沈霊唄賛 9
「そういえば俺は呼ばれてないから行かなくてもいいんじゃねぇか?」
鬱蒼とした森の中を歩いていると『少年』が呟くように言った。
「はぁ!?」
『アンタ何言ってんの?』と言いたげな顔で樟葉が振り向く。
「俺の名前だけ呼ばれてないぜ」
さも当然だ、と言いたげな顔で樟葉を見る少年。もっともな理由に言葉がつまる樟葉がミクに助けを求めるように視線を向けるが、当のミクはそれを無視をする。仕方なく亨に視線を向けるも『自分でどうにかしろ』と言いたげな顔で見返す。
「…じゃあ外で待ってなさい」
「へいへい」
樟葉の提示した妥協案に適当に返事をしながら欠伸をした少年は知らぬ間に後ろからついてきている気配を意識しながら樟葉達には報告しなかった。
「おや?もう一人いた気がしたのだが…?」
椅子も机も何も無い、ただ広いだけの講堂。その奥に飾られている鎖で縛られたよく分からない化物の前に狼誠教の長である大上誠は立っていた。
「なんか名前呼ばれてないから中には入らないって言ってました」
「そうか…まぁいいか」
「それで〜教祖様直々に御呼び出しとは〜一体何事ですか〜」
「ふむ…それについては君達自身が良く分かってると思うのだが」
その言葉で講堂内は緊張に包まれた。
「私の計画に賛同してくれたなら便宜を図ってあげてもいい」
いつも通りの口調で話しかける大上だがその奥には深い闇を滲みだしている。普通、命の危機に晒されている状況なら死を覚悟出来ず生きる道があるならそれが罠だろうと今を生きるために逃げを選ぶ。しかしここにいる面々は死を覚悟出来る人間であり、確固たる意志を持つ人間であった。
「どうせロクでもないことだろうから断る」
「そうか…それは残念だ」
樟葉の返答に本当に残念そうな声を出した大上が指を鳴らし、それを合図に像の後ろから様々な武器を手にした信者が現れた。
「本当に残念だ、君達を『異端者』として裁かなければいけなくなってしまった」
『異端者』を襲うように合図をしようとした大上を「待て」と亨が片手を突き出し静止させた。
「何だね?」
律儀にもそれに応じる大上を睨みながら亨は背後にある扉を指差す。
「一応聞くがまさか『唯一の出口は封鎖しました』なんて言わねぇよな?」
「私は王道は大好きだよ」「そうかよ」
「質問はそれで終わりかね?」
「あぁ、そうだよ…っと」
会話が終わり大上が合図を出したのと同時に亨は信者達の前と後ろにあるドアに小さな棒が刺さった粘土のような小さな塊を投げつけた。
「伏せろ」と樟葉達にだけ聞こえるように言うと手に握っていた機械のスイッチを押した。
直後前後にある粘土のようなもの―C4爆弾に刺さった雷菅に電流が流れ、それによって爆発を引き起こした。
「ちょっと亨!予告ぐらいしな―」
樟葉が亨に文句を言うが途中で言葉が途切れる。何事かと亨が見れば伏せている樟葉の目の前に人間の腕が落ちており、それを見たまま固まっていた。
「…行くぞ」
樟葉の手をとり無理矢理立たせ亨達は吹き飛ばされたドアに向かって走りだした。