↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明日も、ダンジョンへ。  作者: 為書結依
第一章 この世界で生きる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/127

第9話 使い道にされる


 稽古場をあとにし、冒険者ギルドへ戻ると、広間は昼前の賑やかさに包まれていた。明日の稽古代と今夜の宿代を稼ぐため、下段の石級向け依頼票をいくつか眺める。街の東側へ資材を運ぶ、簡単な手伝いを選び取った。


 受付の列へ並び、順番を待つ。書類を出すと、集合時刻と場所を告げられた。仕事が始まるまでには、まだ時間がある。


 触れずにドランの拍動が分かったことを、セイに話しておこう。依頼票を腰の袋へしまい、一階の広間を抜けて、地下へ続く階段へ向かった。


◆


 半地下の酒場へ降りると、昼前の店内には数組の客が散らばっていた。奥の厨房から、肉を炒める香ばしい匂いと、油の跳ねる音が届いている。壁際の席を見ると、セイは昨日と同じ卓にいた。


 使い込まれた革鎧の上に灰色のマント。卓の上には酒杯と、今日は干し肉ではなく、小さく皮をむいた木の実が数粒、皿に盛られている。俺が近づくと、セイは木の実を指先で弄んだまま、視線だけを向けてきた。


「また来たのかい、坊や」


「俺のことを覚えていてくれて嬉しいです」


 向かいの椅子を引く前に軽く言ってみたが、セイは眉一つ動かさず、無表情のまま木の実を一つ口へ放り込んだ。


「今日は何の用だい」


「少し、聞きたいことがありまして」


「ドランの稽古はどうした」


「今朝行ってきました。明日も行く予定です」


「まだ追い返されていないのか」


「散々『気持ち悪い』と追い払われはしましたが、明日来いとも言われましたよ」


 セイの口元が、わずかに動いた。笑ったのかどうかは分からない。


「相変わらず、足から直してるのかい」


「足だけではありませんね。肩、手首、呼吸まで見られました」


「呼吸まで?」


「昔、息を止めたまま続けて倒れた人がいたそうで」


 木の実へ伸びていたセイの指が、一瞬止まった。


 ちっ。


 舌打ちが聞こえた。


「……あんたはそうならないように気をつけな」


 そう言って、セイは木の実を一つ口へ放り込んだ。


「はい」


 それ以上深く聞くのはやめた。


「座るなら座りな」


「失礼します」


 椅子を引き、向かいへ腰を下ろした。ここへ来るまでに、何をどこまで話すかは考えておいた。血の流れを感じたことだけを、起きた順に話せばいい。


「……身体の中の流れが、触れなくても分かることがあるんです」


 セイは表情を変えなかった。


「身体の中の流れ?」


「血の流れです。南の川で水魔法を試した時、自分の指先へ向かう流れを感じました。その時は、水魔法の応用だと思っていたんですが」


 俺は一呼吸置き、今朝のことを続けた。


「稽古で、ドランさんが俺の手首へ手を伸ばした時、触れられる前から、手首の内側で何かが拍動しているのが分かりました。触れられたあとに伝わってきた脈と、同じ間隔でした」


「その時、水魔法は使ったのかい」


「使っていません」


 卓の上の木の実へ伸ばしかけていた指先が静止し、灰色の目がわずかに細くなる。セイは俺の顔をじっと見つめ、それから素早く周囲の卓へ視線を走らせた。低く掠れた声で言った。


「その話、他に誰かにしたかい」


「そもそも、話す相手がいません」


「……誰も、いないのか?」


「……はい」


 悲しそうな顔を作ってみせると、セイの目元がわずかに緩んだ。あまり効果を期待していなかったので、妙に嬉しい。セイは皿の脇へ指を戻し、息を静かに吐き出した。


「その話、誰にでもするつもりじゃなかったんだろうね」


「ええ。少なくとも、誰にでも話すつもりはありませんでした」


「ならいい。不気味になって、最初に会った相手へ全部ぶちまけたわけじゃないんだな」


「そこまで素直ではありません」


 セイはしばらく黙っていた。酒場の奥で皿が触れ合う高い音が響き、それが静まるのを待つようにしてから、ゆっくりと口を開いた。


「……《授かり》という言葉を聞いたことがあるかい」


 俺はその聞き慣れない言葉を、頭の中で反復した。


「初耳ですね」


「そうかい」


 セイは木の実を一つ拾い上げ、指先で転がした。


「一部の落人に、通常の技能や魔法とは別の力が現れることがあるのさ。普通の技能や魔法の枠では説明できない力だと思えばいい。いつ、なぜ現れるのか、誰が渡しているのかは分かっちゃいない。ただ、そう呼ばれているというだけだ」


「《授かり》」


「そうだ。メニューに出るとは限らない。何も表示されないまま気づく奴もいるらしい」


 自分の視界の端にメニューウィンドウを出して確かめる。そこには剣術と水魔法の二つしか並んでいない。表示されないものがあるのなら、自分から確かめる手段はなかった。


「発現には、傾向があると言われているよ」


 セイが淡々と続けた。


「その人がどう生きてきたか。何を強く抱えてきたか。為し得なかった何かと結びつく――そんな話もある。どこまで本当かは知らないがね」


「為し得なかった何か、ですか」


「できなかったことさ。ずっとそうしたかったのに、できなかったこと。そういうものが、こちらの世界で形になる場合があるって話だよ。噂の範囲を出ない。そういう話を信じてる奴もいるってことさ」


 どう生きてきたか。強く抱えてきたもの。為し得なかったこと。


 真面目に考えれば、簡単に答えの出る話ではなかった。だから、横道へ逃げた。


「未練といえば、女の子とあまり仲良くできなかったことくらいですかね」


 大真面目な顔で口にしてみたが、ひどく情けない自白だった。目の前のセイが、一瞬だけ目を丸くしている。


「セイさん。俺の《授かり》、分かったかもしれ――」


「違う」


 即座に否定された。自分の未練を他人に一蹴されるのは、なかなか切ないものがある。セイは俺から視線を逸らし、短く咳払いを一つしてから、木の実を皿へ戻した。


「冗談を言ってる場合じゃないよ、坊や」


 声の調子がすっと低くなり、真剣な硬さが戻っていた。


「聞かせておくことがある。お前のその力、少なくとも普通の水魔法として片づけるより、《授かり》を疑うべきだね」


「この力が、ですか」


「そうだ。そして、《授かり》についての話を、絶対に他所へ漏らすんじゃない」


「理由を伺ってもいいですか」


「聞きな」


 セイは背もたれに体を預け、声をさらにひそめた。


「力を使えると知られれば、使いたがる奴が必ず寄ってくる。仕事の依頼という形かもしれないし、どこかの連中が契約を持ってくるかもしれない。あるいは『保護する』と言って近寄ってくる奴もいるだろう。保護の内側に入っちまえば、その力をどう使うかは、あんた自身では決められなくなる」


「……使い道を自分で決められなくなる」


「それだけじゃない。危険だと判断する奴も出てくる。持っているというだけで、排除の対象になる場合だってある。どちらに転ぶかは、知られた相手次第さ」


 セイは木の実を皿の上で転がした。


「王都じゃ、《翠緑の円卓》も《鉄鎖の盟約》も《紅蓮商会》も、落人を放ってはおかない。理由はそれぞれ違うがね」


「三つとも、組織ですか」


「大きすぎるくらいにはね。今は名前だけ覚えておきな」


 聞き慣れない三つの名を、頭の中で順に繰り返した。どれが何を求め、どう人へ近づくのかまでは、まだ分からない。ただ、力を知られた時に寄ってくる相手が、個人だけとは限らないらしい。


「一度出た話は戻らないよ。あんたが否定しても、その噂まで消えるわけじゃない」


 セイは木の実を一つ摘まんだが、口へは運ばなかった。


「それと、落人に向こうのことを根掘り葉掘り聞くんじゃないよ。何をしていたとか、誰を残してきたとか、何が心残りだったとかね」


「《授かり》を探る手掛かりになるからですか」


「生き方や、為し得なかったことに結びつくって話が本当なら、過去を聞くのは力の中身を探るのと大差ない。本人が自分から話した分まで耳を塞げとは言わないさ。ただ、知りたいからって掘り返すもんじゃない」


 聞かれたくない記憶は、能力の有無にかかわらず誰にでもある。まして、語った過去から自分でも知らない力まで値踏みされるのなら、なおさらだった。


「分かりました。本人が話さない限り、こちらからは探りません」


「それでいい。あんたの過去を聞きたがる奴にも、同じように気をつけな」


 俺はすぐには頷かず、黙って言葉を受け止めた。


「もう一つ言っておくよ」


 セイの灰色の目が、まっすぐにこちらを見た。


「身体の中の流れが分かると知られれば、怪我や病気にも使えると思い込む奴が出るのさ。本当にできるかどうかなんて関係ない。できそうだと思われた時点で、断りにくくなる。助けてほしい奴なんて、この街にいくらでもいるんだからね」


 できるかどうかではなく、できそうだと思われた時点で役割を決められる。


「……よく分かります」


「分かったなら、今日あたしが話したことは、全部胸の中に仕舞っておきな。あたしが教えたってことも含めてね」


「了解しました」


 短い沈黙が卓の上に落ちた。上の階からは、ギルドの喧噪や足音が途切れ途切れに聞こえてくる。


「俺と似たような力の話は、他に聞いたことがありますか」


「知らないね。そもそも、めったに見られるもんじゃない。知られた時点で誰かに囲われて、表に出なくなるのがオチだからね」


「世知辛いですね」


「そんな軽い言葉で片づけるんじゃないよ」


 セイは呆れたように鼻を鳴らした。俺は自分の右手を膝の上で軽く握った。


「今は、それ以上決めつけない方がいい。何がどこまで同じ力なのかも分からないからね」


「そうですね」


 俺は立ち上がった。


「ありがとうございました、セイさん」


「礼を言われる筋合いはないよ。ただの世間話だ」


 セイはそう言って、残っていた木の実を口へ運んだ。最後に一つ聞いてみよう。


「女の子と仲良くできる《授かり》だったら狙われますかね」


「帰れ」


 俺は追い出された。


◆


 地下酒場を出て一階のギルドを抜けると、昼の日差しが大通りを照らしていた。メニューを開こうとして、やめた。表示に出ない力があるかもしれないと知った以上、同じ画面を見ても答えは増えない。


 右手首へ意識を向けてみる。トックン、トックン、と脈が打っている。指を当てなくても、自分の巡りがそこにあると分かる。


 感じ取る力には《授かり》が関わっているのかもしれない。川で自分の流れへ抵抗を加えたのは水魔法。今のところは、その説明がいちばん収まりがいい。


 この力が何であれ、不用意に人前で試したり、誰かに話したりする気はなかった。セイの警告は合理的で、俺自身の考えとも合っていた。次にこの感覚のことを話すなら、相手は厳選する。受付で告げられた集合時刻が近づいている。


 俺は右手の力を抜き、東側の資材置き場へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。