沈霊唄賛 5
「で、アタシ、ミクさん、アンタ、亨でそのナントカ教に潜入調査すると」
「狼誠教な」
その夜、リビングで寝転がりながらバラエティ番組を見ている樟葉に少年は劉玄からの言付けを伝えていた。
「で、日時は?」
「明後日」
「ごめんパス」
「俺に言うな」
「じゃあ伝えて」
「自分でしろ」
本当に不満そうな表情をした樟葉が少年の方を見る。「だってその日は高校の同窓会なのよ」
「知らねぇよ」
「そういやアンタ、何でそんなに乗り気なのよ」
「あぁ?そうだなぁ…」
そう言うと少年は腕組みをして考えだした。
「何か良い予感がするんだよ」
数秒経って少年が言った言葉に樟葉は少し唖然とした表情で少年を見て、それから軽く笑いだした。怪訝そうな顔をしている少年に樟葉は告げる。
「アンタから“良い予感”なんて言葉が出るとは思わなかったわ」
「そうかよ」
「ところで…それなに?」
樟葉が指差した先にはさらに肉の塊がいくつか盛られていた。
「雀だ」
「…はい?」
「食うか?」
「…遠慮しとくわ」
―二日後―
朝の礼拝を終え、祈りの言葉を待つ人々の前に司祭と思われる奇妙な模様の書かれた修道服を着た長身痩駆の男が教祖様の代わりに立っていた。
「では皆さん。ここに新たな仲間を紹介しましょう」そう言いながら舞台袖の方を見る。それを合図に舞台袖から他の信者と同じ白いローブを羽織った四人の男女―捜査第零課の面々が出てきた。
「我等が主のお導きを受け俗世からの救済を望む者を此処に迎えます」
そこで言葉を切り、舞台の奥に飾ってある教祖様の肖像画に向かい両手を広げる。
「彼の者達に福音をっ!」それに合わせ信者達も両手を広げた。
『我等に主の加護あれ』
(どう思う?)
肖像画に向かって祈りを捧げている信者達に聞こえないように樟葉は亨達に意見を求める。
(どうもこうもこんだけの情報じゃ何も分かんねぇよ)
(カリスマはあるみたいね〜)
(強いて言うなら…)
(言うなら?)
(きたねぇ肖像画だな)
(…そうね)
その後幹部の指示で亨と樟葉、少年とミクに部屋を振り分けられた。
「何でワタシがアンタと一緒なのよ」
「んなもん知るか」
「もし一ヶ月に一度のイベントがきたらどうすんのよっ」
「どうもしねぇよ」
「少しは気にしろ!」
あまりにも理不尽な一撃を重心を下げることで威力を弱めながらベッドに倒れこむ亨を見ながら樟葉が呟く。
「あ〜、女同士にして欲しかったわ〜」
樟葉が亨に愚痴を言ってる時、もう一つの部屋はミクと少年は互いに備え付けられてるベッドに座り話していた。
「『少年』君の好きな食べ物ってなに〜?」
「肉」
いつも通り何を考えてるか分からない笑顔で質問するミクに対してつまらなそうに少年は応える。
「『少年』君は何で樟葉ちゃんと一緒にいるの〜?」「…遠い親戚で上京するときに同居させてもらってる」
「嘘よね、それ」
いつもと変わらないが本質が全く違う笑みで言い放つ。
「『少年』君のこと、少し調べさせてもらったよ」
「……」
「出生届、住民票、戸籍…探してもどれも見つからない、いや最初から『存在』しないんじゃないかな」
「だからどうした」
「どうもしないよ。ただ一つだけ気になることがあってね」
そこで一旦言葉を切り、立ち上がる。そのまま少年の横に座る。その顔にはいつもの笑みはなく、完璧なまでに無表情だった。
「キミは『井波郁紀』って知ってる?」
「……」
少年は応えない。それでも構わずミクは話を続ける。
「この名前は鬼籍にあったんだけど生前は樟葉ちゃんの弟だったのよ。記録では8/7に亡くなっているの。そして樟葉ちゃんがキミを捜査第零課に連れてきたのがその翌日。…偶然かもしれないけどキミは何か知ってるんじゃないの?」
「仮に何か知ってたとしても俺がお前にそれを話して何になる?」
心底うっとうしそうな声を出しながら黒い帽子の奥から紅い眼がミクを睨む。しかしミクはその視線に臆することなく正面から向き合う。
「何にもならないわよ。でも好奇心がもう一歩先を欲するの」「…面白い『人間』だ」
「お褒めの言葉を頂いて光栄だわ」
二人してニヤニヤしている風景はかなり不気味だがこの場にそれを指摘する者はいなかった。