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ベストフレンズ  作者: 菊池まりな


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第56話 名前のない気持ちに

 卒業式から三日後、悠真は紗奈に「河川敷で話したいことがある」とメッセージを送った。


 自分でも、何を話したいのか、正確な言葉はまだ見つかっていなかった。ただ、このまま曖昧なまま大学生活が始まってしまうことに、初めて焦りに似た感情を覚えていた。


 夕方、いつもの土手で紗奈は先に来て待っていた。私服姿の紗奈を見るのは、なんだか新鮮だった。


「話って?」


紗奈が聞く。悠真は隣に座りながら、しばらく言葉を探していた。


「──俺たち、もうすぐ違う大学行くだろ」


「うん」


「今までみたいに、毎日会えなくなる」


「そうだね」


 紗奈の声は落ち着いていた。悠真はもう一度深呼吸をしてから、続けた。


「それでも、紗奈のこと、ちゃんと考えてる自分に気づいた。友達として、じゃなくて」


 紗奈は少しの間、黙っていた。夕日が川面に反射して、二人の顔をオレンジ色に染めていた。


「──ずっと、思ってた」


 紗奈がぽつりと言った。


「悠真がいない毎日って、想像できない。それが友情なのか、それ以上なのか、ずっと分からないふりしてた」


「ふりって」


「認めたら、今の関係が壊れる気がしてた。ずっと」


 悠真は紗奈の横顔を見つめた。以前なら、こういう表情の紗奈を見ると、何か言わなければと焦っていた。でも今は、ただ黙って、紗奈が言葉を続けるのを待つことができた。


「でも、この一年で分かったことがある」


 紗奈が続けた。


「関係って、壊れても、それで終わりじゃないんだって。壊れても、また隣にいようとすることができるんだって」


「うん」


「だから、もう怖くない。……多分」


 紗奈は小さく笑って、悠真の方を向いた。


「悠真は、どうしたいの?」


 悠真はしばらく黙ってから、正直な言葉を選んだ。


「分からないことは、まだたくさんある。この先も、ちゃんと分かり合えない日があると思う」


「うん」


「それでも、隣にいたい。友達としてじゃなくて」


 紗奈の目に、涙が滲んでいるのが見えた。でも、それは以前のような苦しさからくる涙ではないことが、悠真にも分かった。


「──うん」


 紗奈は短く頷いた。


「私も、そう思う」


 夕日が完全に沈む少し前、二人の間にあった曖昧な距離が、初めてはっきりとした形を持った。それは劇的な瞬間というより、長い時間をかけて自然にたどり着いた場所のようだった。


「これから、どうなるか分からないけど」


 紗奈が言うと、悠真は頷いた。


「分からないままでいいよ。それでも、隣にいる」


 その言葉に、紗奈はようやく安心したように笑った。


 三月の夕暮れ、河川敷には二人の影が並んで長く伸びていた。かつて名前のつけられなかった関係に、この日、ようやく新しい名前がついた。


 でも二人はまだ知らなかった。恋人になることが、新しい形の不安の始まりでもあることを。


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