もブラックルームの探索を続け、桜の姿を探す。
いない。
この狭い部屋にいないとなればどこに……。
「……なんだ?」
地面が急に光り出す。
眩しい。
次第に光は輝きを失い、桜の姿が見えてくる。
「桜‼︎」
本気で駆け出す。
再び会うことができたら、開口一番謝ろう。
そう決めてた。
仰向けに倒れている桜を抱き起こし、反応を確かめる。
「おい、大丈夫か?」
反応はない。
目を瞑ったまま、寝息も立てずに、静かに。
桜……。
ここで僕は、ふと一つの童話を思い出す。
寝ているお姫様に、王子様のキスで目覚める御伽噺。
「……っ‼︎」
生唾を呑む。
ここでそんな考えが出てきたってことは、やれってことか、
そうなのか?
なぁ?そうなのか?
ええい、どうせこいつは意識がないんだ。
出来ることは全部やってしまえ‼︎
覆い被さるような体勢に切り替え、顔を近づける。
近くで見る桜の顔は、僕と似ているようで全然似ていない。
僕の理想ってやつも少しは混ざってるのか?
そして唇を近づけ、やがて接吻を交わす。
「……………………」
誰も見ていないとはいえ、恥ずかしすぎる。
しかも何も起きねーじゃねーか。
「あー、くそ‼︎ハズレかよ‼︎」
恥ずかしまぎれに大声を出して叫ぶ。
その刹那、桜がゆっくりと起き上がり、目を開ける。
「さ、桜……」
「楓くん……どうせなら起きてるときにやってよね」
桜が目を覚ました。
白雪姫よ、ありがとう。
「いや……でもなんで」
「ふふふ、あたしもエネルギーが溜まるまで会話すら出来ないなーとか思ってたんだけどね、楓くんの今の行動で、あたしに楓くんのエネルギーちょっとあたしに入ったみたいなんだ。だからだよ」
「よ、よかったぁ」
「でも、同じ体とはいっても所詮は違う人のエネルギーだから、すぐになくなっちゃうよ」
「……そうか」
残念な知らせを聞いてしまった。
僕のを与え続けるって訳にはいかないのか。
「で?用があるからここに来たんでしょ?」
そうだそうだ。忘れてた。
「桜、今僕の体を乗っ取れるか?」
「乗っ取り?ふふふ、無理無理。まぁ、楓くんがここであたしを殺してくれるなら出来るけどね」
殺す……。
他の奴とは命の重みが違う。
出来ない。
「……なんでそんなこと聞いたの?」
「あ、ああ。それがな…………」
事情を説明する。
元の世界に戻ってきていること、アランのこと、思考を読まれていること。
「あ、あたしがいない間にそんなに話が進んでたなんて……まるでしばらく放置してた漫画の最新話を読んだら訳が分からなくなってたみたいだよ……」
的確だなおい。
「というわけで、僕の脳波が読まれているから、お前の思考なら読まれないと思ったんだけど……駄目だな」
ここに来る時の標準装備である、ナイフを腰から抜き、喉元に当てる。
「悪いな、こんなことばっか話して。絶対にどうにかエネルギーを集めて、お前を元に戻してやるから覚悟しろよ」
「……」
返事がない。
え?何か癪に触ることいったか?
「……ふふふ」
不敵な笑い。
これまた嫌な予感が……。
僕の腕を引っ張り、ナイフを握った拳を包み込み、自らの喉元を切り裂く。
「何やってんだお前‼︎」
「ふ、ふふ……ばーか♪」
桜の体が消え、空間が崩れ出す。
このパターンはまさか……。
「はっ‼︎」
意識を取り戻す。
先程と何も変わらない、アランを目の前にした戦いの場。
……隣に桜がいることを除けば。
「ふぅ、上手くいったね」
「上手くいったね。じゃねーよ馬鹿‼︎これでちょっと溜まってたエネルギーがパーじゃねーか‼︎」
「なんとかしてくれるんでしょ?それなら問題ない問題ない」
「というか変わってくれるだけで良かったんだけどな」
「だから無理だって言ったじゃん」
「いや、そうだけど……」
しかしこうなった以上仕方がない。
二人であいつを仕留めよう。
「う……」
って、完全に忘れてた。
メイルが目を覚ます。
「桜!あの女の方を頼む!僕はこっちを‼︎」
「え?それじゃあたしが出てきた意味……」
「一発殴ってすぐに帰ってきてくれたらいいんだよ‼︎」
「……りょーかい!」
メイルのいる方向へと駆け出す。
めちゃくちゃ早い。
他人からみたら僕もあんななのかな。
「誰?あの人」
「お前には関係ねーよ」
手に握られた拳銃の銃口をアランへと向ける。
「でもいいのかな?あの子の思考は取ってないのに。君の思考は相変わらず読まれたままなんだよ?」
「知るか」
アランへと向けられた銃口を下げ、そのまま僕の頭を殴打する。
「いっ……!」
とても痛い。
だがこれで……。
僕の頭の中で、銃は弾が出る鈍器と位置づけされた。
これで遠近両用の万能武器だ。
「えっ……と。何やってるかはわからないけど……。これでマシになりそうかい?」
「さぁな。ただ、今は出来ることをやるだけだっ‼︎」
これで決めてやる。
そんな決意を胸に、もういい加減飽き飽きしてきている、相手に駆け出す動作をする。
本当に何回目だこれ。
ちょっとしつこすぎるだろ。
それに応じて相手も僕に向かってくる。
「くっ‼︎」
めちゃくちゃ速い。
高速の足を失った分遠距離からの攻撃でカバーしようと思ったのだが……。
できるのかこれ?
いや、意地でもするんだ。
桜が帰ってくるまでは。
桜の方向をチラリと見る。
瞬間移動繰り返すメイルに、流石に苦戦しているようだ。
おっと、目を離している場合ではない。
ナイフを手に、斬りかかってくる。
先程と同じように、靴で、弾丸で弾くのが精一杯だ。
というか弾丸斬ってやがる。
なんとか隙を見つけないと……。
「あぐっ‼︎」
「頂き♪」
隙を突くどころか、こちらが隙を突かれ、腕が斬り落とされる。
やられた……!
いや、うろたえるな!
腕はまた元に戻せる。
今はやるべきことをするんだ‼︎
「う……おおおおおおおおおお‼︎」
周りが遅く見える。
これが事故った時に起こるというあれか。
痛みで思考が霞みながらも、必死に奴の手とナイフに照準を合わせ、素早く全弾発砲する。
一発目は奴の手を捉え、痛みでナイフを離したところで二発目がナイフを捉える。
他の数発は、惜しくも身体を掠る程度で終わってしまった。
「痛っ……‼︎」
苦痛に歪むアランの声。
効いてるようだ。
弾を撃ち尽くした銃はその辺に投げ捨て、空中に投げ出されたナイフを掴む。
おかえり、僕(※ゆうちゃん)のナイフ。
「そのめんどくせー服もボロ雑巾にでもしてやるよ‼︎」
以前、榊が透明になる服をボロボロにされていた。
あれ以上ボロボロにすると、多分能力を発動できなくなるだろう。
ということで、服を切り刻む。
完膚なきまでに。
「や、やめろ‼︎」
「うるせぇ!こっちはお前に腕落とされてんだ‼︎死ぬほど痛いんだぞ‼︎」
文字通り細切れにし、もはや能力を使えないレベルにする。
ざまぁみろ。
「ク、クソが……‼︎」
「クソはどっちなんだかな」
桜はどうなっているか。
と、上空から空を切る音が聞こえてきた。
なるほどな。
桜の考えを察し、僕も行動する。
アランの顔面に蹴りをいれ、その後、お得意のアッパーでナイフをめり込ませる。
「が……く、くそおおおおおおおおおおお‼︎」
そして、空からメイルが落下し、インパクトの瞬間に丁度アランの上へと落ちる。
「うるせぇ断末魔だなおい」
背をそむけ、その場所から離れる。
すぐ後に桜も落ちてくる。
……終わった。
僕のケジメはつけることができた。
「楓くん、終わったよ」
「あぁ……終わったな」
「うん……って、あは、もう駄目みたい」
桜の体が輝き出す。
「桜、今度現実に出てくる時は、絶対にちゃんとした体で出てこれるようにしてやるからな」
言いたいことを伝える。
「……今回ので大分エネルギー使ったからねぇ。また溜め直しだ。ま、待ってるよ。王子様」
「任せろお姫様」
完全に光に変わり、僕の体と同化する。
能力が発動。
斬られた腕は再生し、
決意を新たにし、来た時と変わらず一人で道を歩む。
風が心地良い。
長い髪が風に靡き、空を見上げると、爽やかな風に似つかわしい太陽が燦々と照らす。
そして、僕の前に止ま白と黒の車体に赤と青の光りがって……。
「通報があった。お前を現行犯逮捕する」
何をいっているかは分からないが、手錠を用意しているということは捕まるということだろう。
「やば‼︎」
逃げようとするが、そうもいかず。
太い腕に掴まれ、逃げられない。
「こら!逃げるな!」
あぁ、終わりだ……。
僕は三人を殺した犯罪者として裁かれる。
そして、僕の細かい事情なんかは何も伝わらず、死刑になるんだ……。
手錠をかけられ、パトカーで警察署へと連れて行かれる。
そして、有無を言わさず牢屋へぶち込まれる。
牢屋から見上げる空は嫌に綺麗だった。
「……どうしよ」
穴を開けてもいい。
だが、その場合は脱獄者として、一生お尋ね者に……。
ジャンプしようにも、迎撃用のレーザー的な奴があるらしく、逃げられない。
「……まぁなんとかなるだろ」
身を投げ出してごろんと寝そべり、目を瞑る。
目を瞑ると、色々な事が思い出される。
まずアスタと出会った。
僕の事を性的な目で見てた頃だったな。まだ。
次は榊。
アスタ様とか言って殺されかけたなそういや。
……あの時なんで絶鬼流使わなかったんだろうか。
その次は家決めたか。
三人で自己紹介して。
アスタが大穴開けて、街に行った時三兄弟と出会ったんだっけな。
まさか死ぬとは思ってなかった。
んで、次は桜か。
あいつの強さは異常だった。
でも、かけがえのない人だ。
んで、色々なことがあって今回の件か。
……もう戻れないんだろうな。
この世界で桜のエネルギーの充填方法を考えよう。
あの世界は夢だったんだ。
そう吹っ切れよう。
「……帰りたいな」
ポツリと漏らす。
本音だった。
「うわあああああ‼︎なんだこいつ‼︎」
外から聞こえる突然の叫び声。
銃声も耳に入ってくる。
なんだ……?
やがて発砲音は距離を縮め、次第になくなっていく。
銃声の代わりに聞こえてくる足音。
そして、僕の牢屋の前で止まる。
こいつは……。
「……おっさん」
初めて僕と会った時の、何かを説明する時と同じ、虚ろな生気を感じない目。ただ機械的にやるべきことをやるその姿。
間違いない。
牢をひん曲げ、僕の前に立ち尽くす。
「……こいよ」
おっさんを見上げ、催促する。
そして、おっさんの体が割れ、僕を呑み込む。
今度は死ねとは言わない、感謝の言葉を頭で唱える。
「う……ん」
意識を取り戻す。
目の前に広がるのは、魔法の世界。
能力を持った奴らが生活している、謎の世界。
一度見て聞いて体験したことだ。
「ここはまほうのせかい」
うん、知ってるよ。
「あなたはせんしとしてえらばれました」
それも知ってる。
「あなたののうりょくはしょうしょうとくしゅですががんばってください」
その特殊な能力のお陰で僕は今幸せだ。
「……おかえりなさい、楓さん」
「ただいま、世話になった」
「いえいえ、貴方にもう一度ここに戻ってくる意思があったから私が行けたんです。……まぁ完全に無意識なんですがね」
やっぱりか。
あの時のお前の姿、見せたやりたいよ。
「貴方がいない間に大会のこと、しっかりと対処しました。もう、私が選んだ人間以外は完全に参加できませんよ」
「ありがと、桜も報われるよ」
「では」
「じゃあな」
すっと消え去る。
ほとんど時間が経ってないのに懐かしいもんだ。
「さて……帰るか」
ボロボロになった服を身に纏い、歩みを進める。
何故か押収されていたナイフまで手元にあるが、気にしない。
いや、気にする気分ではない。
ドアをそっと開ける。
そこには、暖かく出迎えてくれる仲間がいる。
みんなの顔が一気に明るくなった。
僕もふっと笑い、最大級の笑顔でこう言う。
「……ただいま‼︎」




