3 別離と出会いと弟子入り
ローカル線に揺られながら、流れゆく田園風景をを流し見つつ、俺は地元とそれ程変わらない風景になんとなく安心感を覚えていた。
そうしているうちも、ポケットでスマホが震え続けている。
ずっと気になっていたのだが、サイレントモードにしてあるスマホがこれでもか!というくらい振動していた。
原因、というか犯人は分かっている。我が愛妹達だろうな。
嬉しさ半分イライラさ半分だ。のろのろとスマホを出すと、思った通り妹二人からの怒涛のメールだった。
「あ、あいつら・・・」
流石に着信件数を見て呆れた。イラッとしながらも二人に返信する
『これ以上用もないのに迷惑メール送り続けるような悪い妹は迷惑登録するぞ』
するとピタリとスマホは止まった。
が、そのあと二度着信振動を伝えてくる。
『兄ちゃん~(´;ω;`)』 『あに様~(´;ω;`)』
「はあぁぁぁ」
画面をみて大きくため息をつき、少し考える様に外を流し見たあとスマホをいじる。
『一日一人10回、連絡、緊急連絡は含まず。以上』
この妹達はと思いつつも、少し甘い条件で返信した。
しかし・・・
『少なーい( ゜Д゜)』 『もう一声っ(*'▽')』
あいつら~・・・
『い・じょ・う!!』
苦笑しながらスマホをポケットにねじ込む。
ふう、じゃれ合っていたら駅に着いてるじゃないか。俺は慌てて足元のリュックを背負い、開け放たれた列車の扉をくぐる。
田舎ではあるものの、それなりの駅だ。タクシー乗り場には数台のタクシーが停まっている。
タクシーで行くのもいいが、目的地はバス停からすぐ近くだ。ならばバスで行くべきだろう。
金というものは限りがある。家は貧乏ではないが修行先への支払いは仕送りして貰うことになっている。これ以上の負担をかけたくない。
実は非合法なバイト、と言っても闇バイトや犯罪ではない。をしていた関係で少なくない金が手元にはあるが、今後何にかかるかわからないし、修行中はこのバイトも出来ない為、千円程の出費とは言えここはケチっておくべきだろう。
そう自分に言い聞かせながら、バス停の時刻表を眺め、時計を見るとバスが目の前で停車した。
幸先がいいじゃないか。気分よく年代物であろうバスに乗り込み、折りたたんだ紙を取り出して眺める。
相変わらずばば様は達筆だな。写経の様な文字でメモが記されている。
動き出したバスの振動を感じながらメモをしまうと、俺は窓の外に目を向けた。
相変わらず長閑な田園風景だ。
「次は宿郷、宿郷 お降りになる・・・」
次の停車場所がそう案内されると、躊躇なく降車ボタンを押す。
代金を払いつつ、軽く息を吐きながらゆっくり降車する。
もう4月になるというのに、いまだ桜は5分咲き程度で、僅かな空気の冷たさを感じる。
再びポケットからメモ用紙を取り出すと、戸惑う事なく歩き出した。
「ここか・・・」
見上げた家は異様に大きい。大きな扉と小さな扉を中心にまるで砦の如く、真っ白な塀がぐるりと覆っており壁には等間隔に穴が見える。戦国時代の砦か城かよ。
そう思いつつ、真向をみるとおよそ似つかわしいとは思えない5階建ての近代ビル・・・なんだかなー
あまりにも対照的過ぎてぼーっと眺めてしまっていた。
株式会社 宿郷 と看板に書かれいる・・・まずい、なんか思い描いていた場所とかけ離れている。
すうっと息を吸い、大きめの声で旧家の扉に向かって呼びかける。
「すみません、こちらが宿郷和人さんのお宅だと伺って訪ねたのですが」
しかし、すこし待ったが返事はなかった。困ったなーと目を泳がせていると当たり前の物が目に入る。インターホーンだ。
ば、かな・・・何故思い浮かばなかった俺。
「はっ、そらそうだよな・・・あまりにも砦然としていて考えが及ばなかった」
頬を赤く染めつつ、呼び出しボタンを押した。
「はーいしゅくごうです。どちらさまですか?」
妹達くらいの年嵩だろうか?可愛らしい少女の声がインターホンから響く。
「こんにちは。望月蒼太と申します。和人さんは御在宅でしょうか?」
「はーい。 とうさまーお客様ー・・・はーい。少々お待ちくださーい」
随分大人びているようだ。妹達とは違うな。苦笑しつつ扉を見上げる。
人の気配が近づいてくるのを感じた。とてててと、か細い足音だ。
足音が止まると、小さな戸がゆっくりと開いていく。
ひょこっと顔を出したのは10歳程度の可愛らしい少女だった。
「こちらからどーぞー」
微笑ましい口調に微笑で返して、後に続く。あーやっぱりうちのシノレンと同じくらいだな。
二人の愛妹の姿を思い浮かべつつ扉を潜ると、広大な敷地が広がっていた。
本宅は自分のうちの神社の本殿より広いのではないだろうか?さらに奥には、学校の体育館ほどの建物が形違いで二棟あり、さらに奥にはその半分くらいの建物、多分道場なんだろうな。
ただ、その奥の建物は、一般人には秘されているようだ。人払いと目くらましの呪か。
俺には効果がないが、一般人ではあそこに建物がある事も近づくこともできないだろうな。
(と、なると・・・そうか、あそこが)
祖母より聞いていた自分の目的地であることを感じ、丹田に気合を入れる。
「私が宿郷和人です。おばあ様には何かとお世話になっております」
偉丈夫、と呼ぶにふさわしい中年の男性が軽く頭を下げてくる。
「望月蒼太です。今回は祖母の無理なお願いを聞き届けていただき誠にありがとうございます。」
深々と頭を下げて感謝の意をしめした。
「蒼太君は今年数えで13と聞いたが、随分礼儀正しいね。うちの鈴鹿とは大違いだ。」
「とうさま、姉様は地獄耳です。そんな事言うと後で仕返しされますよ?」
ころころと笑いながら、案内してくれた少女が自分の父を窘めている。
「宿郷香鈴です。はじめまして」
「初めましてよろしく、香鈴ちゃん」
「香鈴は長女の鈴鹿の3つ下でして、今年10歳なんですが、同じ育て方をしてるんですがどうしてか香鈴のほうが姉のように落ち着いてましてねえ」
自慢の娘なのだろう。和人の目じりはこれでもかと下がって香鈴を見つめている。そんな姿にふと自分の父親の姿がダブった。
もっとも父さんはもっと身体の線は細いか。
「妹達と同い年なんですね。しかし香鈴ちゃんの方が年上に見えますよ」
「たち?」
「妹は双子でね。忍と恋といいますが、まだまだ甘えん坊で」
「わー双子ちゃんなんですね。逢いたーい」
(きっと遠からず逢えることになるだろう)
まるで予知の様に閃く。
そして家を出る前の光景を思い出す。
「あに様!夏休みに入ったら必ず逢いに行きますからっ」
「兄ちゃんが寂しいだろうから、終業日にはそっち行くからお迎えよろしくっ」
じゃれつきながら宣言していた妹達を思い出す。
「さて、修行の事なんだが」
居住まいを正してそう和人さんが話し始める。
「はい」
おっと本題だ俺も座り直し、姿勢を正す。
「まずは私の元で基礎を修めてもらう。」
なるほど、まあ身内の手前いきなり宿儺本人に預けられないんだろうな。宿郷は界隈でも一大勢力だそこに余所者が現れて宿郷の守り神である宿儺に弟子入りを許可するなんていくら当主とはいえ非難されるだろう。
「わかりました。」
「蒼太君の生い立ちは宿儺様より聞き及んでいる。本来宿儺様へ直接弟子入りしても問題はないかと思うが、一応宿郷一族はそこそこ大きくてね。宿儺様の直弟子には本家跡取りと、よほどの武才に恵まれた者以外は禁じているんだ。」
そう、宿郷一族は両面宿儺という妖の血が入った一族で武才に秀でた者が多い。また、宿儺が研鑽した武術:宿郷式を学び、妖や霊災関連の祓い仕事をやっており、知る人には良く知られた一族なのだ。
恐らく、向かいのビルの株式会社宿郷が母体なのだろう。
「委細承知しております。」
「そうか、では明日は日曜日で日取りも良いので、入門式を執り行うことになる。今日はゆっくり休んで旅の疲れを癒してくれ」
「入門式?ですか」
基本一族しか入門しないのだからそんな式があるとは思わなかったが、いや、一族、顔見知りだからこそきっちり弁える様にしてるのかも知れないな。
「ああ、宿郷式の仕来り、といっても宿儺様が決めたわけではなく、宿郷の祖先が決めた物でね。大したことはない。来れる弟子達に顔見世を目的とした式だ。まず私が君達の名を呼んで入門を認める。入門者はそれを受けて名乗り、今後よろしくお願いしますと礼をする。ただそれだけだ。」
俺はなるほどと思いつつも疑問を感じる。
「先ほど和人さんは達と仰いましたが・・・」
「ああ、うん、香鈴も君と一緒に入門となる。一応宿郷一族の希望者は10歳で宿郷式に入門するんだ。他にも何人かいるけれども、その時にでも顔合わせするといい」
「そういう事でしたか、では改めて香鈴ちゃんよろしくね」
「はい!よろしくお願いします」
そこまで話したところで、入りますよと声がかかり、ご老人が入ってきた。
「和人、蒼太さんの荷物が到着したようで、業者さんが待ってますよ」
「ありがとう母さん、では香鈴は蒼太君を部屋に案内してくれ、業者には私から指示をしてこよう」
「はーい、蒼太さんこちらです」
「あ、はい、すみませんお手数をおかけします」
「気にしないでくれ、蒼太君は荷物の設置場所を決めておいてくれ」
香鈴の後に続き、きしむ廊下を進んでいく。
(しっかりした造りだが、やはり昔造りの廊下はどうしても軋み音がするんだな)
家の神社を思い出し、懐かしいその音色を噛みしめて聞いた。
「こちらが蒼太さんのお部屋になります。」
カラリと襖をあけると、床の間迄ついた十二畳ほどの部屋が現れた。
「え・・・」
居候の俺にあてがわれる部屋など四畳半~六畳位の空き部屋だろうと思っていたのだが・・・・。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、思ったより広い部屋だったので驚いてた」
「ふふ、そうなんですね、お好きなようにお使いください。向かいの部屋が長女の鈴鹿姉で蒼太さんとは
同い年。奥の隣が私の部屋です。更に向かいで蒼太さんの隣になる部屋が長男の和馬で私の二つ下、更に七つ下に三女の鈴音がいますが、鈴音はまだちっちゃいのでお部屋はありません。」
「4人姉弟なんだ」
「はいー和馬は最近生意気になってきましたけど、鈴音はまだ小っちゃくてしたったらずな声でねえねーって呼んできてとっても可愛いんです。」
にぱーとまるで後光がさしているかの如く、眩しすぎる笑顔を浮かべた。
「それは逢うのが楽しみだ。」
調子よく俺は話を合わせつつ、雑談をしながら家の中を案内して貰った。
「おーい蒼太君、荷物の搬入が終わったんだが、場所を決めてくれるかね?しかし随分と少ないな?」
丁度搬入が終わったらしい。
まあ大きい荷物は本棚とベット位だからすぐ終わるな。
「本棚はここに、ベットはここにお願いします。」
服は衣装ケースで持ってきたのでそのまま押し入れに突っ込んでいく。
文机を床の間の前に置き、座椅子を置く。
「あとは本だな・・・」
「え、残りの荷物は全部本なのかい?」
「いえ、後はノートPCがありますが・・・うちの祖母には術者としては一人前と言われましたが、あくまで一般術者の中でなので、まだまだ研鑽する必要がありますから、大量の文献や書を持ち込んでいます。」
「ふうむ・・・ん?教科書やカバンが見当たらないが?」
ざっと部屋を見渡しつつ、不思議そうに和人は首を傾げた。
「ああ、学校には通いません。あの事件から俺は学校には通ってないんです。」
本棚に書籍や古い文献冊子をしまいながら、事も無げに回答する蒼太。
「は? ええっおいおいそりゃいかんよ蒼太君」
「いえ、自分は通学するより優先すべき事がありますので、正直通学で時間を消費している暇はないんです。学校社会の学力でしたら高校卒業までは終わらせてありますので」
自らの研鑽に必要なら大学に行くことは検討していたので、大学受験資格を得る場合も考えてばば様の修練中に勉学も進めていた。
この考えを変える気はないので真剣な顔でまっすぐに和人と相対した。
和人さんはじっくり俺を品定めするように正面から見据えた。
どのくらいそうしていただろうか。不意に和人さんがため息を吐いた。
「蒼太君、学校というところはね、学業を学ぶだけの所ではない。皆で学び、遊びながら社会性を育み、君たちが大人になって社会に順応して行けるよう学ぶ場所でもあるんだ。それにね、その時でしかできないかけがえのない思い出を作る場所でもある。そうやって年輪を重ねるようにして皆大樹へと育っていく。」
「そうですね、和人さんが言わんとしている事は理解できます。しかし俺には時間が無いんです。いつ奴の傷が癒えて姿を現すのかわからない・・・俺が狙われるならいいんです。でも家族を狙うのは許さない。だから一刻も早く力を身に着けたいんです。」
俺は血が滲むほど手を握りしめていた。
「蒼太君が焦るのはわかるが、それでも君の貴重な青春時代を削ってほしくはない。」
はあ、これは説得に骨が折れそうだな。あまりこう言う手は使いたくなかったが・・・
「和人さん、お言葉ですが小中高校生のいじめによる自殺者は年々増加の一途にあります。これは陰湿かつ巧妙な悪知恵で表から見えないように、酷いときは学校までが不祥事隠しとして加担する場合もあり、約五百名もの青春を謳歌するべき権利を持った命が失われており、その予備軍は60万人にも上ります。そんな場所が、果たして貴重な青春時代送るために必須の場所だと言えるのでしょうか?」
一気にまくしたて、さらに畳みかけてしまおう。
「しかも加害者共に罪の意識はなく、親までも自分の不出来な子供を庇い立て擁護する。これが今の日本の学校の状態です。人付き合いどころか勉学にすら集中できない醜悪な場所に、自己研鑽の時間を削ってまで通う意義を俺は見出せません!」
「・・・」
これから師匠になるであろう人に対して卑怯かつ極端事例で論破をしている事に罪悪感はある。
しかし、本当にそう思っていることも事実だ。
まあ俺にそんな事をしてくるようなら法律では裁けない方法で消えてもらうが。
なんとかいいくるめそうだな、と気を緩めた瞬間、俺らしくもなく気配を今更感じた。
「なんか途中からだから詳しい事は分からないけどさ、言ってること随分極端よね?それとあんた人生舐めすぎ。学校にも通わないで一足飛びに強くなれるわけないじゃん!」
熱くなっていたとはいえ、気配察知できなかった?もちろんそれは香鈴ちゃんの声ではなかった。
視線を向けると、そこにはまだあどけなさを残しているはいるものの、あと数年もすればとびきり美しくなるであろう少女が、鼻息も荒く仁王立ちして俺を睨みつけていた。