ダンジョン編-44
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衝撃だった。
フィオレは何が何だかわからなかった。
フィオレが、彼女が武神様と呼ぶ相手と会ったのは、一年以上前のことだった。
レベルを上げる為手頃な獲物を探して、王都の郊外を歩いていると、なぜか盗賊団に囲まれて一緒に酒を飲んでいる中年男性を見かけた。
街道からは少し外れた森の中である。
盗賊団は二十人ほど。すっかりできあがっていた。まるで犯罪者であることを忘れたようにバラバラに座って楽しく酒を飲んでいる。真新しい武器も放り出され、一見盗賊団とは見えないほどだ。
一方、座の中央で首領と乾杯をしている小太りの中年男性は足は縛られているが手の戒めは外され、盗賊団と一緒かむしろさらに楽しげに飲んで歌っていた。
何が起こっているのかはわからないが、盗賊団は間違いなく盗賊団である。まだ被害はないらしいが、襲われて護衛があっさりと撃退したという隊商が情報をもたらし、手配書も作成中のはずである。王都に比較的近いので、被害が出ないうちに騎士団による追討が行われる頃合いという噂だった。
始めたばかりの初心者であっても手配書が出る以上賞金首である。
さて、とフィオレは考えた。
このまま盗賊団を全て倒してもいいのだが、今捕まっている奴がいるならば、そいつから謝礼を受け取ると二度美味しい。
ところが、盗賊団の首領と思われる一番大柄の男が、
「じゃあ、戻るか。そうだな。盗賊なんて人に迷惑掛けるのはやめよう。戻ってもう一度、この大地と勝負してみよう。今度は死ぬ気で」
「そうだよ、それがいい」
小太りの男が頷いた。
「ビガだったらできるさ。あとみんなも。俺も後から行って手伝うよ」
「頼むぜ。しかし俺たちはお前に会えて良かった。ギリギリで道を間違えなくて済んだ」
ビガと小太りの男はガシッと抱き合った。その勢いで、足を縛られている小太りの男は「おっとっと」とよろける。
「忘れてたぜ。そいつも外さないとな。おい!」
ビガの命令に部下が小太りの男の縛めを外した。
「大丈夫だったか?」
「あー、うん。大丈夫だ。このままだったら帰るのが大変だったから思い出してくれてよかったよ」
「何言ってやがる。もう俺たち友達だろうが……じゃあな。元気でいろよ」
「そっちもな」
名残を惜しむようにもう一度握手を交わし、それから盗賊団は荷物をまとめ始めた。
「剣はもういらないかな」
「馬鹿、持って帰って溶かして鍬にしろ。そう言うのだってただじゃないだろ」
どう考えても盗賊団の引退式である。
盗賊団と元盗賊団であれば、賞金額は変わる。まだ被害を出していない一味であればなおさらだ。
思いがけない展開にフィオレは少し慌てて、
「待ちなさい!」
と進み出た。そして、いぶかしげな顔をする盗賊団と小太りの男の前でフィオレはいきなり旧神の加護を召喚した。
捕まえたあと、被害者であるはずの小太りの男が余計なことを言えば、賞金額は変わる。最悪出ない。何しろ政府としては出さなくていいのなら出したくないに決まっているのだ。
だからフィオレは哀れな小太りの男ごと皆殺しにすることに決めた。
死体ならば、盗賊をやめるつもりだったとかそういう余計なことは言わないのである。
武器を鞭に変え、大きく振りかぶり全員の身体を上下に分断しようとした瞬間、天地が逆さになった。
気づくとフワリと地面に寝かされていた。
何が何だか分からなかった。
手首が誰かに握られている。
その手首からたどっていくと付いていたのは先ほどまで盗賊団に捕まっていた小太りの男の顔だった。四十歳くらいに見える。手のひらはざらざらしていて農作業をし慣れた農民の手だ。顔も日に焼けていて、間違っても貴族には見えない。表情もなんだか捉えどころが無いふわっとした感じで、お世辞にもかっこいいとは言えない。
だがその彼が何かをして、そして自分は地面に横にされていることだけはわかった。
舌打ちとともに跳ね起きようとして、再びくるりと世界が回った。
同じ場所に狙い澄ましたように同じ格好で寝かされる。
「だ、大丈夫かい?」
首領が心配げな声を上げた。
「あーうん。こっちはなんとかしておくから、行っちゃっていいよ」
「そうか……すまんな。この礼はいつか、な!」
「ああ、気をつけてね」
盗賊団がざわめきとともに遠のいていく。
「くそっ!」
立ちあがろうとして同じことの繰り返し。
どうやっても何をやっても立ちあがれずに同じ場所に寝かされるということを七回繰り返したあと、八回目でなぜか立ちあがることが出来た。
立ちあがって大きく飛び下がったフィオレは既に疲れ切っていた。肩で息をするフィオレの前で、中年の男は汗一つかいていない申し訳なさそうな顔で、
「もう、行っちゃったからいいよ。なんかゴメンね。あれ? ビガにもしかして用事があったりした? いきなり斬りかかったからなんか止めちゃったけどマズかったかな」
フィオレは笑みを浮かべた。悔しさと強がりが混じった笑みだという自覚があったが気にしなかった。
「……そっちはもういいわ。むしろ貴方に興味が出てきた」
「え? え?? ……えっと、それはどういう……?」
「何者?」
「何者って……」
「その技は何? ま、いいわ。イライラもしてるしストレス解消に今から私は最大の攻撃を放つ。できるものなら何とかしてみなさい」
「え? え? マジで? ちょ、ちょっと待って」
「いやよ。待たない」
それからフィオレはあらゆる容赦あらゆる遠慮、そして全てのリミッターを捨てて一撃を放った。残った全魔力を込め、小さな要塞ならば消し飛ばすほどの威力を持っていたはずのそれを、中年男はあっさりといなした。込められたエネルギーは轟音を伴いながらあらぬ方向に飛び、はるか上空の雲を散らした。そのままフィオレはMP切れで気を失った。しばらくして目を覚ましたときに心配そうにのぞき込む中年男と目が合った。フィオレが目を覚ましたことに中年男は心の底から安堵した顔で、それでも心配を感じさせる声音で「大丈夫かな?」と訊いてきて、それに対してフィオレは苦笑とともに「……私の負けね」と答えた。
「いや、負けとか勝ちとかそういうことじゃなくてなんていうか、あーくそ。うまく言えないなぁやっぱりまだ女の子に慣れてないし、こんな時にどうするべきか誰か教えてください」
「女の子って言ったって私はいい年よ。そろそろ年増扱いされてもおかしくないくらい」
「そんなことないよ。女の子は女の子だろ。それに女の子がそんなこと言っちゃダメだ……ってエレナさんなら言うんじゃないかな。ごめんあまり詳しくなくて」
うろたえる中年男になぜかおかしみを感じた。あとで聞くとMP回復には丸一日程度かかったようで、その間ずっと、中年男はフィオレの傍らで、フィオレに触れもせずフィオレを守りながら目を覚ますのを待っていたのだという。
そのあと、なんとか頼み込んで、フィオレを転ばしたその技を教えてもらった。三日しかない、ということだったがそれでかまわなかった。中年男が先祖から伝えられた『アイキ』という技らしい。力を流れとして捉え操る技術だという。力を最重要視するこの世界の武術とは異なる体系だったが必死に覚えた。「筋がいいんじゃないかなぁ」という程度に覚えたところで、中年男は去った。最後まで名前を聞かなかったし言わなかった。訊けばいなくなってしまう気がしたのだ。それほどフィオレにとってその中年男はふわふわとしたどこか浮世離れして実感が持てない相手だった。名前がなくて面倒なので、フィオレは勝手に武神様と呼ぶことに決めた。
武神様がいなくなってから、フィオレは気が抜けたような日々を送ることになった。今まで目的としていたレベルを上げることの意義を見失ってしまったのだ。レベルを上げてもどうにもならない相手がいる。パワーだけ増えても当たらなければ意味が無いことに気づいてしまった。武神様がいなくなったことで、次に進むべき方向がわからなくなった。せめて名前を聞いとけば良かったと悔やんだ。名前がわかっていれば、探し出す術はあったかも知れなかった。
唯一、名前がわかっている盗賊団の首領だったビガを探し、こちらは何とか見つけ出したが、すっかり開拓民に戻っていたビガは、
「あいつかぁ。いい奴だよな。あいつと飲んだ酒はうまかった……だけど顔見せないんだよ。ったく薄情な奴だぜ。だが、まぁあいつのことだからどうせどっかで誰かを助けてるんだろうぜ」
と健康な汗を拭きながら明るく言われた。そして、武神様から栽培を進められたという小金瓜をご馳走してくれた。
すっかり毒気が抜けていたビガを今さら騎士団に突き出す気にはなれず、フィオレは礼を言って帰った。
それから、武神様のことは諦めて日常に戻った。張り合いのない、ただ生きるだけの日々。それでも、武神様から学んだことを毎日反芻し、日々技に磨きを掛けていた。
その武神様が目の前であほ面下げて寝ている。
瞬間、胸にさまざまな思いが沸き起こった。
再会の喜びだけではない。怒りや困惑などあらゆる感情がぐるぐると渦巻き煮詰まり逆巻く。その複雑な感情は今までフィオレが感じたことが無いものだった。
そもそも、ヤジットという人間が武神様であるならば、武神様はつまりエレナ王女の想い人と言うことになり、それはいったいどういうことなのか。色々な話を総合する限り、ヤジットは勇者パーティの要らしい。確かにそう言われて納得できる強さを持っていた。だが、その勇者パーティの要でエレナ王女の想い人がなぜ一人であそこにいたのか。そしてなぜ盗賊団に捕まりそのあと酒を酌み交わしていたのか。
何から何までわからなかった。
フィオレの頭の中を埋め尽くす無数の感情で動きが止まる。
そのまま数分間。
「ヒィ!?」
オーバンの悲鳴に似た声がようやくフィオレの呪縛を解いた。
振り返ると扉に亀裂が入っていた。
亀裂から金属音が聞こえてくる。
外のガーディアン達は今は打撃だけではなく、押し広げようと凄まじい圧力を掛けてきているようだった。
「いやぁ、マズいですねぇ」
頭髪もないのに頭をかきながらサッチャンが言った。それから周りを見回し、
「このままじゃあ皆殺しになっちゃうなぁ」
と困ったように呟く。フィオレは素早く周囲を確認する。あまりにも狭い。ここにガーディアンが殺到すれば一体一体は何とかなったとしてもすぐに身動きが取れなくなる。そして、待っているのは全滅だ。突破しようにも、通路も全てガーディアンがひしめいている状態で、どうしようもない。
つまり万事休す。
おそらくその事実をこの場にいた全員が理解した。フィオレとオナシスは唇を噛み、デルトナは無表情。一方、オーバンはへなへなと座り込み、フィッタは唇を噛んだ。
それだけ重たい現状認識だった。
何しろ一行の全滅だけではない。人類にとっても災厄が続くことを意味するのだ。
エレナ王女だけが違った。
エレナ王女はサッチャンの方を向き、
「何とかする方法はないのですか?」
「いやぁ、難しいんじゃないかなぁ」
エレナ王女はそれでも自信ありげな笑みを浮かべてこう訊ねた。
「……ヤジット様でも?」
「あー。ヤジットさんなら何とか出来ると思うけど、なにしろghjkl;:だからね。でもMP切れで寝ているのならどうしょうもない」
サッチャンの返事に、エレナ王女は心の底からホッとした顔になった。
「ヤジット様が何とか出来るのなら大丈夫です。ヤジット様は私たちを決して見捨てませんから」
それからエレナ王女はヤジットに近づき、その顔を覗き込んだ。
聖なる慈母が嬰児を見つめるようなどこか神々しさを感じる光景に、扉が軋む音、扉に堅いものがぶつかる轟音が瞬間遠のいた気がした。
エレナ王女は微笑みを浮かべ、ヤジットの頭を優しく撫でながら呼びかけた。
「……ヤジット様そろそろ起きてくださいな」
ヤジットは外的刺激に、「うーん」という寝言とも覚醒寸前とも付かぬうなり声を上げるが、すぐに再びむにゃむにゃと口を動かし、熟睡に戻る。MP切れは根深いようだ。
再び扉を引き裂こうとするメキメキという音が室内に響いた。正確にはずっと響き続けていたことに改めて気づかされた。
亀裂が徐々に広がっていく。
時間がなかった。
「姫様は何とか彼を起こしてちょうだい。私はこいつらを食い止める」
ガーディアンが扉の向こうから攻撃肢を亀裂に差し込みかきむしる。扉の破片が落ちた。亀裂は広がり続け、ついに人の頭ほどの大きさになった。
ガーディアンの一体が躊躇無く頭をその穴に突っ込んできた。
ニュッと突き出た頭がゆっくり動き、紅い光を放つ眼が部屋の中を睥睨する。
フィオレはその頭に剣を突き込んだ。
スキルによって強化された剣先は、金属のガーディアンの頭にずるりと滑り込んだ。
ガーディアンが金属音のような悲鳴を上げ、断末魔の動きで暴れる。
亀裂がさらに広がった。
死んだガーディアンはすぐに取り除かれたが、ヒビは扉全体に広がり、ついに扉が自壊を始めた。
「もう保たない! 来るよ!!」
エレナ王女以外の全員が戦闘態勢になる。
オーバンも恐怖の表情を張り付かせたまま、必死に武器を手にした。
フィオレは無表情に短剣を逆手に持って胸元で構える。
武器を持ってない者達はそこらに落ちていた棒を持って構えた。
ガーディアンの一撃で、扉が完全に崩れ落ち、ガーディアンが次々と部屋の中に飛び込んできた。
そんな中、ただ一人フィオレの警告を聞いたのか聞かないのか、エレナ王女は優しい表情のまま、眠りこけているヤジットにさらに顔を近づけ、
「起きてくださいな、朝ですよ?」
そう言いながらその唇に接吻した。
その瞬間だった。
「え? あれ? うお??」
ヤジットが跳ね起きた。
周囲を見回し、驚いた表情のまま覚醒したヤジットは慌てて結界魔術を起動。
ガーディアンの部屋への侵攻が停止した。
読んでいただいてありがとうございます。次回更新は25日(火)の予定です。




