─第5章─6話「西園寺ミリアの焦燥」
【城ヶ崎杏樹の受難】
1回戦の全日程が終了し、西園寺ミリアは434点という堂々たるハイスコアで順当に2回戦へと駒を進めていた。
控え室のモニターで、トーナメント表を見上げる。
彼女が属するAブロックの同じ山には、あの怪物が鎮座している。
互いに順当に勝ち進めば、次戦(2回戦)を突破した先の準決勝で、再びあの城ヶ崎杏樹と激突することになるのだ。
「…………」
かつての彼女なら、その名前を見るだけでトラウマに震えていただろう。
だが、今のミリアにあの時のような怯えはない。
秋の朝陽ノフォールカップで、神野愛理という『ビッグバン』に焼かれ、圧倒的な実力差を見せつけられながらも最後まで堂々と立ち向かった経験が、誇り高き令嬢を確かなる『挑戦者』へと成長させていた。
(ハナから勝てるなんて思っていませんわ。でも……ただ無様に負ける気もありません)
今の自分なら、あの怪物にどこまで通じるのか。
エリートとしての気高き誇りを胸に、彼女は静かに闘志を燃やしていた。
そして始まった2回戦。
全国レベルの激戦区を勝ち上がってきた猛者たちが、次々と素晴らしいパフォーマンスを披露していく。
だが、ミリアの鋭い視線は、モニターの向こうに現れた「本命」ただ一人に注がれていた。
「後攻、城ヶ崎杏樹ッ!」
杏樹がステージに現れる。
いつものような不敵な笑み、会場を震わせる重低音のビート。そして響き渡る、セイレーンのごとき重く透き通った歌声。
「…………っ!」
圧倒的だ。声の圧力、表情の作り方、観客を自然と煽るカリスマ性。どれをとっても、やはり1年生のレベルではない。
――だが。ミリアの幼少期から培われた洗練された審美眼は、即座にそのパフォーマンスの『異変』を捉えていた。
(……何かが、おかしいですわ)
力強いダンス。けれど、いつものように空間を切り裂き、物理法則を無視して歪ませるような「鋭利なキレ」が全くないのだ。
動きがどこか重く、明らかに何かに耐えながら力をセーブしているように見える。
そして極めつけは――彼女の最大の武器である『アクロバット』が、一切ない。
あの超新星の代名詞とも言える豪快な宙返りはおろか、側転などの軽い技すら、ただの一度も組み込まれていない。
普段のライブなら、安全を考慮して封印することもあるだろう。だが、ここは全国大会の負けられないトーナメントだ。点数を爆発的に稼げる最大の武器を、理由もなく捨てるはずがない。
曲が終わる。
その瞬間、画面越しの姿にミリアは息を呑んだ。
『はぁ……ッ、はぁ……ッ……!』
いつもなら息一つ乱さず、最後まで不敵な笑みを崩さないはずの杏樹が、一瞬だけ激しい苦痛に顔を歪め、肩で激しく息をしていたのだ。
それはまるで、ただそこに立っているだけで精一杯であるかのように。
モニターに結果が表示される。
城ヶ崎杏樹:【442ポイント】
対戦相手:【439ポイント】
勝者:城ヶ崎杏樹
会場は「危なかったなー」「相手も全国レベルだしな」と納得したように沸いているが、ミリアだけは背筋がゾクリと寒くなった。
あの超新星が、わずか3ポイント差。
最大の武器を捨て、満身創痍でギリギリ掴み取った薄氷の勝利。
「……どういう事ですの?」
ミリアは困惑に眉をひそめた。
自分のトラウマにまでなったあの怪物が、こんな無様な勝ち方をする相手ではないことを、彼女は誰よりも知っている。
画面の中、痛みを隠すように必死に笑顔を作る杏樹の姿に、ミリアの胸中に形容しがたい不安と焦燥感が広がっていった。




