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ダンジョン編-6

 シュタフはこの職場に来てから二百十八回目の舌打ちをした。

 監査官は、政府の機関がちゃんと機能しているか監視するために作られた役職である。エレナ王女が三年前に作った組織だ。部署に所属している人間は現在十名。八面六臂の活躍で、国内のさまざまな機関に送り込まれている。エレナ王女の改革の根幹を支えていると言ってもいい。

 監査官は、権力を持ち民を虐げる可能性があるあらゆる機関に対して、調査監督する義務を持つ。その方法は、機関の職員として潜入、である。

 シュタフは現在二十五歳。金髪で細い体つきで貴公子然とした容貌だが、常に不機嫌そうな顔をしているため、周囲に人は寄りつかない。

 またこんな不機嫌そうな人間が監査官だとは思われないようで、今のところ立場がばれたことはなかった。

 そんなシュタフが今いるのは強制労働ダンジョンと呼ばれる監獄だ。監獄ではあるが、死刑執行機関も兼ねている。

 死と隣り合わせの厳粛な職場ーーであるはずだった。だが、実際は違った。怠惰と悪意と汚職がまかり通る悪の巣窟だった。

 基本的にダンジョンそのものには看守達は関わらない。囚人達のみでコミュニティを形成させ、食料や衣服、武器などどうしてもそのコミュニティ内では確保できないもののみ、外部から供給するシステムになっている。だが、そこにさまざまな問題があった。

 まず、供給物資に関して囚人達の選択権はない、と言うことである。そのため一方的に看守側がその質を決めることが出来る。

 さらに、相手が囚人と言うことで、ダンジョン攻略用の武器は渡してあるが、常にそれ以上の完全武装で接するため、自然、看守は相手に圧力を掛け続け相手を嘗めることになる。

 結果が、囚人達を人とも思わず、看守という立場を仕事とも思わず、日がな仲間内で博打をしながら過ごす、という体たらく。出すべき書類の数字は適当で、物資の管理もいい加減。

 そして、貴族の出で、優秀なつもりの所長はおそらく何も見えていない。

 暗黒街の孤児出身のシュタフが見るところ、看守達の半分近くは犯罪組織の関係者だった。この強制労働ダンジョンに配属になって博打の味を知って犯罪組織に関わることになったのか、それとも犯罪組織の人間のしのぎのひとつとしてこの仕事が斡旋されているのか。

 いずれにせよ、シュタフの経験の中でもここは最悪と言っていい。

 エレナ王女に報告すれば、一から十までゼロリセットされそうな腐敗機関だ。

 シュタフはエレナ王女を思いだし、彼には珍しく片頬に笑みを浮かべた。

 思い浮かべただけで少しだけ心が軽くなる。舌打ちとまるで逆だ。

 エレナ王女はシュタフにとって主人以上の存在である。彼を暗黒街から救い出し教育と仕事を与えてくれた恩人であり、崇拝する天使であり、倫理の基準となる神であった。

 だからシュタフはエレナ王女の正義を実現するためにいっさい骨を惜しまない。

 まず腐敗の証拠を集め、それをエレナ王女に届け、エレナ王女の断罪を待つ。

 それがシュタフの生きる意味なのである。

 幸い、看守達は基本的にずっとダンジョンを取り囲む壁の一部を改造した詰め所と呼ばれている場所に集まって博打をしているため、シュタフの行動を邪魔する人間はいなかった。

 シュタフは心置きなく、書類を確認し続け、着任わずか二日で一定の証拠を集め終えた。

 物証はある程度揃い、一部心ある看守からなんとか証言を取るために接触を図ろうと、詰め所に近づいたところ、昔何度も聞いた人間の声が耳に届いた。

 彼が十歳まで育った暗黒街に満ちていた意味を持たず言葉にならない声ーーうめき声だ。

 シュタフは足を速める。

 角を曲がり、詰め所を出たところ、ダンジョン側との唯一やりとりできる虎口と呼ばれる部屋に、三人の看守が集まっていた。

 全員武装をしている。この虎口を使うときの規則に則っているのでそれ自体は問題が無い。

 問題は武装した彼らが見下ろす床の上にあった。そこにボロクズのようになった一人の人間が倒れていた。


「何をーー何をしているのです?」


 思わず声を上げていた。

 シュタフに気づいた看守の一人がこちらを向く。明るい口調で、


「あれ? 誰かと思ったら最近来た内勤さんか」


 シュタフの立場は、この監獄の事務仕事を行う「矯正官」ということになっている。この職場では「内勤」として馬鹿にされているが、公式な立場は矯正官の方が上だ。看守は矯正官の指示に従う必要がある。


「いいから答えなさい! どういうことですか!?」


 言いながら、虎口の鍵を開けた。

 看守の中で一番年かさのニールスという男が、ニヤニヤ笑みを浮かべながら答えた。


「躾ですよ。躾」

「馬鹿な! これほどまでひどいことを!!」

「放っておいてもどうせ死ぬんだ。少しでもまともになってから死ぬんだったらいいでしょう」

「囚人の分際で薬が欲しいとかほざくからだよ。ポーションとか使える立場か」


 別の看守が舌打ちしながら答えた。

 とにかく状態を確認せねば。

 シュタフは虎口に入ると三人に暴行を受けたと思われる囚人に近づき、服が汚れるのも厭わず抱き上げた。


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