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銀貨一枚で捨てられた私、冷徹な王弟殿下に拾われる。〜一年前助けた騎士様は、私を一生離さないつもりのようです〜  作者: 白昼夢


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「拾われたのは、どちらだったのか」ジークフリート視点




 ――最初は、ただの“利用価値”だった。


 血の匂いに満ちた夜だった。

 視界は霞み、身体はすでに限界を超えていた。


(ここまでか)


 そう思った時、足音がした。


 軽い。訓練された兵ではない。

 警戒する価値すらない――はずだった。


 だが。


『……だめ、死なせない……!』


 その声に、わずかに意識が引き戻される。


 女だった。

 粗末な衣服、泥に汚れた手。

 どこにでもいる、取るに足らない村娘。


 本来なら、ここで終わりだった。


 だが彼女は――


 迷わなかった。


 血に濡れた男に触れ、躊躇なく抱え、運び、看病した。


 見返りも、恐怖もなく。


 ただ、必死に。


(愚かだ)


 最初の感想はそれだけだった。


 だが、七日。


 彼女は一度も手を抜かなかった。


 食事は明らかに不足している。

 自分の分を削ってこちらに回しているのは明白だった。


 薬草の処置も的確すぎる。


 ――そして。


(……これは)


 彼女が触れるたび、わずかに傷の治りが早まる。


 魔力ではない。

 だが確かに、何かが作用している。


(無自覚か)


 興味が湧いた。


 ただの善人ではない。

 ただの愚か者でもない。


 “壊れ方が異常”だった。


 ――七日目。


 私は目を覚ました。


『……君が、ずっと私を?』


 問いかけると、彼女は泣いた。


 安堵で。


 ――理解できなかった。


(なぜ、そこまで他人に尽くせる)


 この時点で、予定は変わった。


 本来なら、礼をして去るだけだった。


 だが。


(もう少し、観察する価値がある)


 私は回復を“隠した”。


 動けるにも関わらず、あえて弱ったままでいた。


 彼女は気づかない。


 ただ、同じように尽くし続ける。


 見返りもなく。


 期待もなく。


 ――ただ、当然のように。


 それが、気に入らなかった。


 そして同時に。


 目が離せなくなった。


 やがて、副官が私を見つけた。


 戻るべき時が来た。


 本来なら、このまま去る。


 だが私は、彼女にペンダントを渡した。


『行き場を失うことがあれば、これを持って来い』


 その言葉は、“保険”のはずだった。


 だが――


(なぜだ)


 背を向けた瞬間、理解した。


 これはただの興味ではない。


 私は、まだ。


 彼女のそばに居たいと思っている。


 ――理由は、分からなかった。


 だから私は、“影”を残した。


 監視のため。


 観察のため。


 そして。


 ――失わないために。





----------



 報告は、淡々と届いた。


 村娘ソフィア。


 生活は困窮。

 それでも仕送りを続ける。


 対象:カイル・バートン。


(……愚かだ)


 何度目かの感想。


 だが、報告を読む手は止まらない。


 彼女は削っている。


 食事も、衣服も、未来も。


 すべてを。


 一人の男のために。


 ――理解できない。


 だが、目を離せない。


「殿下、処理なさいますか」


 影が問う。


 カイルを消すことなど容易い。


 だが。


「不要だ」


 即答だった。


「……よろしいのですか」


「問題ない」


 本当は違う。


 問題は、ある。


 だが――


(まだだ)


 彼女は、あの男を信じている。


 その状態で奪っても意味がない。


 それは“救い”ではなく、置き換えに過ぎない。


 だから、待つ。


 彼女自身が、それを捨てるまで。


 ――報告は続く。


 カイルの虚偽。

 功績の捏造。

 そして、裏切り。


 すべて把握した。


 排除は、いつでもできる。


 だが。


(……まだだ)


 繰り返す。


 自分に言い聞かせるように。


 そして――


 あの日が来た。


 王都。


 騎士団詰所。


 影からの報告。


『対象、接触』


 視界が狭まる。


『カイル・バートン、対象を拒絶』


 ……遅い。


 もっと早く行くべきだったか。


 だが。


『銀貨を投げ与えました』


 その一言で、思考が止まる。


 ――銀貨。


 あの女の三年間を。


 その程度の価値だと?


 次の瞬間、私は立ち上がっていた。


 思考より先に身体が動く。


(……違う)


 怒りではない。


 これは。


(排除だ)


 不要物の処理。


 それだけだ。


 詰所へ向かう。


 そして――


 見た。


 彼女が、立っていた。


 銀貨を拾わず。


 泣かず。


 ただ、静かに。


 終わらせていた。


 ――その瞬間。


 理解した。


(……ああ)


 私は、この瞬間を待っていたのだと。





----------

 



〜ジークフリート側近視点〜



 殿下が“おかしくなった”のは、いつからだったか。


 正確な時期は分からない。


 だが、気づいた瞬間は覚えている。


 ――報告書を、三度も読み返していた。


 あの方が、同じ書類に視線を落とし続けるなどあり得ない。


「……殿下?」


 声をかけると、わずかに視線が上がる。


「どうした」


「いえ、その報告に何か問題でも」


「ない」


 即答。


 だが、机の上の紙には“村娘”に関する記述が並んでいる。


(……女、か)


 理解は早かった。


 だが、納得はできなかった。


 あの方は、人を信じない。


 必要なら使い、不要なら切り捨てる。


 それが正しいと知っている人だ。


 ――そうでなければ、生き残れなかった。


 幼い頃から、ずっと見てきた。


 誰も味方ではなかったあの方を。


 だからこそ。


(あり得ない)


 そのはずだった。


「カイル・バートンですが」


 試すように言う。


「排除は可能です」


 一拍。


 ほんの、わずかに。


 思考が止まった。


「……不要だ」


 ――やはり。


 確信に変わる。


 この判断は、合理ではない。


 あの方が、合理を外す理由は一つ。


(その女、か)


 ため息を飲み込む。


 正直に言えば、安堵していた。


 あの方は、完璧すぎた。


 迷いも、執着も、情もない。


 だからこそ――危うかった。


 だが今は違う。


 明確に、“何か”に引かれている。


(やれやれ)


 口元がわずかに緩む。


「……面倒なことになりそうだな」


 だが、悪くない。


 むしろ。


 ようやく、人間らしくなった。


「……まあいい」


 静かに呟く。


「その程度で揺らぐ方ではない」


 それでももし。


 その女が、あの方を壊すような存在なら――


 その時は。


 私が斬るだけだ。


 主君のために。


 そして。


 主君が選んだ、その“例外”のためにも。




---------------





「その手を離せ」


 声は、静かだった。


 だが空気が凍る。


 カイルが振り返る。


 視界にも入らない。


 ただ。


 彼女だけを見る。


「ようやく来てくれたか」


 言葉が、自然に出た。


 予定通り。


 だが。


 わずかに安堵している自分に気づく。


 ――不要な感情だ。


 だが、否定はしない。


 私は彼女の前に膝をついた。


 これは演出ではない。


 事実として。


 彼女は、それに値する。


「遅くなって、ごめんなさい」


 彼女は謝った。


 理解できない。


 だが。


 それでいい。


「いい。問題ない」


 すべては、ここまでの過程に過ぎない。


 カイルを裁くのは簡単だった。


 事実を並べるだけでいい。


 彼は崩れた。


 価値のない男だ。


 最初から。


 そして――


 すべてが終わった後。


 彼女が問う。


「どうして……助けてくれなかったんですか」


 当然の疑問。


 私は、迷わない。


「必要なかったからだ」


 彼女の目が揺れる。


 だが、続ける。


「君は、自分で終わらせる必要があった」


 一歩近づく。


「奪われた未練は残る」


 触れる。


「だが君は、捨てた」


 その結果が、今だ。


「だから、君はここにいる」


 そして。


「――私の隣に」


 沈黙。


 拒絶はない。


 逃避もない。


 彼女は、考え。


 そして。


「……はい」


 選んだ。


 ――この瞬間。


 すべてが確定した。


 私は彼女の手を取る。


 もう、離す理由はない。


(……ようやく)


 思考が静まる。


 興味でもない。


 観察でもない。


 これは。


(執着、か)


 否定しない。


 必要なものだ。


 彼女がこの世界で生きるために。


 そして――


 私が、彼女を手放さないために。


「安心しろ」


 囁く。


「もう二度と、君をあの場所には戻さない」


 それは優しさであり。


 同時に。


 宣言でもあった。


 ――囲い込んだと。


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