ダンジョン編-42
@
フィオレを殿に残して先を進むエレナ王女一行の一人であるオーバンが少し怯えた顔で後ろを振り返り、それから
「いやぁ、あの姐さん、思った以上に男気がありますねぇ」
とホッとしたように言った。
その言葉に全員がイラッとした。
なぜだろう。言わなくていいことを言ってはいけない形で言ったことへの怒りだろうか。同時によくこれでやっていけるな、という驚きもある。つまり社会性がないことへのいらだちだ。
オーバンははマクダフ王子の命令で強制労働ダンジョンに潜入していたのだという。潜入捜査を命じられるくらいだから、さまざまな技能に優れており、能力も高い。実際、対巨大ガーディアン戦でもそれなりに活躍し、今回のダンジョン侵入もかなりの体力勝負だったが、難なくついてきた。
だが、この性格はどうだろう。
思ったことをそのまま口にする世間知らずの坊ちゃんのような印象だった。
近衛騎士団は貴族の子弟が多く、そのためほかの騎士団より厳しくないのは事実であるが比較の問題で、当然軍隊だから規律が求められる。とてもこの性格で先輩や部隊長に許されるとは思えない。叩き直されるか、無理なら放逐されているはずだ。
これが許容されているのはなぜだろう、と皆歩きながら疑問を覚える。
実際は、オーバンが呪いのせいで『印象が薄い』存在であったため、これまであらゆる発言を聞きとがめられることがなかったからに過ぎない。
だが、残念のことにすでにその呪いはヤジットによって解かれており、今オーバンは生まれて初めて、むき出しの性格をさらしているのである。
言わば安全装置が外れた危険物なのである。
そんなオーバンは歩きながらブツブツ文句を言ったあげく、
「それにしてもめんどくさいですね。まぁ、俺を助けてくれたらしいから、あんまり言うのもあれですが、放っておけばいいのに、とか思っちゃうな。ってか、助けに来ようとした今の段階で、助けてもらった恩を返済しちゃってないですか? あれ? 実は無駄?」
さすがにカチンときたのか、エレナ王女が冷たい視線をオーバンに向けた。
「……どういう意味でしょう?」
「え? 今の独り言なんですけど、独り言なのに理由が必要ですか? 独り言ってそういうものでしたっけ?」
最後の言葉が終わる前に、影が動いた。
オーバンも武芸を収めているが、影は武芸と言うよりは、舞に似た滑らかな動きで、オーバンの懐に入り込み、短剣をオーバンの喉に擬す。エレナ王女付きの侍女フィッタであった。
氷のような冷たい口調で、
「殿下への無礼、これ以上は許容できません」
前を歩いていたユーインが頷く。
「直せるからやっちゃえ」
オーバンは喉に触れている短刀を見て、なんだか嬉しそうに言った。
「あれ? 俺、怒られてます?」
「当然です」
「フィッタ待ちなさい」
「しかし、王族への配慮をかけた行動は私の職務規程としても排除の対象です」
「うわぁ、すげぇ真面目な人だ。しかもめんどくせぇ」
「殺します」
「あ」
ユーインの声に皆そちらを向く。
ユーインが指さす壁にはなぜか扉が付いていた。床よりも五十センチほど高い位置で、このダンジョンが大きく変形したのであろうことがわかる。
「残念。姫様、ここ」
フィッタが舌打ちして、短刀をしまった。オナシスが「お嬢様ーー団長を連れて参ります」と離れる。
「いやぁ、危ない危ない。やられる前に着いてよかった。エレナ王女って思っていたよりずっと怖い人だったんだなぁ。イメージと違うんだけど」
懲りないオーバンは文句を言いながら軽やかな動作で飛び上がり扉を開けて入った。その直後、
「……え?」
固まった。
「邪魔」
続いて入ったユーインが入ったところに突っ立ったままのオーバンを半ば突き飛ばす。
押されたオーバンは何かを凝視しながら前によろけて、
「ぎゃああああああああああああああああああ」
魂消る悲鳴を上げて、こけつまろびつ必死に逃げる。
そのあまりの有様に、皆に緊張が走った。
フィッタは続いて入ろうとするエレナ王女を急いで止める。王女に危険が及ぶことを避けるためだ。
「うるさい」
壁際で震えているオーバンに冷たい声でユーインが言った。
「い、いや、だってそこに……」
「あ、ユーイン様。心配していましたよ。まぁ我々の方が危機的状況ではあったと思いますが」
ユーインに声をかけたのは司祭服を着たザンエである。
「いろいろあった」
「ふぅ……ユーイン様はいつもそれです。これでは世話係が大変です。いい機会だから言わせてください。あのですね」
「拒否する」
「いーえ、今回ばかりはーー」
「そういう話はあとにしてください。ユーインさん、状況を伝えてください。何がどうなっているのですか? ダンジョンがすさまじく揺れて、とんでもないことになったんですが」
「……なんか僕のせいですみません」
「だからさ、司教さんはやり方が悪いって、こう言うときはな、まず褒めるんだよ。それからうまいことこちらの意見に誘導するってのが正しい。儂はジラン相手はそうやってたよ? ジランってのはケイモの父親でーー」
「ヤジットはまだ寝てる?」
「あー、ヤジット殿はまだ寝てらっしゃいますが、トンミさんは目を覚まされました。とにかく外部と連絡を取らなければ……」
「ちょっと待ってくれ!!!!!!!!!!」
全員の視線が絶叫の主であるオーバンに向いた。
「なんでみんな無視するんだ!!!? そ、そこにーーー」
息をのみ、震える指を先ほど凝視していた対象に向け、それから叫んだ。
「ガーディアンがいるんだぞ!!!!!!」
全員の視線が、オーバンから彼が指さす相手に向かった。
銀色の姿の人型の『彼』は、恥ずかしそうに、
「いや、一応言っておくと僕はガーディアンではなくサブコアです。ガーディアンより偉い立場です。サブコアのサッチャンと呼んでください。ヤジットさんがそう呼んでくれたんで」
それから、サッチャンは扉を指さし、
「それからさっさと入って閉めた方がいいですよ。僕がここにいるって、バグが気づけばガーディアンたちが排除にやってくるはずですから」
読んでいただいてありがとうございます。次回更新は18日(火)の予定です。




