プロローグ
「みんなーッ!! 盛り上がってるーッ!!」
会場を飲み込むような大歓声。
その大歓声はひとりのアイドルに注がれていた。
恍惚な眼差しに黄色い声援。
あまりの嬉しさに卒倒してしまう女性。
そう──その大歓声を浴びているアイドルこそが、僕、星空翔である。
自分自身で言うのもなんだが、顔よしスタイルよし歌声よし、バラエティ番組に出れば視聴率は50パーセント超え。
ドラマに出てキスシーンがあれば、テレビ局にドラマ監督に対する殺人予告が出るほどの人気っぷり。
誰もが羨む国民的アイドルなのだ。
なんでアイドルをやってるかって?
「僕にはみんなが必要なんだッ! みんなのこと大切に想ってるよッ!!」
「「「「キャーーーーーーーー!!!!!!」」」」
発するひと言ひと言がこの大歓声。
アイドルとして、芸能人として、大成功を収めている瞬間なのだ。
でも────
本当の僕は違う。
ライブが終わると、控え室でソファーに突っ伏した。
「なんでこんなことをしなきゃいけないんだ。なにがアイドルだ。なにがみんなのことを想ってるよだ。僕は普通で普通の普通すぎる日常が欲しいのにッ!!」
そう──僕は、国民的アイドルである自分が心底嫌いだ。
街を歩いてたら顔が良いからと芸能事務所にスカウトされ、流されるに流されそのままアイドルデビュー。
あれよあれよと人気が出てしまい、デビュー半年で国民的アイドルになってしまった。
「あー、アイドル辞めたい。普通の生活に戻りたい」
「んなこと言ったって、世間はお前を求めてんだからよ、諦めろ」
「それメンケアしてるつもりですか?」
控え室に入ってきたのは、マネージャーである持田恭介さん。
38歳アラフォーで仕事よりも趣味がライフワークの独身貴族。
ノンデリ気質でフォローの角度が毎回間違ってしまうのが難点。
でも、仕事の腕は一流だからそこは尊敬してる。
「いつまでもソファーで突っ伏してねえで、帰る準備でもしたらどうだ。明日も早いんだからよ」
「明日が来ないことを願うよ。このまま何十年も寝たままにならないかな……」
「うちの稼ぎ頭がネガティブなこと言ってんじゃねえ。たんまり稼いで、事務所に貢献してから辞めろ。その後は自由だ」
サラッとブラック発言するとは、おじさん肝が据わってますね。
僕は嫌々立ち上がり、準備を済ませた後、恭介さんの車に乗って帰宅の途についた。
「んじゃ、明日朝8時、迎えに来るから寝坊するなよ」
「じゃあ寝坊します。おやすみなさい」
「寝坊したらぶっ殺す」
サラッと殺害予告。
働き方改革ってなんなんすかね。
パワハラで訴えようかな。
そんな事を考えていると、いつの間にか恭介さんの車は走り出して去っていった。
「明日も早いし早く寝────」
「────あの、すみません」
自分が住んでいるマンションの入口に入ろうとした時、女性から声を掛けられた。
僕は踵を返し、女性に顔を向ける。
「星空翔くん、ですよね?」
うわーやばっ……。
今完全に家の建物特定されちゃったよね。
声かけられても反応しなきゃよかった。
恭介さんには、ストーカー対策として、帰り道を遠回りしながら帰ってたけど、この人どうやって僕の家を突き止めたんだ?
変装だってしてるのに、住所を突き止めるのは困難なはず……。
「い、いやぁー、人違いじゃないですかね?」
「デビューしてからずっと大好きでした。これは私からの気持ちです」
女性は手に持っていた紙袋を半ば強引に押し付けてくる。
見ず知らずの人から物は受け取れない。
だって危ない物とか入っていたら怖いもん。
「だ、だから、人違いですって。受け取れないです」
だが──女性は断る僕を他所に、更に紙袋を押し付けてくる。
にこやかな表情はいつしか、真顔で狂気的な目に変わっていた。
「翔くんは受け取ってくれるよね。翔くんは優しくて私想いのかっこいい翔くんだもんね。翔くんは私だけの人だよね」
ダメだ、話を聞いてない。
寧ろこの女性の中で僕と付き合ってる設定になってるし。
このままでは何されるか分からないからたまったもんじゃない。
素早く逃げ出して撒いてから家に帰るか?
いや、既に自宅は特定されてるって思った方がいい。
なら、粘り強く説得して帰ってもらうか?
ダメだ。その前に僕の話に耳を傾けようとはしてない。
そうだ──恭介さんを呼ぼう。
こういう時のマネージャーだし、無駄に見た目はイカついから相手も引いてくれそう。
僕はすぐさまスマホを取り出し、恭介さんに連絡を入れた。
だが──恭介さんに繋がらなかった。
どうしてこういう時に繋がらないんだよ。
とりあえずメッセージだけ残しておくしかない。
「ねぇ、翔くん。誰に連絡してるの? もしかして、浮気? そんなはずないよね? 翔くんは私だけを見てくれてるよね? そうだよねぇッ!?」
「だから人違いですってッ!! 翔くんって誰ですか。僕は太郎です」
「ありえない有り得ないアリエナイ。翔くんは私だけのよ。誰にも渡さない。なら──いっしょに死ぬしかない」
会話不能で説得も無理。
恭介さんは繋がらないし。
ここはもう────
僕は全力で走り出した。
いきなり走り出したせいか、女は面をくらっているが、逃げ切ればこっちの勝ちだ。
僕はマンションに入り、エントランスのオートロックを解除すると、エレベーターを目指す。
幸いエレベーターは1階に止まっていた。
急いで開くボタンを押して中に入る。女はすぐそばにまで迫っていた。
「翔くん待ってよ。置いてかないで。お願いだから一緒に死のお?」
やばいやばいやばい、本気で殺される。
ストーカーする人ってこんなに怖いの?
僕は閉まるボタンを必死に連打した。
「扉がしまります」
そういうの良いから早く閉まって!!
ゆっくりとドアが閉まっていく。
これで適当な階に降りて、ひっそりと自分の部屋に戻ろう。
暫くしたら恭介さんが助けに来てくれるよね。
────ガンッ!!
ドアが閉まる直前、隙間には人の手が挟まっていた。
ゆっくりとドアが開いていく。
それはまるでスローモーションみたいで、段々とニヤリとした女の顔が見えてくる。
「待ってよ、かーけーるーくーん」
「うわぁぁぁぁぁあッ!!」
僕は咄嗟に女を前蹴りした。
女は吹っ飛ぶと、もう一度閉まるボタンを連打する。
本気で殺される。
次捕まったら本当に危ない。
意味がないのは分かっていても、自分でもドアを閉めていく。
「かーけーるーくーん。逃げられないよ?」
女の言葉を他所に、ようやくドアが完全に閉まると、重石を付けられたかのようにドサッとその場に倒れ込む。
助かった……。
そのたったひとつの感情だけが、心を支配する。
やっぱアイドルなんて辞めてひっそりと暮らそう。
僕にこの仕事は合わないし、命を狙われちゃ元も子もない。
エレベーターに乗り込んで数分が経つ。
あれ──? いつもだったら直ぐに目的の階に着くよな? なのにエレベーターが止まる気配は無く、ずっと上昇を続けている。
やがてエレベーターが止まると、静かにドアが開いた。
だが──ドアの向こうの先は真っ白な世界で何も無い光景が広がっていた。
自分の意識とは裏腹に、勝手に足が前に進んでエレベーターから出てしまう。
後ろを振り返ると、さっきまで乗っていたエレベーターの姿は無かった。
「ここどこなの?」
本当にここどこ?
このマンションにこんな階あったっけ?
何かのドッキリ?
実はストーカーの女は仕込みで、この階に降りるよう仕掛けられたんじゃ?
だとしたら、手の混みすぎているドッキリだ。
とりあえず前に歩みを進めると、ポツンと玉座が佇んでいた。
そこには、ひとりの女性が座っていた。
物凄く美人で金髪。古代ローマ時代の白装束に身を包んでいた。
「あのー、すみません。ここはどこですか?」
「ようやく来たわね」
「えっ?」
「ようこそ、私の世界へ」
まだドッキリ続いてます────?
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