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ランクSの炎術師、引退してバーのマスターになる。やってくるのが普通じゃないお客様ばかりで困るんだが?  作者: 秋津冴
第一章

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姫巫女は大火の真相を知る 後編

 ◇


 追跡というわりにはそんなに時間がかからなかったな、とリジオは少し離れた建物の屋上からライシャをさらっていった相手を見出してそう呟いた。


「どうする?」

「さて、どうしたものかな。こんな近くに敵の拠点があるとは思わなかったな」


 てっきり戻ってくるものだと思っていた返事とはまったく見当違いの返事がやってきて、リジオはその場に崩れそうになった。

 本当に気付いていないのか?

 そう言いたくなった。


「おい……」

「なんだ?」

「誰か、はさすがに気付いているだろ?」

「ん? あの銀髪の男か?」

「おいおい……しっかりしてくれよ。炎術師……それでも元ランクSかよ」


 二人が二階から転送魔導で移動を開始して、約二時間ほど。

 その間にリジオは不明な氷の精霊の行き先を辿り、ロディマスはその後をついて移動しながら「彼」の遺した騒動の痕跡をいくつか発見した。


 ついでにその周囲に見え隠れしている、謎の獣人たち。

 数名の正体不明な一団がこちらを突かず離れず尾行していることもきちんと知っていた。

 それなりの遣い手ではあるが、いざとなればリジオを二人がかりでどうにでも対処が可能だ。

 ロディマスはその判断に従い、いまも遠くから二人を監視している彼らの気配を掴むことだけは徹底していた。


「リジオ、それは酷い言いざまだろ。あれのどこをどう見れば女に見える?」

「何?」


 神官は耳を疑った。

 あれほどの美少女が目と鼻の先でライシャと共にいるというのに、それを理解できないなんて、と。

 しかし、何かおかしいとも思い直す。


 炎術師が自分には感知できた氷の精霊の波動を見抜けなかったことといい、これには何か強力な幻覚を見せる魔法でもかかっているのかもしれないと改めて考え直した。


「男に見える?」

「ああ」

「少女じゃなく? 銀髪の」

「俺には金髪の背の高い男に見えた」


 そう答えるロディマスがとぼけているようにも見えない。

 ふむ、とリジオはどうしたものかなと思案する。

 とりあえず幻術を解こう。

 ここいら一帯には、自分と同等かそれ以上の高位の精霊と契約している何者かの魔法がかかっているようだと理解した彼はロディマスの目の前で両手を打ち鳴らした。


 パンッ。

 と、乾いた音とともに炎術師の視界が一変した。


「おいおい……。俺が幻覚かよ」


 ロディマスには一瞬だけ、世界がどこか紫かかって見えた。

 それが消え去ってしまうと、夕闇にとけこむようにして東の空から三連の月が昇るのが目に入る。 


「ランクSの元冒険者に幻覚を見せるなんて、どこの誰だ? そんな高名な遣い手がこの王都にはいたものかね?」

「多分、僕以外なら誰でもかかっていたさ。勇者や聖女様なら別かもしれないけれど」

「そんな凄腕がこの王都にいるっていうのか? 先の大戦で世界に散っていった連中、まだ戻っていないはずだがな」

「王国各地の治安維持に回されて王都にはいないはずだ。いたとしても、氷の精霊と契約してなきゃ……いや、これもわざとかもしれない」

「おい、リジオ。話が見えないぞ」


 あそこにいるのは誰なんだ? とロディマスは視線をアパートの三階の一室に泳がせた。

 そこには横になったライシャと、つい先ほど、露店で夕食を買い付けたアデルが共に座っているはずだった。


「銀髪にアイスブルーの瞳。僕らの大公様と同じような挑戦的な顔つきをされている。そんな御方だよ」

「それって、まさか」

「そう。そのまさかだね、姫巫女アデル様がおわすようだ。ついでに……」


 なぜか僕の崇める主、氷の精霊王様の加護すらも与えられている。

 リジオはそのことをまだ話すべきではないと思い、そっと口をつぐんだ。

 彼にだけ視えていたのは氷の精霊との契約だけの問題ではないと気づいたからだ。


 これは主命。

 神がリジオにそうと気付くように、アデルの補佐をしろと命じているに違いないと、神官はおぼろげに理解したからだった。

 しかし、ロディマスはそれが分からない。

 分からないというか、まさかこの王国の最高権力者が目と鼻の先にいるなんて理解ができなかった。


「危険すぎるだろ」


 ぽつりと彼はそうぼやくと屋上から階下へと続く階段へと足を運ぶ。

 ロディマスの記憶にあるアデルはまだ十歳を越えない幼い少女だった。

 男勝りで危険なことが好きなことがたまにきずだが、それでも控えめな淑女になってくれているとばかりに期待していたのだが。


「なんで現実はどいつもこいつも俺に楽をさせてくれないんだ」

「何か言ったかい?」

「……姫巫女様はこんなところに顔出しして危険に首を突っ込んだら駄目だって言ったんだよ!」

「あー……ロディマスは姫様が六歳になるまでお側で衛士を勤めていたんだっけか」


 足早に数段飛ばしで先を急ぐ元炎術師は、いまは何かベつの意味で義憤に囚われているようだった。


「そうだ! フライ様といい、ラボス様といい姫様の教育をどうして来られたんだ! まったく、常識がなってないじゃないか!」


 お前が常識を言うか?

 魔族と戦うときは嬉々として戦場で活躍していたお前が? 自分もおいそれと生意気なことは言えないが、それでもリジオにはロディマス以上の常識があるという自負があった。


「姫様をおしかりになるなよ、ロディマス。お尻にむち打ちとかもっての他だからな? もう教育係じゃないんだ」

「うっ……」


 一度、足がぴたりと止まる。

 こいつ、やろうと考えていたな? そう思いリジオは背筋に嫌な汗をかく。

 幼少期ならともかく、いまは姫巫女なのだ。

 そんなことをした瞬間、どこから神罰が堕ちるとも限らない。


「今は太陽神様の巫女様なんだからな? 自重してくれよ?」

「ああ、もう! 分かってるよ!」

「本当かなあ……」


 不安そうにつぶやきリジオはロディマスのあとを追いかける。

 数分後。

 ドアがノックされ、神器を構えたアデルが扉を開けた時。

 そこには自分に付き従う例の影たちと共に、憤怒の形相で仁王立ちになるロディマスの顔があった。


「ううわっ!?」


 ヒグマがいる。

 ロディマスを最初に見たとこのアデルの感想がそれだった。

 誰かが訪ねてくることは神器が教えてくれていたから、あらかじめ心に余裕を持つことができた。

 相手が何か不埒な行いをすれば、神器を抜いて彼らと一戦交え、ライシャと共に影たちを連れて王宮に舞い戻る気だった。


 しかし……。


「姫様。お久しぶりで……ございます」


 体長二メートル近くある金髪の大男に涙まで流され、その場にうずくまられてはアデルにも対処のしようがない。

 忘我の涙を流して「危険すぎまする」とか「もっと御身を大事にして」とかしまいには「指導者としての品格が」まで言われてはアデルもむっとしてしまう。


「誰よ、あなた!」

「お忘れですか!?」

「お忘れって……ああっ! あの時の、行列に入り込んできた……怪しげな炎術師!」


 いくらなんでもそれは言い過ぎじゃないか、とリジオも一声文句を言いたくなった。

 あの行動も姫巫女を助けようとして行ったものだったのに。

 あの時の、まで言われもしかして思い出してくれたかと喜んだロディマスの顔は途端、蒼白になってしまう。


 それほどに姫巫女の誤解は見た目はいかついが中身は純真な彼の心を傷つけていた。


「姫様! それは言い過ぎです!」

「えー……だって」

「こう見えて、彼は功労者ですよ!」

「……」


 そこまで主君に向かってはっきりと物言いをしていいものかとリジオは一瞬ためらった。

 しかし、ロディマスの名誉は守られなければならない。

 言い切った後、影たちの一人。


 黒い耳をした狼の獣人の女性から、「とにかく中へ」と促され一堂は室内に移動したのだった。







 今日のアデルさん


 熊がいた。

 いや、それはどうでもいいのだけれど。


 聞いてない。

 殿方を自室に招き入れるなんて聞いてない。

 あ……この部屋以外で待ち伏せればいいんだった。

 あーもう! どうしよう! 

 

 まだ部屋の中、何も用意できていないのに。

 王宮から持ち込んだ衣類とか出しっぱなしだったのに。

 夕飯の残りとかまだ片付けてなかったのに。

 

 全てを目撃された気分。

 最悪だわ……。




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