永遠に
僕がこの世界に来てから丁度1ヶ月、この世界にも慣れて来た頃だ。
アスタや榊、エンドール三兄弟、ついでに桜といった個性的なメンバーにも囲まれて面倒臭いがそれなりに楽しい日々を送っている。
そして店の方は……。
「……客来ねぇなあ」
「うん、来ないな」
「来ませんね」
この世界に来て1ヶ月経ったが、まだ客らしい客は一人も来ていない。
唯一来た人間と言えばこの辺の岩山の天辺で何やらぶつぶつ言っていた少女を幽霊か何かと勘違いした榊がフルボッコにして、そのまま強制保護したぐらいだ。
確か闇がどうとか暗黒がどうとか言っていた様な。
しばらく桜が真似をしていたな。
再現率が半端じゃなかったのが記憶に残っている。
名前は……頭が痛くなる様な名前だった事だけは覚えて居る。
その様な形で来た一人以外誰もこの来ることはなかった。
ちなみに同盟を組んではいるがエンドール三兄弟は、急遽作った仕切りで一階を二分割し、ティフ達の店と僕達の店を区別している。
ちなみにティフ達の店はとても繁盛しているようだ。
「……なあ、楓」
大社長と書かれた机上札を榊に取り上げられてかわいいフォントでしゃちょおと書かれた机上札に変更された机を前に座っているアスタが僕に語りかける。
正直威厳も何もない。
「あいつら……同盟とか組まない方が良かったんじゃないか……?」
「言うな。それ以上は何も言うな」
明らかに判断ミスだった。
友達にはなっても良かったが同盟を組むとなると話は変わってくる。
食っていけるかいけないかの死活問題だからな。
「でも仕事少しお裾分けするか聞かれて断ったのはアスタさんじゃないですか!」
確かに断ってたな。
自分たちの仕事は自分たちで見つけるって。
「で、その結果がこれだ」
アスタは肩身が狭そうに縮こまっている。
ガタイのいい体も今なら小動物サイズにも見える。
実際は大きいままだがアスタが出すオーラというかそういうのがリス並みに小さく感じる。
「しかも共同生活を送るに当たって生活費はどうするか聞かれたときに俺たちに全て任せろなんて啖呵切ってさ」
「お金が無いのに無理して豪勢な料理作るもんですから昨日の夜でとうとうもやしを買うお金すらなくなってしまったんですよ?」
追い打ちをかける僕達。
そろそろ可哀想になってきた。
「ごめんなさいいいいいいいいそれも全部俺が悪いんですううううううう」
机にうずくまって泣きだしてしまった。
机の上のしゃちょおが哀愁を誘う。
「ごめんってアスタ、僕にも責任はあるんだから」
責任など微塵にも感じていないが適当なことを言ってアスタを宥める。
「うん……うん……!」
子供みたいに泣きじゃくるアスタを見て僕と榊はドン引きしているが、表情には出さない。
……影から桜が見ている。
馬鹿にされることは必須だろう。
もう既に「くふふ」と笑いを堪えるのに必死な様子だ。
決壊まで多分もうすぐだろう。
「あは、あははははは‼︎ごめんなさいいいいいい!それも全て俺が悪いんですうううううううう!だってー‼︎はははははは‼︎」
ほーら来た。
アスタは恥ずかしそうに顔を伏せて呻いている。
可哀想に。
その時だった。
扉が一人でに開いた。
一階の事務所には家の扉を開けたらもう二つ扉がある。
ティフ側の扉と僕達側の扉だ。
当たり前だが僕達側の扉が開いた。
「……?」
開いたはいいが何故か誰も入って来ない。
ティフのイタズラか何かかと思ったがどうにも様子がおかしい。
誰も入って来る様子もないので僕は扉を閉めに席を立つ。
一歩二歩と扉へ近づき、ドアノブへと手を伸ばす。
がっしりと掴んだところで後ろに何かの気配を感じた。
このいつの間にかいる感じ……。
客はまさか……。
「こんにちは、みなさん」
おっさんがいつの間にか立っていた。
「うおお‼︎いつかのおっさんじゃねえか!」
「なんでこんなところにいるんですか⁉︎」
やはりおっさんに呑まれてここに来るのは共通なのか。
「んで?今回はなんで来たんだよ」
こいつが突然現れることは承知済みなのでアスタや榊程は驚かない。
「はい。こんかいはあなたがたにあるもののさんかふさんかをといにきました」
相変わらず気味が悪い奴だ。
言葉に抑揚がなく、前みたいな感情も感じられない。
そう……まるで何かに喋らされているかのような……。
「かえでさん?」
「い、いや、なんでもない。続けてくれ」
つい考え混んでしまった。
「はい。ようけんはひとつです。すうにちごにとあるもよおしをかいさいしようとかんがえています」
「催し?なんでまたそんなことを」
「このせかいにきたはいいもののやっぱりもとのせかいにかえりたいというかたがおおぜいいましてね、それでこんかいかいさいするたいかいのしょうしゃたちをもとのせかいへかえすというこころみを」
この世界に来る原因はお前が呑み込むからだろ……。
「この世界に来る条件とかってあんのか?俺にはさっぱりだけどよ……」
僕にもさっぱりだ。
「このせかいにくるにはじょうけんがあります。あまりふかくははなしませんが、さいだいのりゆうはあなたがたじしんがちがうせかいにきてみたい、もとのせかいをとびだしたいとこころのおくそこでおもっていること、これがじょうけんです」
心の奥底で思っている……?
今は別にどうでもいいけどこの世界に来る前は非凡なんてごめんか平凡万歳の普通の高校生だったんだぞ?
それがこんなところに来たいだなんて思うはず……。
ふと視線をあげると桜が僕に向かって片目を閉じて横ピースをしていた。
「お前が原因か桜ああああああああ!」
「だってー!楓くんの考えてることってつまんないんだもん!だからずっと違う世界で刺激的なことを感じてみたい☆って思ってたらここにこれちゃったのさ♪」
「のさ♪じゃねーよ馬鹿!お前のその柔な考えで僕は何回死んだと思ってんだ⁉︎」
「そんなの誤差の範囲じゃん」
「死ぬことは誤差の範囲じゃねーよ!」
まったく……。
全ての元凶はこいつだったのか。
いや、こいつと……おっさんだな。
「どうですか?さんかしますか?しませんか?」
僕の心情も知らずに涼しい顔で話を進めていくおっさん。
いつかボコボコにしてやる。
「……んぁー、せっかくの誘いだが俺はやめとくわ。別にそこまで戻りたくないしな」
……まぁ確かにこいつはここでの生活を満喫してそうだしな。
「私も不参加の方向でお願いします。帰りたくないというわけではありませんが今は帰るわけにはいきませんので」
闇を抱えた異世界物の主人公みたいなことを言う奴だな。
「あっしらも不参加でお願いするっす」
いつの間にか此方に来ていた三兄弟も不参加のようだ。
……ほんとにいつの間に来たんだ?
「後は楓だけだ。どうするんだ?」
アスタの催促する声。
……まあ僕もこの世界の生活をなんだかんだ満喫しているし、今は帰らなくてもいいか。
「不参加だ」
「ついでにあたしも!」
「……お前の決定は僕の決定と同じ扱いになるんだから答える必要ないだろ」
「別にいいじゃなーい?こういうのって雰囲気でしょ♪」
「へー」
返事をするのが面倒臭くなり、適当な返事を返す。
桜はそれに不満なようだがそれも「はいはい」と適当にあしらう。
「そうですか。それではみなさまふさんかということで。たいかいのぜんじつにいちおうまたかくにんにくるのでこころがわりしたばあいはいつでもどうぞ」
「ああ」
短く返答をし、終わらせようとする。
……あ。
「おっさん!」
大声でおっさんを呼び止める。
「桜の件、ありがとな」
「全然構いませんよ、それでは」
この前会話した時のような感情が篭った口調に戻る。
このおっさんには何か秘密がある……。
何かが……。
「それではさようなら」
いつかのようにこれまたいつの間にか元からいなかったのような消え方をするおっさん。
よくわからん奴だ。
「それにしても意外だったっすよ、全員不参加って」
ティフの裏表のない驚きにアスタが答える。
「ま、みんなそれぞれ理由があるってこった」
正論だな。
「んじゃ、仕事に戻るぞ二人とも!」
アスタの号令と共に椅子に座る僕と榊。
……まあ仕事といっても別に何もないんですけどね。
「楓ー、ちょっと街までいこうよー」
仕事しようとしてるときになんて提案するんだこのクソガキは。
「ダメだ。一人でいってこい」
まあゆっくりしたいだけなんですけどね。
「なんか用があんのか?理由によっては行ってやらんこともない」
「え、いや……その……ね、いこうよ」
急に狼狽え始めるエロガキ。
「カルテット、またか」
……また?
なんだまたって。
マタドーラの言うことが分からない。
「そ、そんなことないってはは」
『また』が何かは知らないが目の泳ぎようを見る限りそうなのだろう。
「カル……お前はまだ子供だ。あれは大人の読む物っす」
……大体予想はついた。
奴はエロ本が欲しいのだろう。
僕なら見逃してもらえるとでも思ったのか?
甘いな。
もし僕と一緒に行こう物なら絶対にバラさないといいつつ夕飯中に大声でバラすぐらいのことはするぞ。
「ふふふ、カルくん、お姉さんといこっか」
何を考えてんだあいつは。
「‼︎」
お、食いついた。
「し、しかたないなーべつにさくらとでもいいよー」
桜がにまりと笑う。
良からぬことを考えているということだけは感じとれた。
「楓くんもいこうよぉ」
僕の腕に胸を押し付け、さらに腕を絡めてくる。
あーめんどくせ。
「か、楓がいくなら僕はいかないよー」
……何故どうして?
「最初に僕を誘ったのにどういう了見だおい」
「だって夕飯中に大声でバラすとかいってたー」
じまった。
声に出てしまっていたようだ。
「じゃ、楓くんとデートしてくるね♪」
「誤解招く言い方してんじゃねーよ‼︎」
そのまま桜に引きずられるかのようにして街にやむを得ずついていく羽目になった。
……街に用がある張本人がいないのに僕達は何をしにいくんだ?
「なぁ桜、もう帰っていいか?」
まだ街にもつかないうちにこんな考えが思い浮かぶようでは先が思いやられる。
「ふふふ、楓くんは美少女とデートするのが嫌だと?」
自分から美少女って言いやがったよ、
否定はしないけど。
正直に言うと桜は本物の美少女だ。
外見的にも、内面的にも。
外見は言わずもがな、内面には少し(?)問題があるが基本的に明るく、そして社交的だ。
しかし言うと調子に乗るので絶対に言わない。
絶対にだ。
しかし図らずとも僕の周りには美少女が二人もいる。
男の数の方が多いからハーレムでも何でもないが。
いつかアスタやエンドール三兄弟を始末してスレンダーな榊と超絶かわいい桜の肉体を思う存分堪能してその後二人の女体盛りを楽しむんだ。
「なんてこと考えてんだてめぇ‼︎」
危ない危ない。
というかこいつ進化してやがる。
前までは思考を読む程度だったのに今回は思考の乗っ取りまでしてきやがった。
「ふふふ、ごめんごめん。もうしないから許してー」
「嘘っぽいな……」
「思考なんて読めない方が楽しいし、もう本当にしないよ」
怪しいと疑いつつも信じることにする。
「んでんで、今からなにする?」
……こいつ考え無しで行動してたのか。
「まぁ……お前の好きなようにしろよ。せっかく街に来たんだからさ」
桜の目がぱあぁっと輝き、顔が緩み、「ふふっ」といつもと違った弾んだ声で笑う。
「なんだよ、普通に笑えるじゃねーか」
そういうと桜は恥ずかしそうに態度をいつものそれに戻す。
「ふ、ふふふ。楓くんはいつからそんなこというプレイボーイになったのかなぁ?」
いつもの口調で取り繕うが顔が真っ赤で呂律も回っておらず、ただの女の子にしか見えない。
良く考えるとただの女の子だけどそこは気にしないことにする。
「さ、さあ行くよ!まずは服屋さんから!」
僕の手をぐいっと引っ張り、自分の行きたい所に連れて行く桜。
手を触れられて不覚にもドキドキしている自分を隠しながら「はいはい」といつも通りの態度でいるふりをする。
気まずくも心地よい沈黙が僕達を誘う。
この時間が永遠に続けばいいのに。
そう思うほどに。
「ねぇ、次はどこいこっか」
あまり科学が発達していない、中世のようなこの街に遊ぶところなんてあまりなかったが、桜といるだけでそれなりに楽しい時間を過ごすことができた。
それはまるで恋人同士のように……。
いや、それはない。
結婚とかしなくても僕達は元々運命共同体なんだからお互いの意思の疎通は出来て当たり前なのだ。
しかし……。
いや、でも……。
だから……。
えっと……。
違う。
いや、でも……。
しかし……。
同じ言葉が頭の中をぐるぐると回る。
頭がもやもやして上手く言語化出来ない。
なんだこの気持ち。
今まで経験したことのないような胸の高揚感。
もしかすると本当にこれは……。
「どうしたのー?あ、もしかしてあたしといて興奮しちゃったとか?ふふふ、楓くんったらしょ・う・じ・き♡」
……無いな。
日はとうに落ちてしまい、だんだんと街に夕闇が迫ってくる。
街は依然賑やかなままで、この街はいつ来ても賑やかだな、と改めて思わせられる。
夜になったが、僕はまだ帰るわけにはいかない。
何故なら……。
「はいはーい、次にあたしに挑むのはどこのどいつですかー?ふふふ」
桜が自前のヘソクリで机と紙とペンを買い、アームレスリングで金稼ぎを始めたからだ。
最初のうちはみんながみんな無視していったが、デモンストレーションとしてぼくと桜で腕相撲をすると、桜の圧倒的な強さと純粋に戦いたいやつと桜に勝って僕を馬鹿にしようとするやつらが集まって来た。
勝負前に出す金は自由、ただしあまり低額だと周りからヤジが飛ぶので全員意地を張って高額を出す。
挑戦者が負けるとその金は没収、勝つと賭けた金の二倍が返ってくる。
相手が女の子ということもあり、小柄な男も誘われてやって来るが、事情を知っている僕側から見るとそれは無謀以外の何者でも無い。
筋骨隆々な男達をばったばったと倒すその背中はあの大きなアスタよりも大きく見えた。
……まああいつリスだしな。
「ふふふ、またあたしの勝ちだね♪」
またもや大きな男を倒し、「ふふん」と自慢気に鼻を鳴らす。
「ふふふ、まだやる人いる?」
目の前を見ると屍の様に倒れこんだ人間で溢れていた。
これ……どうすんだ?
「次は俺がやろう」
とても高い位置から声が飛んでくる。
二メートルはあるか……って。
「マタドーラじゃないか」
ティフの兄、マタドーラが立っていた。
「あまりにも遅いから気になって来た」
相変わらず大人しい口調の奴だ。
この兄からどうやったらあんなにお喋りな弟と性欲の塊の弟が出来るんだ?
「ほう、アームレスリングか」
マタドーラが興味深そうに此方を見ている。
まさか……。
「やらせてもらおう」
やっぱり……。
たんまりと札が詰め込まれた箱になんと札束。
それを力強く突っ込み、負ける気は無いという風な闘志が溢れている。
「ふふふ、面白い」
悪役のようなセリフを吐きながらマタドーラの手をしっかり握る。
合図はギャラリーから飛んでくる。
屍の様だった元挑戦者達も、熱気を感じたのか全員復活し、勝負を見届けようと必死だ。
そして僕が「レディー」と声をあげると、ギャラリーから「ゴー‼︎」と怒号があがる。
「「ぐ……ぐぐ……」
勝負開始の号令と共にマタドーラが劣勢になり、なんとか生き残っているといったギリギリの状態で持ち堪える。
「え〜?こんなもんなの〜?期待外れだなぁ」
そこでふっとマタドーラの顔に笑みが浮かぶ。
まさかこいつ……‼︎
「はぁっ‼︎」
なんとまあ無茶をする。
マタドーラの能力、手からビームを出す能力で手の甲からビームを噴射し、その勢いで桜の手をぐんと押し戻す。
「ん……んんんん!」
流石の桜も苦しそうにしている。
「か、楓くん!あ、あたしを殺して楓くんも死んで!」
「おい、それドーピングだろ」
同時に死ぬ。
つまりは僕と桜が同時に死ぬことによって発動する能力。
桜に大部分持って行かれてしまったが、同時に死ぬことによって元々の一人の人間に戻り、真の能力を発揮する。
例えるなら戦隊モノに出てくる一人一人に与えられているロボットでは弱いが、合体して戦う人型巨大ロボットになると本来の強さになる、こういうことだ。
「……まあ仕方ないか」
僕は腰に吊り下げた盗んだナイフを鞘から抜き、桜の喉元に当てる。
桜は手のひらをピンと貼り、喉元に突き刺そうとする。
「せーの」
二人同時に合図をし、同時にお互いの喉にそれぞれのものを突き刺す。
「これで本領発揮か」
マタドーラは勢いを緩めることなく隙ができている今の間に一気に畳み掛けようとする。
しかし。
「あー……くそ」
手が止まる。
「ぐっ……」
徐々にマタドーラの手を押し返す。
「腕相撲なんかの為になんでこんな目に……」
「ふふふ、いいじゃん」
頭の中で桜が話しかけて来る。
「お、お前達、タイムラグはどうした」
マタドーラがこの能力の唯一の欠点、死後のタイムラグのことを気にする様子で訴えかける。
「説明が欲しいか?」
「あ、あぁ……頼む」
僕はあまり力を入れていないが、マタドーラはもう限界一杯能力を発動しているようだ。
説明の間だけでも生かせておいてやるか。
「あのタイムラグは桜が奥にいたことによって出来ていたんだ。桜と話をしたりしている時とかのな。最初の方にタイムラグとしてあった五分も桜が僕に話しかけている時間だったんだそうだ。僕には全く聞こえてなかったけどな」
「なるほど、解説ありがとう」
ここでマタドーラが能力を解除し、負けを認めたようだ。
僕はテーブルを砕く程思いっきり力を入れて、圧倒的な力の差を見せつける。
「……よし!」
観客から歓声があがる。
その歓声はどんどんと発展し、やがて街全体を巻き込んだ祭りへと変わっていく。
「やれやれ」
僕が一息つくとマタドーラが近くに寄ってくる。
「完敗だ」
そう一言呟くと「先に帰っておくぞ」とさっさと一人で帰ってしまった。
なんで僕の周りには不思議キャラが多いんだ。
「楓くん楓くん、そろそろ外に出してよぉ」
「……そのセリフは危なく聞こえるからやめとけ」
そう突っ込むと僕は人気の無い路地へと入る。
そこで意識を桜へと集中し、ブラックルームへと入って行く。
「ふふふ、お疲れ様だね、楓くん」
「まったく、人前でよくあんなこと出来たな」
ついついやってしまったじゃないか。
「どうしても負けたくなかっんだ♪」
負けず嫌いめ、そう一言呟いてブラックルームをぐるぐる回ってみる。
「……ありがとね、楓くん」
「ん?なん……」
僕の唇に柔らかい感触が重なる。
そして桜の体重が僕へとかかって、そのまま床へと倒れこむ。
「誰もいないし、いいでしょ?」
桜の豊かな胸が僕の胸板に当たる。
「さ、さく……」
そこまで言いかけた所で桜が僕をぎゅっと抱きしめる。
「あのね、あたし、ずっとここにいたんだ」
その言葉にはっとする。
先ほどブラックルームを見渡してみたが驚くほど何もない。
そんな空間で自我を持ったまま一人でここにいた桜の気持ちはどんななのだろうか。
「それでね、あたし楓くんが外で詰まらなさそうにしているのを見てもったいないって思ったんだ。あたしが外に出ればもっと楽しく生きるのにって」
「桜……」
「そしたらこの魔法の世界へ楓くんが飛ばされたんだ。悪いとは思ったけどそれよりも嬉しかった。楓くんがどんどんと楽しそうになっていくのが。そこであたし思ったんだ。変わった楓くんと話がしたいって」
桜の声がだんだんと涙声へと変わっていく。
「それで出てきたんだ、そして楓くんはあたしのことを分かってくれた。みんなも一緒に居てくれた。幸せだなぁって」
涙声は続ける。
「けどある日気づいたんだ、あたしいつの間にか楓くんを目でずっと追ってるって。変わった楓くんはほんとに別人みたいでキラキラしてた。それにくらっときたんだろうね、楓くんを好きなんだってわかった」
僕を抱く桜の腕が更に強くなる。
「楓くん……好きです」
……僕でいいのか、本当に。
アスタの言った様に僕は性格が悪い。
自分でもわかってる。
その性格の悪さで桜を傷つけてしまうんじゃないか?
……いや、ここで断ったらそれこそ最低人間だ。
ややこしいことは物を言ってからかんがえる!
「……僕も好きだ、桜」
僕は桜をギュッと抱きしめる。
お互いがお互いを抱きしめ、幸せな時間に包まれる。
あぁ、これが幸せっていうんだな。
願わくばこの時間が永遠に続いて欲しかった。
そう、永遠に。




