第十三話 箱庭を覗む|〈宛影〉
この手記をまとめてから、十年近くが経過した。
かつての僕と今の僕は、同じ肉体だが、もはや別の人間になっているような感覚がある。
ようやく、父を想い、振り返れる。父は、れっきとした『父』だった。
父は、母の最大の被害者だった。母に支配され逃げきれず、若くして長く寝たきりの生活となった。逃亡は失敗し、最後は完全に枷を付けられたのだ。
だが、父は法的に『逃げる』ことができたはずだ。
父は、呂律の回らない口で、「全てを捨てろ。父も捨てろ。」と言ってきた。その時に、父は息子を捨てきれなかったのだと分かった。
我が家の夫婦喧嘩は、父の単なる反抗ではなかった。子を守ろうとする『優しさ』だったのだと思う。
僕が父に感謝を伝えられたのは、亡くなる直前だった。保健所からの連絡を受け、感謝と後悔の中で、僕はひとり、父を看取った。
僕が逃げた後から、兄が父と僕に代わり母のそばに居る。兄は、圧倒的な抑圧の中で自由を奪われ、家を出たはずだった。
有名企業に勤め、結婚し、二人の子に恵まれたが、社内不倫が明るみに出た。解雇は免れたが、窓際に机を移され、家族を失った。
理路整然としていた兄の姿は、今では虚勢のクレーマーのようだ。母の唯一の理解者で居ることが、兄にとっての拠り所なのかも知れない。
母が来なかった祖母の葬式で、最後に会話した。
「あれでも親だ。仕方ない。」
兄は『分かって』いる。だが、親子の呪縛からは、まだ抜け出せていないのだろう。
祖母の葬式に来たのは、昔からの友人が一人と、母の妹夫婦だけだった。
母の妹の夫、つまり叔父は、素人の僕にも分かるほど記憶力が落ちていた。その場にいた従妹には、早く病院へ連れていくよう伝えた。
先日、伝え聞いた。従妹は、自分の両親を離婚させ、叔父の介護を避けたらしい。
叔父は間もなく亡くなった。その半年後に、母の妹も亡くなった。理由は聞かされていない。従妹は、行方不明なのだそうだ。
母を残して、母方の血縁は、もう誰もいなくなった。
僕は、これまでの半生で、多くの人に助けられ、同時に傷つけもした。善意を反故にした事実は消えない。謝辞は胸中に置いておこう。それが、いまの僕にできる節度だ。
僕は、今でも自分の行動の是非が分からない。もしかすると、箱庭の中で疑問を持たずにいれば、それを『安全』だと思い込めたのかも知れない。
だが、その安全地帯の内側に居ると、その『安全』が外の人により支えられていることに気づけない。だから、誰かの笑顔が誰かの痛みの上にあることにすら鈍感になる。
安全地帯に留まる人たちに願う。どうか言わないでほしい。
「どんな親でも、親は親」と。
その安易な言葉は、僕たちの心を殺すから。
箱庭を出た僕らは、外の世界を観察する側になる。知らずにいれば幸せだったことを、知ってしまう。それでも、箱庭の外に出ることが、負の輪廻を断ち切る唯一の方法だったと思う。
生前の父の言葉が脳裏に浮かぶ。
「嫌なことでもできることは何でもやっとけ。歳を取るとやりたくてもできなくなるから。」
言葉の真意は定かではないが、母に支配された半生とそれからの半生は、間違いなどではなく、これはこれで良い人生なのだと肯定される気がする。
さて、もう語り残すことも無くなった。
とりあえず、あのラーメンでも食べにいこうと思う。




