ダンジョン編-12
強制労働ダンジョンのカルアロイ所長は大いにうろたえていた。
囚人達の反乱、その一報が彼の元に飛び込んできたのは、秘書であるマルガリータとの情事を盛り上げるためにワインを選んでいるところだった。
カルアロイ所長は所長室の地下にワインカーブを持っており、そこに秘蔵のワインをストックしている。
カルアロイ所長自身もワイン好きだが、マルガリータは酒に弱くしかも酔うとかなり乱れる質だったので、酔ったマルガリータと楽しもうとわくわくしながら選んでいたのが、思わぬ凶報にワインを取り落としてしまった。
幸いそれほどの高さでもなかったおかげかワインの壺は割れず、カルアロイ所長は壺を拾い上げヒビがないことを入念にチェックしたあとそっとカーブの棚に戻し、それから何かが切り替わったように慌てて振り返った。
「ど、どういうことだ!? 看守たちは何をしている!!? それが奴らの仕事だろうが!」
「そ、それが……囚人どもは思いがけず強力で……看守では抑えきれずいったん撤退しております」
「なんということだ……なんということだ……」
カルアロイは呆然とつぶやき、それからハッと何かに気づき、
「囚人達は、な、なにを求めているのだ? 反乱など暴力的な行為に依らなくても話し合いに応じようではないか。場合によっては要望を聞いてやってもよい」
「それが……その……」
「料理の質を上げろというのであれば、応じてやらなくもないぞ? 一週間に一度、肉のスープをつけようではないか。どうだ? 大盤振る舞いだぞ?」
「囚人どもの言うことはまったく意味が分からず神だのどうだの……」
神……だと?
カルアロイ所長は息を呑み、それから囚人達が狂気に堕ちたと判断した。想像する。聞くところによるとダンジョンは壁自体の発光しか光源がない常闇の場所だという。だとすると囚人達はほとんど一日中暗闇の中にいるわけで、暗闇の中でおかしくなっても不自然ではない。
そして、狂人は思いがけない馬鹿力を発揮するという。
囚人達の人数は百人程度。一方、看守は三十人だ。戦闘訓練を受けた看守が押し負けたというのは、狂人のパワー故かも知れない。
だが、幸い強制労働ダンジョンはそもそも監獄であり、幾重ものセーフティが掛けられている。
ダンジョンの出入り口である地獄門から五重の防御機構が構築されているのだ。それぞれ地獄門から近い側から一の門、二の門、三の門、四の門、五の門と呼ばれている。
これは囚人に対して、というよりはダンジョンからあふれ出る『脅威』に対するためのものだったが、それが役に立つ日が来たわけである。
防御機構は門によって跳ね橋であったり、虎口形状であったり、護りやすく攻撃しづらい要塞の構造を取り入れ、そう簡単に突破できないようになっている。
狂人であっても、いや狂人であればこそそう言った工夫に対しては弱いはずだ。
そして狂気が落ち着けば、プロフェッショナルである看守がすぐに優勢になるだろう。
そこまで考えカルアロイ所長は少し心が落ち着いた。
狂気に陥るまで苦しんでいる囚人達に少しだけ同情的な気持ちになった。
「……で、一の門は破られたのか? まぁ、なら馬鹿にしてはがんばったという事で囚人達の食事に週に一度、肉を差し入れてやってもいいかもしれんな……」
「いや……その……」
「一の門がまだだというのなら、食事は変えられないぞ。さすがにそれは甘やかしすぎだ」
「……」
「どうした? なぜ黙っている?」
「三の門まで奪われております」
「!?」
「ば、ばかな三の門なら所長室まであと一門しかないではないか!?」
「はい。なので直ちに待避を……」
「わ、わかった。週に一度フルーツをつけようではないか。いや、ワインを週に一度一人一杯。これでどうだ!? これならさすがにダンジョンに戻ってくれるだろう?? 私でもダンジョンに行きたいくらいだ」
「……もはやそういう問題ではないようです。直ちに待避をお願いします」
カルアロイ所長は全部冗談だったというわずかな望みに賭けて、自分の部下の顔を伺った。だが、完全に果てしなくシリアスで、カルアロイ所長はギクシャクとした動きで回れ右をした。
それから、
「す、すぐに父上に連絡しろ! 囚人を外に出してはならん! 責任問題になるぞ!!」
走りながら命じた。
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