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銀貨一枚で捨てられた私、冷徹な王弟殿下に拾われる。〜一年前助けた騎士様は、私を一生離さないつもりのようです〜  作者: 白昼夢


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銀貨一枚で捨てられた私、冷徹な王弟殿下に拾われる。〜一年前助けた騎士様は、私を一生離さないつもりのようです〜

4/25 誤字修正いたしました。

知らせてくださった方ありがとうございました。




 王都、第一騎士団詰所の裏門。



 夕闇が迫る中、私は三年間、片時も忘れることのなかった背中を見つけた。


 白銀の胸当て、腰に帯びた儀礼用の長剣。かつて村を出る時に着ていた、継ぎ接ぎだらけの服とは比べものにならないほど立派な姿。



「カイル……!」



 思わず駆け寄った私を待っていたのは、温かな抱擁ではなく、氷のような視線だった。



「――銀貨、足りなかったか?」



 それが、三年ぶりに再会した幼馴染の第一声だった。



 足元で、投げ捨てられた革袋が乾いた音を立てて弾ける。

中から転がった数枚の銀貨が、私のボロボロの靴先に当たって止まった。



「……え?」



「それとも、足りないのは知能か? 三年も経てば、状況が変わることくらい子供でもわかるだろう」



 カイルは鼻で笑い、私の質素な麻の服を、汚物でも見るような目で見下ろした。



 私は彼のために、村での見合いをすべて断ってきた。

彼が騎士学校で肩身の狭い思いをしないよう、朝から晩まで働き、指の節が太くなるまで泥にまみれて仕送りを続けてきた。

 私の冬の服は一枚きり。彼に送る学費を捻出するために、食事を抜くことなんて日常茶飯事だった。



「カイル、私……あなたとの約束を信じて、ずっと待ってたのよ? あなたが『必ず迎えに行く』って言ったから……」



「身の程を知れよ、ソフィア。俺は今や騎士団の若きエースだ。次期侯爵令嬢との婚約も内定している。王都の社交界で、お前のような泥臭い田舎娘を連れ歩けるとでも思っているのか?」



 カイルは一歩踏み出し、私の耳元で冷酷に囁いた。



「この銀貨は、今までのお前への手入れ金だ。村でのガキの遊びに付き合ってやった手間賃だよ。……それを持って、さっさと消えろ。二度と俺の前に現れるな。恥ずかしいんだよ、お前みたいなのが『知り合い』だと思われること自体がな」



 カイルが踵を返して詰所の中へ消えていく。



 私は、石畳に散らばった銀貨を見つめた。



喉の奥が、焼けるように熱い。

 悔しいのか、悲しいのか、それとも――みじめなのか。


 わからない。ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。


 ――私は、この人に、自分の人生を預けていたのだ。


 信じて、待って、すべてを差し出して。

 その答えが、この銀貨。


 笑い声が聞こえた気がした。

 彼ではない。

 きっと、過去の自分が、今の自分を嘲笑っているのだ。


 「……終わりに、しなきゃ」


 その一言を口にした瞬間、胸の奥で何かが静かに壊れた。




 これが、私の三年間の値段。




 彼に送った金貨数十枚分の仕送りと、捧げた青春。その結末が、この冷たい銀の粒だった。



「……ああ、そうか」



 涙は出なかった。


ただ、胸の奥で燃えていた小さな灯火が、ふっと吹き消されたような感覚。



 私は銀貨を一枚も拾わなかった。



 拾えば、私の人生が本当にこの数枚の価値しかないことを認めてしまう気がしたから。


 私は、三年間縛られていた「カイル」という呪縛を、その場に脱ぎ捨てて歩き出した。



 向かう先は、村ではない。



 この王都のどこかにいるはずの、もう一人の「待ち人」の元へ。



------



 王都の外れにある安宿で、私は震える指先で首元を探った。


 ボロボロの麻服の下、肌身離さず身につけていたのは、重厚な紋章が刻まれた真鍮のペンダントだ。




 一年前の夏。



カイルからの便りが途絶えがちになり、不安で押しつぶされそうだった夜のこと。

 村の裏山にある泉のほとりで、私は血まみれで倒れている男を見つけた。


 深い青の軍服は裂け、脇腹からは絶え間なく鮮血が溢れていた。

 死の影が、彼の整った顔立ちを覆い尽くそうとしていた。



『……だめ、死なせない……!』



 私は必死だった。

カイルを待つ寂しさを埋めるように、目の前の命を繋ぎ止めることに全霊を注いだ。


 誰もいない廃屋へ彼を運び、昼夜を問わず看病した。


 傷口を洗い、山で採れる薬草を口で噛み砕いて湿布にした。

自分のわずかな食糧を粥にし、意識のない彼の唇に流し込んだ。



 七日目の朝。



彼が目を覚ました時、その瞳は夜明けの空のように高く、澄んでいた。



『……君が、ずっと私を?』



「よかった……本当に、よかった……」



 安堵で泣き崩れる私の手を、彼は驚くほど優しく包み込んだ。

 その温もりは、カイルが村を出る時にくれたものよりも、ずっと力強く、誠実だった。



『行き場を失うことがあったら、これを王都の詰所へ持ってきてほしい。命に代えても、君を迎えよう』



 彼はそう言って、このペンダントを私に預けた。


 当時の私は、まだカイルを信じていた。「私には待っている人がいますから」と断ろうとしたけれど、彼は『お守りだと思って持っていろ』と引かなかった。



「……もう、守るべきプライドも、待つべき男もいない」






 翌朝。


私は顔を洗い、泥で汚れた靴を精一杯磨いた。



 向かうのは、昨日追い返された騎士団の詰所。



  ――本当に、信じていいの?


 あの人も、優しかった。

 約束もした。

 でも、結果はあれだった。


 胸の奥で、恐怖が小さく震える。


 それでも。


 あの夜、死にかけていた彼が見せた眼差しだけは、嘘ではなかったと――そう思いたい。


 「……これが最後」


 もしこれも間違いだったら。

 その時は、もう誰も信じない。


 そう決めて、私は扉を押した。




 今度は裏門ではない。堂々と、正面玄関へと。





ーー------------





 騎士団総本部の受付は、私のような平民が近づける場所ではなかった。


 並み居る衛兵たちが鋭い視線を向ける中、私はカウンターにあのペンダントを置いた。



「これを……持ち主の方に。一年前、お借りしたものです」



 受付の老騎士が、鼻で笑おうとして動きを止めた。



 ペンダントに刻印された『双頭の獅子と蒼氷』の紋章。



それを見た瞬間、彼の顔から血の気が引き、椅子が転がる音を立てて立ち上がった。



「こ、これは……! 貴女、これをどこで……! いえ、少々お待ちを! 動かないでください!」



 詰所内が蜂の巣をつついたような騒ぎになる。



 数分もしないうちに、奥から軍靴の音が響いてきた。



「何事だ、この騒ぎは!」



 現れたのは、カイルだった。


 彼は私の姿を見るなり、激昂して駆け寄ってきた。



「お前……! あれだけ言われて、まだ懲りないのか! 警備兵、この不審な女を今すぐ引きずり出せ! 騎士団の品位を汚す存在だ!」



 カイルの手が、私の肩を乱暴に掴む。


 だが、次の瞬間。



「その手を離せ。……二度目はないぞ」



 背後から響いたのは、王都の冬空を凍らせるような、絶対的な支配者の声。



 カイルが「あ?」と間抜けな声を上げて振り返った。




 そこに立っていたのは、一年前の彼。

 だが、今は血に汚れた姿ではない。




 最高位の騎士正装に身を包み、大公のみが許される真紅の外套を翻した、この国の実質的な支配者。



「お、王弟殿下……!? なぜ、このような下賤な場所に……」



 カイルが慌てて膝をつく。



 しかし、ジークフリート様はカイルなど目もくれず、私の方へ歩み寄った。



「ようやく、来てくれたか。……ソフィー」



 その声は穏やかだった。

 けれど――


 まるで、逃げ場をすべて塞がれているような感覚に、背筋が震えた。



 彼は私の前に膝をついた。



 王族が、平民の、それも泥のついた靴を履いている私の前に。



 ……え?


 思考が、追いつかない。


 王族が、跪く?

 それも、私に?


 ありえない。そんなこと、物語の中でしか――


 「夢……?」


 呟いた瞬間、手の甲に落ちた口づけの温もりが、現実だと告げてくる。


 逃げ場はなかった。

 これは、紛れもなく――現実だ。



 その瞬間、詰所にいた数百人の騎士たちが、一斉に音を立てて跪いた。



「……遅くなって、ごめんなさい」



「いい。君がこの紋章を握りしめ、私の元へ来る日を、片時も忘れず待っていた」



 ジークフリート様は私の手を取り、震えるカイルを冷徹な目で見据えた。




「カイル・バートン。貴様、私の命の恩人に対して、今なんと申した?」




 詰所の中は、水を打ったように静まり返っていた。



 ジークフリート様が放つ威圧感に、カイルは蛇に睨まれた蛙のように硬直している。



「こ、この女が……閣下の命の恩人……? まさか、何かの間違いでは……。彼女はただの村娘で……私の、その、学費を貢いでいただけの端女で……」



「端女、だと?」



 ジークフリート様の声が一段と低くなる。


 彼はカイルが投げ捨てた銀貨の話、そして私が三年間彼を支え続けてきた背景を、すでに調査済みだったのだ。



「貴様が騎士学校で主席を取れた理由。その学費。そして、貴様が『自分で手柄を立てた』と報告していた魔獣討伐。……すべて、彼女からの仕送りや、彼女が教えた薬草の知識、そして彼女が無自覚に施していた聖魔力の加護によるものではないか?」



「そ、それは……」



「報告書を精査したところ、貴様の功績には多くの捏造が見つかった。……ソフィア、一年前、私が襲撃された際、情報を流した内通者の疑いがあるリストに、貴様の名前があったのを知っているか?」



 カイルの顔が、白から土気色に変わった。



「貴様は彼女から『閣下を助けた』という話を聞き、それを手柄にするどころか、自分の出世の邪魔になると考え、私を襲った賊に情報を売ったのではないか?」



「ち、違います! 私は、私は……!」



「黙れ。貴様のような私利私欲にまみれた男が、騎士の制服を纏っていること自体が反吐が出る。……連れて行け。爵位剥奪。全財産没収の上、国家反逆罪および虚偽報告の罪で裁く」



「ソフィア、 いやソフィー! 助けてくれ! 俺たちは結婚する約束だっただろ!? 愛してるんだ、ソフィー!!」



 カイルが引きずられていく。私は、彼が昨日投げ捨てた銀貨を思い出し、静かに口を開いた。



「二度と馴れ馴れしくソフィーなんて呼ばないで。それに本当に愛しているなら、あの銀貨は安すぎたわね。カイル……さようなら」




----------



 王宮の最上階。




王都を一望できるバルコニーで、私は最高級のシルクのドレスに身を包んでいた。




 隣には、私を愛おしそうに見つめるジークフリート様。



「……本当に、私でいいのですか? 私はただの平民で何の取り柄もない捨てられた女なのに」



 そう言いかけて、言葉が止まった。


 ――違う。


 私は、あの時もう知ったはずだ。

 自分の価値を、他人に決めさせてはいけないと。


 私は顔を上げる。


「……いいえ」


 ジークフリート様が、わずかに目を見開く。


「“私でいいのか”じゃありません」


「私が、あなたを選んだんです」


 胸を張って、そう言えた。




 ジークフリート様は私の肩を引き寄せ、耳元で優しく囁いた。



「君を捨てたのではない。あの男が、自分には不相応な『国宝』を手放しただけだ。おかげで、私は正々堂々と君を奪うことができた」



 彼は懐から、昨日カイルが投げ捨てた銀貨の一枚を取り出した。

 部下に命じて、あそこで一枚だけ拾わせていたらしい。



「あの男は、君の価値をこの銀貨数枚だと思った。……だが、私は違う」



 ジークフリート様は、その銀貨をバルコニーの外へ放り投げた。



 代わりに、私の指に嵌められたのは、国に一つしかないと言われる伝説の魔石をあしらった指輪。



「君の献身、君の強さ、君の美しさ。それらは、この国の全ての金貨を積んでも足りない。……ソフィア。これからは私が君の盾となり、君の翼となろう」



「……だから」


 彼の指が、私の手を強く絡め取る。


「もう二度と、手放さない」


 優しい声だった。

 けれどその言葉は、誓いというより――宣告に近かった。





 遠く、騎士団の地下牢からは、カイルの絶望の叫びが聞こえてくるかもしれない。





 彼と過ごした三年間は、もう遠い霧の向こうだ。


 今の私を照らしているのは、偽りの約束ではなく、目の前の男性が捧げてくれる本物の愛。



「……はい、ジーク様。私も、あなたを一生、お守りします」



 捨てられた花嫁は、その日、王都で最も尊く、最も愛される女性となった。



 彼女を捨てた男が、泥を啜って後悔し続ける日々は、まだ始まったばかりである。



(完)



後日談:銀貨一枚の価値もない男




 王都の外れ、冷たい風が吹き抜ける鉱山街の労働者宿舎。



 かつて「白銀の騎士」と謳われたカイル・バートンは、今、泥と煤にまみれて地面を這っていた。



「……ひっ、あ、あああ……っ!」



 剥がれた爪、節くれ立った指。その手は、かつてソフィアが自分の学費を稼ぐためにボロボロにしていた手と同じ、あるいはそれ以上に無残な姿に成り果てていた。



 騎士爵剥奪、全財産没収、そして国家反逆罪。



 王弟暗殺に関与した賊との繋がりが露見したカイルに下されたのは、死罪よりも過酷な「終身強制労働」だった。



「おい、手を休めるな! この無能が!」



 背中に鋭い鞭の音が響く。


 カイルは悲鳴を上げる気力もなく、ただ重い石を運ぶ。

 彼の頭の中にあるのは、かつて自分に尽くしてくれたソフィアの、あの穏やかな笑顔だけだった。



(……どうして、あんなに尽くしてくれたのに)



 今ならわかる。


 彼が騎士学校で一度も空腹を感じず、最高級の剣を買い、煌びやかな鎧を纏えたのは、すべてソフィアが自分の命を削って送ってくれた金があったからだ。


 彼女は、自分が食べるはずだったパンを銀貨に変え、自分が着るはずだった暖かい服を金貨に変えて、カイルに送り続けていた。



「ソフィア……ソフィー、助けてくれ……俺が悪かった……今ならお前を愛せる、お前を大事にするから……!」




 独り言を漏らしたカイルに、隣で作業をしていた老いた囚人が冷ややかに笑った。



「無駄だよ。お前が呼んでいるその『ソフィア』様は、今やこの国の太陽だ」



 老囚人が指差した先。



 鉱山の遥か高台を通る公道に、豪奢な王家の馬車が列をなしていた。


 窓から一瞬だけ見えたのは、かつての麻服姿からは想像もつかない、宝石よりも眩しく輝く、気高くも優しい瞳の女性。


 そしてその隣で、彼女を壊れ物を扱うように大切に抱き寄せる、王弟ジークフリートの姿。



「あ……あ……っ」



 声にならない叫びがカイルの喉から漏れる。


 彼女は一度も、この泥だらけの底辺に目を向けることはなかった。


 彼女にとって、カイル・バートンという男は、もうこの世に存在しないも同然なのだ。


 憎しみさえ残っていない。


 ただ、完全に「終わった」存在。



 その夜。



 カイルは支給された、泥のようなスープを前にして絶望した。


 器の中に、かつて自分が彼女に投げつけたものと同じ、薄汚れた銀貨が一枚紛れ込んでいた。



 看守が嘲笑いながら言う。



「お前の『一生分』の給料だ。大事にしろよ」



 震える手で、それに触れようとして――やめた。


 触れる資格すら、ないと気づいたからだ。


 あの時、彼が捨てたのは金ではない。


 ――自分の未来だった。


 その事実だけが、何度も何度も、心を抉り続ける。



その銀貨は、今のカイルには拾うことさえ許されない重さだった。





 空腹と寒さの中、彼はかつて自分が投げ捨てたものが「ただの金」ではなく、「自分に向けられていた唯一の無償の愛」であったことを思い知る。





 カイルが息絶えるまで、あと数十年。



 彼に残されたのは、届かない許しを乞い続け、自分が投げ捨てた幸福の大きさに苛まれ続ける、永遠に続く虚無の夜だけだった。



(完)


最後までお読みくださり、ありがとうございます。


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