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ベストフレンズ  作者: 菊池まりな


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第84話 新しい部屋、同じ空

 四月一日。紗奈は半年ぶりに、アパートの鍵を回した。


 部屋の中は、休学前とほとんど変わっていなかった。埃を被った教科書、閉じたままのカーテン、机の上に置きっぱなしだったマグカップ。時間が止まっていた場所に、自分だけが戻ってきたような不思議な感覚があった。


 窓を開けると、外の空気が流れ込んでくる。四月の匂いがした。


(ここから、また始まるんだ)


 紗奈はしばらく部屋の真ん中に立ち尽くしていたが、やがて荷解きを始めた。一つ一つ、ゆっくりと。急がなくていい、と自分に言い聞かせながら。



 夕方、悠真から連絡が来た。


〈引っ越し終わった?〉


〈うん、今片付けてる〉


〈手伝いに行こうか?〉


 紗奈は少し考えてから、返信した。


〈今日は一人でやりたい。でも、ありがとう〉


〈了解。無理すんなよ〉


 送信してから、紗奈は自分の返信を見返した。以前の自分なら、悠真の申し出を断ることに罪悪感を覚えていたかもしれない。でも今は、「一人でやりたい」という気持ちを、そのまま伝えることができた。


(これも、変わったことの一つなのかな)


 そう思いながら、紗奈は段ボールを開け続けた。



 窓の外、同じ空の下に、悠真がいる。恒一がいる。玲奈がいる。母がいる。


 離れていても、隣にいる。


 その感覚が、今の紗奈を支えていた。



 夜、荷解きを終えた紗奈は、ベランダに出て空を見上げた。半年前、実家の縁側から見ていたのと同じ空。でも、見ている場所が違うだけで、少し違って見える気がした。


 スマホを取り出し、悠真に短いメッセージを送る。


〈今日、ちゃんと一人でできた。ちょっとだけ、誇らしい〉


 すぐに返信が来た。


〈それ、めちゃくちゃすごいことだと思う〉


 紗奈は笑った。大げさな悠真らしい返信に、少し安心した。


 明日から、大学が始まる。半年ぶりの教室、半年ぶりのゼミ、半年ぶりの日常。


 怖くないと言えば嘘になる。でも、去年のように「大丈夫」だけで塗り固めるのではなく、「怖い」と思っている自分を、そのまま連れていけばいい。


 紗奈はそう思いながら、部屋の明かりを消した。



 翌朝、目覚まし時計の音で目を覚ました紗奈は、しばらくベッドの中で天井を見つめていた。


(行ける、かな)


 不安はまだ、消えていない。でも今は、その不安を一人で抱え込まなくていいことを、紗奈は知っていた。


 紗奈はゆっくりと起き上がり、カーテンを開けた。


 新しい朝が、始まっていた。


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