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ベストフレンズ  作者: 菊池まりな


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第95話 ベストフレンズ

「……なんて言えばいいんだろうね」


 紗奈がそう言ったあと、悠真はしばらく黙っていた。恒一と玲奈は、答えを急かすでもなく、ただ二人を見守っていた。


 悠真は、グラスに残ったビールをひと口飲んでから、静かに口を開いた。


「幼なじみ、って言葉じゃ足りない」


「うん」


「親友、でも足りない」


「恋人、っていうのも……なんか、違う気がする」


 紗奈が続けると、玲奈が小さく笑った。


「じゃあ、何なの」


 その問いに、紗奈はしばらく考えた。高校二年生の頃から始まった、名前のつかない関係。友情でも恋愛でもある何か。壊れ、迷い、それでも隣にいようとし続けた、長い時間。


 紗奈は、悠真の方を見た。悠真も、紗奈を見ていた。


 どちらからともなく、小さく笑いが漏れた。


「……ベストフレンズ、かな」


 紗奈がそう言うと、悠真も頷いた。


「うん。それが一番、しっくりくる」




 恒一は少し拍子抜けしたような顔をしたが、やがて納得したように頷いた。


「なんか、分かる気がする」


「そう?」


「お前らの関係、普通の恋人とか、普通の親友とかとは、明らかに違うもんな」


 玲奈も静かに頷いた。


「壊れて、迷って、それでもここまで来た二人にしか、その言葉は似合わないと思う」


 紗奈は、その言葉を胸の中で、静かに反芻した。


 ベストフレンズ。


 それはもう、「何でも分かり合える関係」という意味ではなかった。分かり合えないことも、たくさんあった。傷つけ合ったことも、離れそうになったことも、何度もあった。


 それでも──


 隣にいようとし続けた人間同士だけが、辿り着ける名前。それが、今の二人の関係だった。




 居酒屋を出たあと、四人はそれぞれの帰り道に向かって歩き出した。恒一と玲奈が先に手を振って、駅の反対方向へと去っていく。


 悠真と紗奈は、しばらく並んで夜道を歩いた。


「今日、楽しかったね」


 紗奈が言うと、悠真も頷いた。


「うん。あいつらと会うと、いつも何かしら、思い出させられる」


「何を?」


「俺らが、ここまで来たんだってこと」


 紗奈は小さく笑った。


「そうだね」



 駅前で立ち止まり、二人はそれぞれの電車を待っていた。ホームに吹く夜風が、二人の間を静かに通り抜けていく。


「ねえ、悠真」


「うん」


「これからも、分かり合えないこと、たくさんあると思う」


「うん、あると思う」


「喧嘩することも、すれ違うことも、また波が来ることも」


「うん」


 紗奈は、悠真の顔を見つめた。


「それでも、隣にいてくれる?」


悠真は、迷わず頷いた。


「いる。分からないままでも、いる」


 紗奈は、静かに微笑んだ。


「うん。……私も」



 電車が二本、それぞれのホームに滑り込んでくる。悠真と紗奈は、軽く手を振り合い、それぞれの電車に乗り込んだ。


 窓越しに、互いの姿が見えなくなるまで、二人は小さく手を振り続けた。



 電車の中、紗奈はスマホを取り出し、久しぶりに古いノートアプリを開いた。高校時代から書き続けてきた、あの日々の記録。


 紗奈は、新しいページに、こう書いた。


今日、恒一に聞かれた。「結局、お前らってどういう関係?」って。


 答えたのは、「ベストフレンズ」という言葉。


 それは、何でも分かり合える関係、という意味じゃない。

 

 傷つき、壊れ、迷いながらも、それでも隣にいようとした人間同士の名前。


 理解し合えることが、絆の証明なんじゃない。


 分からないままでも、隣にい続けようとすること。それこそが、絆なんだと思う。


 高校二年生のあの日から、ずっと変わらないものが、一つだけある。


 隣に、いたいと思う気持ち。


 それだけを頼りに、私たちは、ここまで歩いてきた。


 そしてこれからも、きっと。


 窓の外、夜の街の灯りが、次々と流れていく。紗奈は画面を閉じ、そっと目を閉じた。


 電車の揺れに身を任せながら、紗奈は静かに、確かな安堵を感じていた。


 完璧じゃない。分かり合えないことも、まだたくさんある。


 それでも──


 隣にいる。それだけで、十分だった。




この物語を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


『ベストフレンズ』は、フィクションです。悠真も、紗奈も、恒一も、玲奈も、実在の人物ではありません。


けれど、この物語を書くきっかけになったのは、実在した、私にとってかけがえのない二人の友人でした。


彼らは、私にとって、まさに「ベストフレンズ」でした。何でも話せて、何も話さなくても隣にいられて、それが当たり前だと思っていました。


でも、私は気づけませんでした。


彼らが抱えていた苦しさに。彼らが発していたはずの、小さなサインに。


彼らは、もうこの世にいません。


この物語の中で、紗奈は生き延びます。悠真は気づきます。周りの人たちは、踏み込みます。


それは、現実には叶わなかったことです。


だからこそ、私はこの物語の中で、彼らに──そして、彼らのような苦しみを抱えるすべての人に──伝えたかったのだと思います。


「大丈夫」の裏側にあるものに、気づきたかった。


「消えたい」と思うほどの苦しさの中にも、「見つけてほしい」という気持ちが、きっとあったはずだと、信じたかった。


そして何より、分かり合えなくても、隣にいることをやめない人間でいたかった。


この物語を書いている間、何度も、あの二人の顔が浮かびました。


もし、もっと早く気づけていたら。もし、もっと踏み込んでいたら。


答えのない「もし」を、何度も何度も、繰り返しました。


でも、この物語を書き終えた今、少しだけ思うことがあります。


彼らのことを、こうして物語という形にして、誰かに届けること。それも一つの「隣にいる」形なのかもしれない、と。


もしあなたの周りに、「大丈夫」と言いながら、本当は大丈夫じゃない誰かがいたら。


どうか、その言葉の裏側に、少しだけ目を向けてみてください。


そして、もしあなた自身が、「大丈夫」と言い続けているなら。


その言葉を、一度だけでいいので、飲み込まずに、誰かに手渡してみてください。


この物語が、誰かにとっての小さなきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


そして──


大切な友人たちへ。


ずっと、ベストフレンズだったよ。


一人の友人を見送ったあと、私は、もう届かないと分かっていながら、メールを送りました。

返事が来るはずのないその宛先に、私はただ、伝えたかったことを綴りました。


しばらくして、届いたのは、友人のお兄様からの返信でした。


「今ごろ、大空を自由に飛び回っていることでしょう」


その言葉に、私はどれほど救われたか分かりません。


悲しみの中にいたはずのお兄様が、それでも、そんな風に見送る言葉をくださったこと。それもまた、一つの「隣にいる」形だったのだと、今なら思います。


この物語が、誰かにとって、そんな風に届く言葉になれば。

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