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「ん……はぁ……」

 ノビと共に大きな欠伸を吐き出す。

 本日は晴天。

 雲ひとつ無い。

 家の中からはアスタ、榊、マタドーラ兄弟のがやがとした声が聞こえる。

 後でアスタのことティフに礼を言わないとな。

 ……あとずっと気にしないようにはしてたけど……。

「ふふふ♪」

 ……僕の背後から誰も居ないのに声が聞こえる。

 なんだこれは。

 死に過ぎて頭がおかしくなったのだろうか。

「ねぇ、あたしが誰だか知りたい?」

 ……この声何処かで……?

「楓さん、朝食ですよ」

 ぱたぱたと浴衣姿の榊が寄ってくる。

 間違ってもパジャマなんかは着ないだろうな。

「わかった、今行く」

「タイミング良く邪魔されちゃったね」

 無視無視。

「あはっ、冷たーい」

 ほんとになんなんだこいつは。

 ……ひとまず置いておくとしよう。

「誰ですか⁉︎」

 眼光を強くして榊が武器を構える。

 こいつもしかして俺の後ろに居るやつが分かるのか?

「分かる人にはわかるんだね」

 癖なのか、ふふふとまた笑みを浮かべ、その声は榊の方へと寄って行く。

「そりゃ‼︎」

 ……何が起きているかさっぱり分からないが榊が突然悶え始めた。

「ひゃ……ひゃひゃひゃひゃ‼︎だ、誰ですか……あははははははは‼︎やめて……くだ……ふひひひひひひひひひひ‼︎」

 体をくねくねとよじっているところをみると例の声にくすぐられているようだ。

 僕達に姿が確認出来ないだけで実体はあるのか?

 止める術も無いので暫く榊の悶え苦しむ姿を堪能していると榊が大声で「見ないれええええええええ‼︎」と叫ぶ。

 お前はエロゲのヒロインか。

 そこで満足したのかわからないがあの声が僕の後ろに戻ってくる。

「かわーいっ、ふふふ」

 嫌味がこもってそうな声で僕に話しかける。

 話しかけるな。

 何処かで聞いたようなバカみたいな口調と声。

 何故かその声に妙な安堵感を抱きながらも、あまりゆっくりしてる暇も無いので榊に手を貸し、立たせてから二人リビングへと向かう。

 その間も声は話しかけてくるが全てを無視する。

 その内容は僕が興味を持つ物が驚くほどあったが今反応してはただの危ない人なのでついつい乗ってしまいそうになるも聞こえない振りをし続ける。

「この世界って漫画みたいだよね♪わくわくするよ」

「わくわくはしないけど確かに何かの漫画の中に入り込んだとしか思え……」

 つい返事をしてしまった。

「楓さん?」

 榊が不審な目で此方を見る。

「い、いや……なんでもない……うん」

「そうですか?ならいいんですけど」

 頭にはてなを浮かべながらも納得したようだ。

 ……いや、こいつ納得してない。

 僕の方をちらちら見て警戒している。

 先程何者かにくすぐられたり僕が一人で話しているところを怪しく思ったらしい。

 同じ立場なら僕だってそう思う。

「二人ともー先食べてるよー」

 既に食卓に座ったエロガキ、マタドーラ、ティフ、アスタの四人がぱくぱくと朝食にがっついていた。

 たくさん作ったらしくキッチンにはたくさんの料理が積まれている。

「大したことねえな、ティフ・エンドール!」

「はっ、舐めないでもらえますかい⁉︎そっちこそスピードが落ちてますぜい!」

 ……料理の多さはこいつらが大食い勝負をしているからか。

 ふと昨日ティフ達が配置してくれた冷蔵庫の中身を見ると一昨日街であれだけ買い足した食材が全て使い切られていた。

 うちには金がないんだぞ?

「あのなぁお前ら……」

「かええあふひをははむは!」

 なんと言ってるは大体想像はつく。

 楓は口を挟むな、だ。

 二人同時発言し、同時に此方を振り向く。

 まずお前らは口の中の物を飲み込め。

「馬鹿だなー」

 エロガキが馬鹿にしたように言う。

 一見高みの見物を決め込んでる様に見える、本人も高みの見物気分で居るようだが心の奥底では負けたくないらしくアスタとティフに次ぐスピードで食べ物を口の中に放り込んでいる。

「もっと味わって食べろよ……」

 そうツッコムとそれに便乗して榊も声をあげる。

「そうですよ!作った方に失礼ですよ!」

 流石外面だけは大和撫子。

 内面は一度熱中すれば恋は盲目を更に酷くした終末思想娘。

 怒ってる時とそうでない時の差が激しすぎる癇癪娘。

「そ、そうだな」

 そう考えると生返事しか出来なかった。

「料理はな、質より量なんだぜ!」

 再度此方を振り向いたアスタが僕にグッジョブを送る。

 そんなもん送らないでくださーい。

 はぁ、と大きな溜息を吐き、下を向く。

 そして正面を向き直すとアスタに加えてティフとエロガキがグッジョブを僕に向けていた。

 お前達は何を伝えたいんだ?

「みんな元気だねー♡」

 そして介入してくる声。

 お前がいると余計ややこしくなるからやめてくれ。

 そして視界をマタドーラの方へと向けると一人ティーカップで紅茶を啜っていた。

 見たところ驚くほど少食らしく、小さな食器に少しの料理しか盛られていない。

「俺は構わない」

 あ、これを作ったのこいつなのか。

「それならいいけどさ……」

「良くないです!本人が良くても食材がかわいそうです!」

 なんだか料理漫画に出てきそうな自然を大切にする野生キャラのような事を言う奴だな。

「楓もこいよ……あ、まさか負けるのが怖いのか?だからさっきから理屈ばっかこねてるのか?」

 ここで僕の胸に火がついた。

「上等じゃねーか‼︎そのやっすい挑発に乗ってやるよ‼︎」

 乱暴に椅子に座って大きな皿に山のように料理を盛り付ける。

「はぁ……子供なんですから」

 年下に言われたくは無かったがじっさいそうなので何も言わなかった。



「……もう……ダメだ」

 椅子から転げ落ちる。

「ははっ、口程にもないな!」

 アスタのムカつく顔と声が僕の平常心を奪うが、腹がつかえて動けない。

「おかしい……前はもっといけたのに……!」

 負け惜しみを言っていることはわかっているが言わずにはいられかった。

「そりゃそうですよ。あなたは今女性の姿なんですから。胃袋も小さくなってるんですよ」

 ……盲点だった。

「男の姿で出直してくるっすよ!」

 あーむかつく。

 明日までに死んでやる。



 しばらく経つと流石にアスタもティフも満足したらしく、満面の笑みで腹を抱えている。

「はー、満足したぜ」

「こんなに人と張り合ったのは初めてっす」

 結構時間が経ったので僕も回復しており、食器の片付けを榊、マタドーラ、僕でやっている。

 ちなみにエロガキは僕のすぐ後にギブアップし、まだ地面に寝転がっている。

 相変わらずペラペラと話しかけてくる声だが、あの二人の抗争を見ていると存在感が薄れてきた。

 つまりどうでも良くなってきた。

 何か知ってそうな雰囲気だがもう僕の頭の中ではモブキャラになってしまってる。

 やがて洗い物も片し終わり、それぞれ自由時間に突入する。

「ティフ、来てくれ」

 冷蔵庫と同じくティフ達に配置してもらったソファにゴロゴロと転がっているティフ本人を呼び出す。

「ん?なんすかい?」

 ご機嫌に鼻歌を歌いながら一階の事務所まで歩いてくる。

 やがて家の扉を開いて外に出る。

「昨日のこと、ありがとな」

 ティフは「ああ」と合点がいったように手をぽんっと叩いた。

「全然構いませんよっと、あっし自体気づいたのは結構後になってからですしね」

 なぜ気づいたんだろうか。

 理由を尋ねる。

「なんで気づけたんだ?」

 ふふんと得意そうに鼻息をならしてウィンクをし、人差し指を天に向け、ふりふりと振る。

「失礼ながら楓君とアスタっちの会話が耳に入ってきたんすよ。街に行くと行っていましたがこんなタイミングで行くはずないっすからね」

 なるほど。

 僕や榊では気づけない筈だ。

 他の人間だから気づけることもあるということか。

「ま、それはそうとして今度はこっちの話、いいっすか?」

 相も変わらずニコニコとしているがその瞳の奥からは真剣な眼差しが感じられる。

 感情を読みにくいやつだな。

「あっし達で同盟を組みませんかい?」

 ……同盟?

「どういう意味でだ?」

「商売仲間、情報の交換、人員の貸しあい、そして他の人間から身を守る、背中を預け合う仲間、ってところっすよ。聞くところアスタっちの発案で便利屋やることになってるようっすね。同じ便利屋として仲間になってもらえると凄く嬉しいんすよ」

 なるほど。

 なかなか合点もいく。

 こいつらが仲間になってくれれば僕としても心強いし何より賑やかになる。

「……いいけどなんでそんな事を思ったんだ?」

「簡単っすよ、あのキャンペーンという名目のテストで驚異的な強さを誇っていた人たちとバディを組めるならありがたいと思った、それだけっすよ」

 キャンペーンという名目のテスト……ってまさか……!

「図ったなてめえ!」

「はっはー、何のことっすかねぇ!」

 下手くそな口笛を吹き、誤魔化す振りをしてやがる。

「くそ、まあいいよ。これから俺たちは同盟……いや、仲間だ」

「そんな堅苦しくならんでくださいよ、あっし達はもう友達っすよ」

 友達か……。

 聞いただけで楽しくなる言葉だ。

 僕たちはがっしりと握手を交わす。

「あとあっし達は明日から隣に引っ越すんでよろしく」

 ……うん?

 よく聞こえなかったが引っ越すがどうのこうの言っていた気がする。



 そして次の日朝起きると隣にこの前見た便利屋の店が隣に聳えていた。

 ……舞台が無いのが幸いだな。







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