今日は甘えた
夜、樹の雑談配信。
お茶を啜りつつ、リスナーたちとゆるいやりとりをしていたところに――玄関の開く音と、控えめなノック。
「……ん?あー、あいつだな。バイト終わったか」
樹が立ち上がってドアを開けると、そこにいたのは、制服の上から黒いジャケットを羽織った朝倉。
ネクタイが緩められ、少し乱れた髪に、夜の風の匂い。
「……帰った。疲れた」
「おかえり。おつかれさん」
そのまま無言で中に入り、配信部屋のソファにどかっと腰を下ろす朝倉。
ふう、と息をついて、スッと樹を見上げる。
「……ねぇ、疲れた。甘やかして」
「へいへい、分かりましたよハニー」
「……あとは全部お願い、ダーリン」
コメント欄が瞬間蒸発。
『は?????』
『何!?今何つった!?!?』
『甘やかしてってだけでも瀕死なのにダーリンは反則だろ!!!!』
『語彙力全部溶けた』
樹はにやにやと笑いながら、ソファの隣に座って膝をぽんと叩く。
「ほら、ひざ枕。特等席」
「……ん」
朝倉は無言で頭を乗せ、すぐに目を閉じた。
けど、ただそれだけじゃ終わらない。彼の手が、樹のパーカーの裾をちょいちょい引っ張る。
「……もっと撫でて。耳の後ろ、そこ、好き」
「はいはい、ハニーはお疲れなのね~」
「あと、声……低めの、安心するやつで喋ってて」
「注文多いな、君は。お子様か?」
「……ん。子ども扱いでもいい。……今日は、ワガママ言うって決めた」
「なるほど、甘えモードね。よしよし、可愛い可愛い」
「うるさい……可愛いって言わないで。でも撫でて。強めで」
樹がくすくす笑いながら、ゆっくり髪を撫でていくと、朝倉の眉がふっと緩む。
目を閉じたまま、喉がわずかに鳴って、トロンとした表情。
「……もう少ししたら、着替えるから手伝って。ネクタイめんどい」
「はいはい、お着替えまでご所望ですか。わかりましたよダーリン」
「……それ、俺のセリフ」
「じゃあ改めてどうぞ」
「……お願い、ダーリン」
その言葉に樹は、うわもう無理、と声にならない呻きをあげながら顔を覆った。
コメント欄も同様に大爆発。
『世界が爆発した』
『ありがとう…ありがとう……』
『いつもクールなのに甘えるとき赤ちゃんになるの…ズルい……』
「……お前ほんと、信頼してる相手にしかこれやらねぇんだろうなあ」
「……うん。樹だから、いい。……好きだから、ワガママ言う」
そのまましばらく、何も言わずに髪を撫でていると、朝倉は目を閉じたまま完全に脱力し、すうすうと寝息を立て始める。
樹はふっと優しい笑みを浮かべて、配信カメラに向き直る。
「……寝ました」
「ほんと、クールな顔してるくせに甘え上手なんだよな、あいつ。俺にだけだから、……やっぱちょっと、特別って感じがして……嬉しいよな」
「……はい、惚気でした。ごちそうさまでしたって言っていいぞ」
コメント欄はすでに心をやられていた。
『ごちそうさまでした(正座)』
『やばいもうこの二人無理最高尊い』
『愛されてるし愛してるのが伝わるのやばい……』
「じゃあ、ちょっと失礼」
そう言って、抱きかかえるように朝倉を持ち上げ――まるで重さを感じさせないほど自然に、お姫様抱っこで配信画面から去っていく。
コメント欄が爆発する。
『抱っこーーーー!?』
『うそやろ!?』
『お姫様抱っこしてんじゃねぇよ!!(最高)』
『なにこの尊い現場……』
数分後、戻ってきた樹は、席に着くなり、ふっと笑った。
「寝室に連れてった。……ぐっすりだな、あいつ」
「……いやー、ほんと、あいつがああやって甘えてくれるとさ。俺、たぶん世界一幸せなんじゃねぇかなって思うわ」
『惚気きたー!!』
『爆発しろ!いいぞもっとやれ!』
『こういうのが見たかった……ありがとう……』
「たぶん、普段は甘えたり弱音吐いたりするの、得意じゃないんだと思うんだよ。でも……俺のとこには、ちゃんと戻ってくる。そういうの、……嬉しいよな。俺の膝を安心できる場所って思ってくれてるってことだろ」
優しい、静かな口調。
いつものふざけ合いもない、ただただ慈しむような目で、
画面の先にいる誰よりも特別な“彼”のことを語るその姿に、コメント欄はただただ打ちのめされた。




