おっさん、そしてアスタ
「本当にすまんって」
「流石の私も悪いと思いますよ」
僕たちは昨日の夜遅くまで街を散策していた。
しかしアスタの存在をうっかり失念しており、家にも食材が何もなかった為に半分餓死しそうになっていたのだ。
「どーせ俺は服に負けるぐらい影の薄いカス人間だよ」
いい年した男がこんな風にヘソを曲げている所を見ると本気で殺意が沸くな。
「はい、あなたは影が薄いです。そのまま私と楓さんの脳内から忘れ去られてしまえばいいのに」
「お前本当にアスタに悪いと思ってんのか⁉︎」
言い過ぎだろ流石に。
「…………へへへ……」
「ほらぁ‼︎もう変な笑いしか出なくなってるじゃねーか‼︎こいつの顔見てみろ‼︎顔真っ赤にして目に涙が滲んでるだろ‼︎」
流石の榊も反省したらしく、しおらしくアスタに謝る。
「すみません……少し調子に乗りすぎました……。許してくださいませんか?アスタ兄さん♡」
こいつ年上への媚び方を知ってやがる。
「お……おほ……い、いや!絶対に許さねえ!」
おい一瞬落ちかけたぞ。
こいつの決心の固さは豆腐より脆いのか?
「と、とにかく絶対に許さないからな!絶対にだ!」
さっきから同じことしか言っていない。
結局話が進まないのでしばらく放置することになった。
……遠くからチラチラこっちを見て来るのがなんとも……。
「こーんにちはっす」
昨夜死闘を繰り広げたチャラい男、ティフ=エンドールの声が聞こえる。
「ああ来てくれたか」
「はい、そりゃ依頼ですんでね」
後ろからはビーム男とエロガキが着いて来ていた。
「あ、そういえば紹介がまだでしたっす。あっしのことはわかりますよね?」
「まあそりゃな」
「こちらのでかい人はマタドーラ=エンドール。あっしの兄でさぁ。お次にこっちのチビはカルテット=エンドール。弟でさ」
こいつら兄弟だったのか。
まあ兄さんとか言ってたしな……。
「じゃあ一応こっちもしとくか。僕は佐倉楓」
「私は榊雫と申します」
「楓君に雫ちゃんね、よろしく」
榊はまた涙を流している。
そろそろ慣れてもいい頃だと思うけど。
「……ん?後ろにも何人かいるようだけど」
「あぁ、後ろの人たちはうちで雇ってる従業員たちでさぁ」
あんなに仲間がいるのか……。
羨ましい。
そして妬ましい。
「後ろの人たちにも紹介しておくよ。佐倉楓だ」
「榊雫と申します」
後ろに一人いるが今は放っておこう。
「はいはい楓君と雫ちゃんっすね、よろしくー」
榊はまた滝のような涙を流している。
二回目なんだからそろそろ慣れてくれよ。
「あり?まだ後ろに一人いるみたいだけど?」
先程からちらちらとこちらを見ているゴリラの存在に気づいたのだろう。
正確には気づいてはいたが構って欲しいというオーラが滲み出ていてどうしたらいいかわからず困っていたが話を振ると決心してくれたのだろう。
ティフの少し目線を逸らした何とも言えない表情を見れば分かる。
「あ……アスタ=バルガスです。よろしくお願いします……はは」
こいつさっきまで許さないからな!とか大声で言ってなかったか?
なんでまた拗ねたような声を出しているんだ?
「う、うん……よろしくっすね」
テンションが常に高めで誰にでも話しかけていけそうなティフでさえアスタと会話することを憚ってる。
あいつは何者なんだ。
何というか一言で言うと……。
うざい。
うざいなどという馬鹿な中学生が連発していそうな言葉に頼るなんてことはしたくなかったがそれでも今のアスタを表す言葉としては最適であった。
しかし今はそんなことは頭の隅に追いやって仕事の話をする。
「何日くらいで出来そうだ?」
そこが重要だな。
「ふふふ、あっしらのこと舐めてませんかい?今日中に終わらせてみせるっすよ」
なんとも頼もしい。
「それじゃあ早速頼む!」
それから家のある場所へと案内する。
そしてその家を見たティフから返って来た言葉は……。
「……二日下さい」
であった。
他の仕事もあるであろうティフ達に申し訳ないので僕たち二人も仕事を手伝う。
といっても簡単な邪魔にならない程度の手伝いで、無理に介入すれば逆に時間がかかりそうなのでその程度に収めておいた。
ちなみにアスタはまだいじけている。
「内装はどんな感じがお好みー?」
エロガキのやる気が微塵も感じられない声が洞窟内に響く。
「うーん……まあ外はそのままで中は普通の家っぽくしてくれ。ちなみに一階は事務所、二階はリビング、三階は個人の部屋にするつもりだ……個人ってあいつ含めた三人な」
アスタのことを忘れてそうだったので強く念を押す。
「……分かってるよー」
あまりアスタには触れたくないらしく気まずそうな声が返ってくる。
気持ちはわかるぞ。
そこから作業は着々と進んでいった。
アスタが開けた穴も綺麗に違和感なく塞がり、内装もここは本当に岩の中なのかというくらい綺麗になっている。
壁を叩いて見るとこんこんと明らかに岩ではない音が鳴る。
どうやら壁の表面になにかしてくれたらしい。
部屋も綺麗に三分割されており、それぞれ全員の部屋が同じ広さに均等に分かれてある。
「おお……正直一日でここまで出来るとはおもってなかった」
感嘆の声が漏れる。
「俺も驚いている」
本当に驚いてるのか?
その表面からは何の感情も読み取れない。
あんなチャラい弟がいるのによくこんなに堅く育てたな。
「他に何かやることはあるんですか?」
榊が小首を傾げて疑問をぶつける。
「そーだなぁ……後は細かいところだけだね」
「天井、見てごらんよー」
エロガキの言われるがまま上を見上げるとまだ天井が凸凹だらけだった。
「他にもまだちょこっと気になる点とかもあるからね」
こいつらのプロ魂には敵わない。
僕は心の中で敬礼をした。
お勤めご苦労様であります‼︎
「……そういえば、アスタ=バルガスはどこにいる」
マタドーラがアスタを気にかける。
そういえば先程からずっとアスタの存在を見ない。
すこし前のことを思い出す。
「よっこらせっと」
「どこにいくんだ?」
「ちょっと街へ……」
「……」
こんな会話を交わしてからアスタの姿を見ない。
街に行くとか言ってたな。
どうせキャバクラにでも行ったんだろう。
「あとさー悪いんだけどさー」
エロガキが少しも悪びれた様子もなく言う。
「今日は泊めてもらえないかなー?もう遅いしー」
……まあ家作ってもらってるしいいかな。
「いいよ、泊まってけよ」
するとエロガキの顔がぱあっと輝く。
こいつは多分榊の風呂上がりとかそういうのを想像してるんだろうな。顔でわかる。
「ありがとっす楓君」
「いやいやなんのなんの」
するとティフが耳元でこんなことを囁く。
「……水と何か食べる物を持って南に進んでご覧」
「……?」
何を意味するのかは分からないがとりあえずおにぎりと水を持っていこう。
こんな南に何があるのか。
ティフが何の事を指しているのか全く見当つかず、ただただ南に向かって歩いていく。
ここでふと元居た世界を思い出す。
家族はどうなっているのか。
学校はどうなっているのか。
世間はどうなっているのか。
そして”あいつ”はどうなっているのか。
……あいつはまだあんなことを繰り返しているのかな……。
「姉さん……」
ポツリと呟く。
「姉さんがどうかしましたか」
どこかで聞いたことのあるような平坦な声。
それが自分の背後から聞こえる。
「なっ……‼︎」
間違いない。
おっさんだ。
「お久しぶりです」
「久しぶりってまだこの世界に来てから全然経ってないぞ」
「そうですか?」
「そうですよ」
おっさんの口調を真似て返す。
「この世界には慣れましたか?」
「お前はなんというかユーモアに欠けた奴だな」
前に話したときとは違う、平坦だが感情の篭った喋りを繰り広げるおっさん。丁度話し相手が欲しかったところだった。
「ついてこいよ、歩きながら話そうぜ」
するとおっさんは無表情ながらも真剣な顔をしてこう言い放つ。
「忘れないで下さいさくらさん」
「は?」
あまりにも急に、感情の篭った声が飛んできたのでつい間の抜けた声が出る。
「……いずれ意味はわかります。それでは」
すると音も立てずにおっさんが消えてしまう。
まるで元からそこにいなかったかのように。
……あいつは一体何者なんだ……?
アスタとは違うニュアンスのその言葉が脳内を駆け巡る。
おっさんとの会話のせいで時間を食ってしまった。
そう思っていたが時計を見ると長針が一メモリも進んでなかった。
まるで時が止まっていたかのようだ。
それでも体感した時間は結構長いこと経っていたので自然と足が早まる。
気がついた時には小走りになっている程焦っているのが自分でも驚きだ。
すると遠くで何かをやっている一団を見つけた。
ティフの言っていたのはあれか?
一人を中心に飛んだり跳ねたりしている。
やがてその人数は減って行き、ついに最後の一人が跳ねた後地面に伏したまま起き上がらなくなる。
するとまた何人もの人間が現れ、同じことを繰り返す。
まるで漫画でよくある一人VS大勢みたいになってるじゃないか。
しかし暗がりでよく見えない。
もっと接近してみよう。
……そこで僕は愕然とした。
あいつは何をやっているんだ?
相手はこの前榊が倒した盗賊だ。
なので奴らは何か悪いことをしているのだろう。
そしてその盗賊の相手をしているのは……。
アスタだった。
「ああああああああああ‼︎」
大きな声をあげて敵を迎撃するアスタ。あいつは何故あんなことを。
理由がわからない。
丁度近くに弱そうな奴がいたので僕のいる岩陰に拉致する。
「むぐ⁉︎」
口を抑え込み、ドスを効かせた声で言い聞かせる。
「いいか?大声を出したらぶっ殺すからな」
盗賊は泣きそうな顔でこくこくと震えているのか頷いているのかわからないくらい首を上下した。
「あいつは……なにをしているんだ?」
抑えていた口を開放してやり、答えを聞く。
「お、俺たちの仲間が昨日ある女にやられたんだ。そしてボスが帰って来てお礼参りするとか言ってその女がいる家を攻め込もうって話になったんだ。それで攻め込む直前ぐらいであの男が現れて『あいつらの邪魔はさせない』とかなんとか言って……ってお前はその女の……‼︎」
「はーいご苦労さーん」
盗賊の腹を殴って気絶させる。
「……アスタ‼︎」
ふらふらになりながら戦うアスタに超えをかける。
「楓……か」
自分も戦いに加わり、アスタを助太刀する。
「お前はとりあえず休め‼︎昼からずっと戦ってんだろ⁉︎」
「はは……悪い……なぁ」
息が切れ切れになりながらも律儀に返事を返してくる。
「なんで……こんなことを‼︎」
僕たちはお前を忘れていて。
強く当たって。
ずっと放置していたのに。
「決まってる……じゃないか」
はぁはぁと息を荒くしながらもまだ戦い続けるアスタはこういった。
「仲間だからじゃないか」
にこっと微笑んで余力を振り絞って戦っているアスタを見ているととても申し訳ない気持ちになると同時に感謝で胸が熱くなる。
「アスタ……ありがとう」
アスタが笑いながら疲れで崩れ落ちると同時に短く礼を言い、迫り来る盗賊達をにばったばったとなぎ倒す。
「て、てめえがなんでこんなところに……!」
この前見た盗賊のボスだ。
力いっぱい吹っ飛ばしてやろう。
「うちのアスタをこんなことにしてくれやがって……!」
怒りで力が増幅してるような気さえする。
「吹っ飛べええええええええ‼︎」
空に届くかというくらいの高さまでボスを飛ばす。
帰ってきたところを榊と同じ要領で地面に叩きつけてやる。
そう思っていたが10分たっても20分たっても落ちてこないところをみると本当に彼は空まで届いたのだろう。
そして二重の意味で星になったんだろうな。
「……立てるか?」
アスタに手を差し伸べる。
「あぁ、大丈夫さ」
手を固く握り、アスタを立たせる。
「その……悪かった。悪乗りしてたよ」
「全然構わねーよ。さっきも言ってけど俺たちは……」
?
「俺たち二人は仲間なんだからな!」
榊……。
「……はぁ」
僕が溜息を吐くとアスタはははは、と笑って僕にじゃれつく。
「お前本当に疲れてんのか⁉︎」
「うるせーよ‼︎ははははは‼︎」
お互いがお互いに体重をかけあってさっきとは違う意味でふらふらになりながら帰路につく。
……アスタの肘が悪意を持ちながらふよふよと胸に当たっていたが今日ぐらいは我慢してやるか。




