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ランクSの炎術師、引退してバーのマスターになる。やってくるのが普通じゃないお客様ばかりで困るんだが?  作者: 秋津冴
第一章

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姫巫女は大火の真相を知る 中編

 白銀の髪にアイスブルーの瞳。

 それはあの日、あの時。

 姫巫女の戴冠式の日に王都の中にひろく配られた意匠絵とそっくりだ。

 凛とした面持ちも、どこか子供のようにあどけない横顔も……片方の耳だけ上半分が取れてしまってないその形まで。


「……あなた、姫巫女……様、ですか? もしかして……」

「もしかしなくても、そうかも? こんな左耳した女の子なんてそうそういないでしょう?」

「あ、ああ……そんな」


 あの大男がロディマスが言っていたことは本当だった。

 獣耳をしたメイドのルルーシェが優しく伝えてくれたことは嘘ではなかった。


 会いたくて会いたくて、恋焦がれた相手が……いまそこにいる。

 父親を救えるかもしれないたった一つの頼みの綱が、そこにいる。

 もう離さない、お父さんを救うまでは必ずこの手にした奇跡を捨てようなんてしない。


 ラーゲル通り128番地306号室。

 アデルが王都における拠点にしている、姫巫女様に仕える女官たちの最下層の者が住まう寮の一室。

 その一室で、少女は長椅子から床に身を投げ出すと、深々と額を床にこすりつけて助けを請う。

 父親を救ってほしいと。

 あの大火は父親の罪ではないのだと。

 ライシャは目にいっぱいの涙をため、声が枯れる程の勢いで……アデルに思いのたけをぶつけていた。


 

 ひとしきり少女が訴えることを耳にしまいこみ、アデルは気力を使い果たしたのだろう。

 ふらっと倒れ込みそうになったライシャを自室のベッドに寝かしつけると、どうしたものかなーと声を上げる。


「炎術師と神官はまだまだだろうけれど、こんな近場だもの。氷の精霊王様のお力でもいずれ見つかるはず。その前に手を打たないと」


 ライシャの訴えはところどころ推測や知識の足りない少女の考えが混じっていて、これといった判断に欠けるものも多かった。

 しかし、それにしても十二歳の少女のいうことだ。


 普段から帳簿の管理や倉庫内での物品の出し入れも主に数字を付けて父親に確認してもらっていたという。

 そんなことを四年間も続けているというのだから、業務に関しては一人前と呼んでもいいだろう。


「魔石と魔晶石は別々に距離も離れた倉庫同士で厳重に管理されていた、か」


 普段、利用している鉱石ランプ。

 夕方にもなり薄暗くなってきた室内に灯りを灯したとき、その中に使われている燃料のことになんてアデルはこれまで興味を持たなかった。


 ただそこにあって、煌々と輝くものだ。

 その程度の認識しかなかったのだ。

 魔晶石の中にはバーレーンの地下から採掘される月の光を凝縮した鉱石、ブラウディアが使われていることも知っていた。


 だからどうした、というのがそれまでの感覚だった。

 ブラウディアと魔石の配合を変えることにより、各販売する商店ごとに決められた波長の光を放つ魔石を調合しているなんて、ラボスでも知らないに違いない。


「なるほどー……。それを問い詰めたら、あるいは……」


 しかし、あの大火で魔晶石の多くは失われてしまった。文字通り、焼失していたのだ。

 これから調査をするとしても……すでに武装警察が動いているならその程度の調査は行われているだろうとアデルは思ったのだ。


 ただ、ラボスを通じて取り寄せた書類。

 ライシャの父親に対する調書と、それ以外の関係者を調査したもののどれにも、そんな魔晶石の配合については載っていなかった。

 調査漏れか、あるいは誰かが故意に載せなかったのか。

 もしそうなると随分、上の身分の誰かが関わっていることになる。


 武装警察は独立した機動力を与えられた特別組織だ。

 王宮関係者でも、よほどの上位でなければ命じることができないほどに、彼らは自由だった。


「誰かなー悪いことしてるの」


 神聖なはずの神殿を含む王宮が、夕闇のなかで悪魔に魅入られたごとき美しさを醸し出している。

 あんな荘厳なものはいらない。

 ここに困っている一市民がいるのに、なにが儀礼だ、なにが神への忠誠だ。

 アデルはそう思うのだ。


 どことなく気分がもやっとしたから、下の大通りに出ている出店から何か食糧を得ようと街中に足を向ける。

 ククリ刀は室内においてきた。

 いざという時、ライシャの助けになるだろうと思ったし、それほど長い時間空ける気もなかったからだ。


 鶏肉の串焼きや、昼間に焼かれたパンの売れ残り、卵を閉じたスープを小さいカップのようなものに入れてもらい、蓋をして手に籐製のバスケットにそっと並べていれた。

 他に何かいるかなーと考え、好物の魚のパイを購入したところでそれは、ふと耳に入ってきた。


「あの夜もこんな不気味な月だったなあ?」

「まったくだ。まさか大火になるなんてなあ……倉庫には大して魔石が無かったって話なのによ」

「それだよ。警察も衛士も誰に言っても信じてもらえねー。あまり言いすぎるとこっちが疑われるからなあ。ま、しょーがねえよ」

「違いない。俺たちまでお縄になったんじゃたまったもんじゃねえからなあ」


 屋台の側に作られた簡易的なテーブルで酒を酌み交わし、二杯ほど飲んだ男たちはそれだけ口にすると食事を胃に収めてどこかへと消えてしまった。

 跡を追うべきかそれとも……。

 悩んで動けずにいたアデルの視界の隅を、誰かがこくりと頷いてあとを追う気配がする。


 振り返るとそこに見えた後ろ姿は、故郷のバーレーンからついて来てくれた彼女専属の影の者の一人。

 護衛兼監視も兼ねている獣人たちの一人だった。


「あーあ……やっぱり好き勝手はできないか……」


 ここは彼らに任せよ。

 アデルはふう、と大きくため息をつくと自分の拠点に戻るべく足を向けた。

 部下、ね。どれくらいの人数がこの王都にはいるんだろう。

 ふとそんな質問が頭に浮かんでくる。


 宮殿内に入れなくても、王都内で行う活動は様々なものがある。

 政治の中心に座れば、彼女独自の政府機関、姫巫女庁とでも呼ぶべきものを作り、運営しなければならないのだ。

 新たに雇い入れた人員は四百名。


 それらを管轄する乳姉妹エミーナは大変だなあ、とアデルは思いつ部屋の扉を開けた。 

 ライシャを起こし、食事をテーブルに並べる。

 少女はまた寡黙に戻ってしまっていまは話しを聞けそうになかった。


 アデルはやれやれと肩の荷を下ろすかのように、ライシャを座らせた長椅子のひじ掛けにだらしなくしゃがみこんだ。


 きっと今頃はエミーナがこってりとラボスに絞られているんだろうなあと身代わりをしてくれたことを感謝しながら、自分もお腹が減ったから食事をとることにした。




 今日のラボスさん


 ぬっぐおれっ!

 姫様め、まさかこの爺の目をあざむいて王都に出向くとわ何事か!

 まあよい……。

 こんなこともあろうかと、氷の精霊王様と話し合ってあの神器を授けて頂いたのだから。

 当人は大空を舞う自由になった鷹のつもりかもしれませんが。

 こちらからしてみれば、透明な籠の中を飛び回る野鳥のひなのような物。

 どこにいようと手に取るように……。

 

 ああ、でも。

 あまり過保護にすると、昔のように「爺、大ッ嫌い!」とか言われたらどうしよう。

 はあ……どうしてこんな問題児を姫巫女様に選ばれたのですか、太陽神様!

 あまりに手に余るようでしたらお恨み申し上げますからな!

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