異国からの旅人
随分と時間が過ぎた様に思える。 この男どもが言う話ではこの先の国には迷宮なる物があり、それを制した者には望むものが手に入るのだという。
「仕事終わったらとりま酒だな! あとは女! マジで奴隷なんかと居たらニオイが移っちまうぜ……」
鎖に繋がれた男が居た。 ほかの有象無象と同じボロ布を着て恥部を隠した脂ぎった茶髪の男。 体格はがっしりとしていて他の奴隷よりも頭1つ抜けた大きさ。
城門を超えた先、芸術的な美しさを持つ石造りの街並みの先に人間の力で造られたものでは無い塔が立っている。 昔目にしたことがある陶磁器というそれの質感に似た光沢を放つ建築物。
「相変わらず美しいねぇ〜! 俺、昔あそこで働いてたんだぜ」
「どーして辞めたんだ?」
「いやぁ、おっかなくて続かねぇわ。 幾ら昔あそこで生活してたとはいえ……なにも街のど真ん中に残さんでもな……奴隷はどう思うよ、ナァ? ……っは、それどころでも無いか……可哀想に。 ははっ」
この忌々しい鎖は男を縛り付け、目の奥には怒りに満ちている。 檻の外に見える人間達全てが殺すべき蛮族共だ。 そう殺気立った瞳で外界を眺めるが、日々の生活に手一杯な人々は気づきもしない。
頭の中で響く悲鳴が体を震わせるが鎖の擦れる音だけが響いている。 鱗肌、耳長、獣人、鳥人。 文化全てが忌々しい。 コイツらが富んでいる事、繁栄している事全てが憎い。
奴隷市へと運ばれると、まともな服を着せられ他の商品と並べられる。 女は化粧を施し、家事奴隷として売り飛ばされる。 男は大抵、鉱夫か、迷宮探査の肉壁で買われていく。
そんな死に方はクソ食らえだと男は考え商品の見栄えを良くするために鎖を外す瞬間に奴隷商を突き飛ばして剣を奪う。
逃亡奴隷だ! その声と共に、呑気に人生を過ごしていた連中が指さされた男へと視線を向け、腕っぷしに自信がある者や魔術師が野次馬の中から抜け出してくる。
戦争奴隷など人に非ず。 文明人ぶった蛮族共は骨の髄まで奴隷なんてものは人に飼い殺されて然るべきと思っていやがる。 男は剣を抜き、逃亡奴隷をとっ捕まえようとする者たちに向かっていく。
飯も食わせてもらっていない奴隷などと、そんな事を呟いた男が振り下ろす剣を奴隷の一振りで砕き割ると切先が喉元目掛けて突き出された。
軽く風を切った音と共に腰を抜かした男の顔に幅広な剣の輪郭が落ちる。 奴隷の姿を捉えようとした瞬間、逞しい膝蹴りが右頬を捉えて地面へと押し倒すのだった。
奴隷はそのまま振り返る事無く、そびえる迷宮へと走り抜けていく。 前線を経験した事のない迷宮探索者を避けながら進み地下へと続く階段を飛び降りる。
「んだよ。あっぶねぇな……」
階段の下に居た鎧姿の男が奴隷を避けると階段の上に居る人影が大声で叫ぶ。
「逃亡奴隷だ! 捕まえてくれ!」
目の前の武装した奴隷をチラッと見て男は腕を組んで壁に背を預ける。 奴隷にしては、風格のある男だった。 戦場を歩いてきたであろう迫力のある目元、筋肉の筋が浮かび上がる腕を見て無事では済まないなと感じたのだ。
「っは。 知らねぇよ。 俺は奴隷商と税金で食わせてもらってるクセに無能なあんたらが嫌いなんだ」
その頃奴隷は地下へと姿を消しており、衛兵はその暗がりを見下ろすしか出来なかった。
「やめときな。 異国の奴隷だろ? 1日も持ちやしねぇ。 殺したって言っておけば奴隷商も納得するさ」
つづく




