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マンドラゴラは夢を見る◆鉢植え落としてポーション革命!◆  作者: ナユタ


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5-7   老婦人は(まったく)自重しない。


 店の奥に通された僕達はアンティークだが上等なテーブルと椅子の用意された客間で、不思議なご婦人とティータイムをご一緒することになった。


「うーん、早速だけれど貴方達、この街の人じゃないわねぇ。旅行者かしら?」


 華やかな香りの紅茶を注がれたカップをふっくらとした女性から受け取りながら、老婦人は小首を傾げてそう言った。見えていないはずの老婦人は危なげなく、カップの持ち手をを親指と人差し指で摘まんで持ち上げる。


 ――優雅な動きだ。それだけでこの老婦人が元々はかなり裕福な家の出身者だと分かる。孤児や低所得の家であれば、ここまで日常生活に困らないほどの動きを教えることは出来ない。家庭教師に教えられたのであろう、教本のように完璧なマナーだった。


 仮にこの世界が朝なら、彼女の世界は夜だ。しかし朝に生きる人間が多いからと彼女を気の毒に感じることはない。そんなものはただの思い上がった多数決の問題で、逆ならばこの世界の人間は気の毒だろうか? 


 ――恐らくだがそれは違う。


 彼女の生きる夜の世界は僕達には見えない。それと同じことだ。そして彼女の愛した“彼”の世界は、きっととても美しい。


「えぇ、そうです。良くお分かりになられましたね? ミセス……」


「オリヴィエよ。あぁ、だけどミセス・オリヴィエだなんて長ったらしく呼ばないで、気軽にリヴィーと呼んで下さいな。それに匂いがこの街の人と違うからすぐに分かるわ」


 さも当然だという風に笑うリヴィーに「なるほど、そうでしたか」と相槌を打つ。満足そうに頷いた彼女は、横に立つふっくらとした女性を指して自己紹介を続ける。


「不肖の弟子はヘンリエッタよ。気の良さだけならこの街で五指に入るわ」


「……先生ぇ、そこは“気立ての良さ”にして下さいよぉ」


 どこまで本気なのかミセス・オリヴィエことリヴィーは、ざっくばらんな発言をする師匠に情けない声を上げて抗議する弟子に対して「あら、嘘はつけないもの」と楽しげにその肘をつついている。


「丁寧な自己紹介をありがとうございます、 リヴィーにヘンリエッタ。こちらの自己紹介が遅れて申し訳ない。僕はヘルムート。こちらは僕の助手を勤めてくれているパウラです」


「ただいまご紹介に預かりました、パウラと申します。リヴィー、ヘンリエッタ、以後お見知りおきを」


 そうリヴィーとヘンリエッタに向かって淑女がするような可愛らしいお辞儀をする。メキメキと対人スキルを上げていくパウラが最近とても心強い。しかし楽しい勢いそのままにお喋りをし始めるかと思われたリヴィーだったのだが――。


「旅行者ということだったらあまり長く引き留められないでしょうから、残念だけどわたしと“彼”の馴れ初めはがっつり割愛しちゃいましょう」


 そう言って彼女は両手をハサミの形にして“チョン、チョン”と会話の糸を切る仕草をした。けれど僕達はその部分を確かめたくてお茶の席に呼ばれたのだから、内心焦った。リヴィーはゆっくりとシワの刻まれた手を胸の前で組むと、そこに顎を載せて僕達を――見つめるようにして微笑んだ。


「それじゃ、省く部分の詳細は文通にしましょう。うふふ、良いわねぇ、この歳で若いツバメが出来ちゃった」


「だからぁ……先生ってば、自重しましょうよ」


「はいはい。それじゃ、わたしはこの若いお客様方とお話を楽しむから、貴女はお店番よろしくね?」


「うえぇ、どうせ誰も来ないですよー」


「あら、ここにいたっていつも貴女が信じてくれないようなお伽話をするだけよ?」


 目の前で繰り広げられる店番バトルに驚きつつも、そのリズム感すらあるやり取りに彼女が言い出したはずの“限られた時間”が浪費されていく。


 でもそんな二人が繰り広げる舌戦は面白く、思わず制止するのも忘れてパウラと聞き入ってしまう。しかし最終的には師に勝る弟子はいないという格言通り、ヘンリエッタが途中退場していった。


「うふふ、ごめんなさいねぇ、わたしもあの子も冬場はお客様が珍しいから。それも貴方達みたいに変わったお客様は特に、ね?」


 ニコニコとしたままヘンリエッタの気配を“見送って”いたリヴィーは僕達に向き直るとそう言って微笑む。


「いえ、僕達の方こそ営業時間中なのにお時間を取って頂いて申し訳ありません」


「あー良いのよ、良いの。若い子はそんな細かいことは気にしないものよ。それよりも、だいぶあの子と遊んでいて時間を食っちゃったわね? ここからは巻いて行くから、何か聞き出したいことがあったら遠慮せずにバンバン聞いて頂戴」


 ――……こうして黙っていれば非の打ち所のなさそうな老婦人と、僕達の奇妙で奇天烈なアフタヌーンティーが始まった。



***



 彼女と“彼”の馴れ初めは、残念ながら最初の宣言通りがっつり割愛されてしまった。ただし“バンバン質問してこい”と言うスタンスの彼女の言葉に甘えて、色々と気になっていたことを聞いてみることにした結果、ある質問に対して実に興味深い答えを聞くことが出来た。


 それは“僕とパウラのような関係のポーション職人が他にもいたのか”という質問だったのだが、彼女の若い頃は少ないものの存在したのだということ。そもそも彼女の“夫”も彼女曰わくレベルはそう高くない「大したことの出来ない風の精霊なのよ」だそうだ。


 しかしそうは言うものの、パフュームのポーション職人として独り立ち出来たのも彼のお陰だったらしい。それというのも、彼と出逢う前からレヴィーはポーション職人の真似事をしていたらしいのだが、生まれつき目の見えない彼女が多くの土地を巡って調香師の元で勉強をするのは難しかった。


 何より彼女は身体も弱かったせいもあり、家族が遊学を許さなかったのだという。


 それを割愛された彼女の夫である風の精霊が各地を回って、その土地の風に含まれる花や木々の香り、移り変わる季節の香りまでもを彼女の元まで持ち帰ってくれたのだとか。


 屋敷から出られない彼女は外の香りに憧れ、またその香りを類い希な嗅覚で嗅ぎ分けてパフュームとして精製した。それがたまたま交流のあったご婦人方の間で評判となり、ついには店を構えるまでになったのだそうだ。


 因みに今日も朝、リヴィーに僕達の存在を確認したと彼女に伝えた後、ここより遥かな土地まで“春の香り”を採りに出かけているのだとか。


 ……どうにも彼は大変な“愛妻家”であるらしい。


 少し話が逸れたが、その職人達が精製するポーションには何らかの加護や得点めいた効能があったこと。最後に、近年おおよそのポーションの調合方法が確立され、職人達が独自性を失い始めた頃から、僕達やレヴィーのような職人達も徐々に姿を消して行ったことなどを巧みな話術で次々に語ってくれた。


 レヴィーが言うには「大手の工房が、個人工房の職人を子飼いにし始めたせいもあるんじゃないかしら?」と言う。パウラもレヴィーの考察と同意見なのか「本来長い刻を生きる精霊は、変化のあるものに惹かれるんです」と仕切りに頷いた。


 そういえば最初にフェアリー・リングの採取に行ったときも、チラリとそんなことを言っていた気がするな。それでいくとあぶれてしまった好奇心の強い若い精霊達は、みんな冒険者側について行ったのだろうか? 


 少し気になってリヴィーに訊ねてみれば「そんなことはないでしょう。くれぐれも自分達だけが特別だなんて思っちゃ駄目よ?」としっかり釘を刺されてしまった。


 職人の大先輩である彼女にそう言われては、今まで以上に気をつけなければならない。まだ思い上がってはいないつもりでも、“自分達だけ”という思い違いは危険だ。気を引き締め直して「心しておきます」と答えれば「パウラちゃんの彼はお堅いわね~」と、冗談めかして僕達の関係をからかった。


「へぇぇ……それじゃあ、パウラちゃん自身が強力なお薬になるわけね? それが本当だったらパウラちゃんを一人使い切ったら、伝説の霊薬【エリクサー】とか出来そうねぇ」


「そ――れは、ちょっとさすがの僕でも実験してみようとは思えませんね」


「あら、残念。もしかしたらとんでもないポーションが出来るかもしれないのに。ふふふ、だけどわたし達みたいな研究狂いの口からそんな言葉が出るなんて……あなた愛されてるわねぇ、パウラちゃん」


 何の会話からそんな恐ろしい内容に発展したのか……隣でどう答えれば良いのか悩んでいるパウラに首を横に振ってみせる。このようにたまに飛び出すポーション職人ジョークが恐ろしいのを除けば、リヴィーとの語らいは楽しいものだった。


 ヘンリエッタが僕達を呼びに来てくれるまで外が薄暗いどころか、闇に包まれていることにさえ気付かなかったほどに。それほど僕達にとって秘密の共有を出来る存在は貴重で、同時にいつ周囲の人間にバレるか分からずに不安を感じていたのだと思うと自分が情けなかった。


 けれどそのことを告げれば、リヴィーは車椅子の上から僕を手招いた。


「わたしの夫みたいに姿が見えなければ心配ないでしょうけれど、貴男のパウラちゃんは見えるし触れられるんですもの。怖く思って当たり前なのよ。誰かが彼女を害するかもしれない。そう脅えるのは正しいわ」


 そう言って僕の頬を包み込むように撫でる掌からは、ここではない国の、暖かで少し若草の萌える日差しの香りがした。


「貴方達は庇い合って、支え合って、自分達の作品に挑み続けるの。誰の真似をしても構わないけれど、挑むことだけは止めないで。……良いわね?」


 僕の頬から掌を離したリヴィーは次にパウラを傍に呼んだ。車椅子の前にパウラが跪く気配を感じ取ると、その深緑の髪に顔を寄せてすぐに離れた。


「うふふ、いきなり顔を近付けたりしてごめんなさいね? だけど夫が届けてくれる前に貴女が春の芽吹く香りを連れて来てしまったと言ったら、彼はさぞ悔しがるわねぇ」


 ふと僕の気のせいかもしれないが、そう悪戯っぽく微笑むレヴィーの車椅子の後ろに立ったヘンリエッタの表情が僅かに曇った気がした。外は日が落ちてから一気に冷え込みを増したので身体に障りが出てはいけないので、リヴィーとは工房内で別れることにしたのだけれど――。


「あ、そうだわ、パウラちゃん。お近付きの印にこの棚にあるパフュームの中から気に入った物を一つ持って帰らない?」


 などと、とんでもない提案をしてくれた。さっきまでの会話の中で、昨日の彼女の惨事を聞かせたにもかかわらず……だ。


 明らかに面白がっているリヴィーと、困ってはいるが欲しいのだろうパウラの視線。そして会話には加わっていなくとも、師匠のやりそうなことには想像がついているのだろうヘンリエッタの苦笑に――力なく頷く。


 二人と住所を書いたメモの交換を済ませて別れを告げる。店の外はすっかり暗くなっていて、通りは店舗の上にある居住区から零れる照明で積もった雪が仄明るく照らされていた。


「分かっているとは思うが……良いかい、パウラ。それは一回につき紅茶に一滴程度の摂取量に留めておいてくれよ?」


「え、えっと、はい……」


 僕の念を押す言葉にパウラにしては珍しくハッキリとした返事を寄越さないところから察するに、たぶん用法と容量を守る気は薄いのだろう。


 仕方ないので多少のお目こぼしはするつもりだが、ウォークウッドの工房に戻ったら自室に鍵を取り付けようと心に決める。


「さぁ……それじゃあ、予定よりだいぶ遅くなってしまったから少し急ごう。きっと宿屋で今頃オットー達が待っているから」


 もう日中でないのだからはぐれることもないのに、自然と繋ごうと伸ばした僕の手をパウラがしっかりと握る。待ち合わせの時間を少し過ぎて、追い立てられるように雪の積もる道を二人で慌てて向かった宿屋の食堂にオットー達の姿はない。


 もしやすでに到着して旅の疲れから先に眠ってしまったのだろうか? そう思って宿屋の従業員に訊ねてみたが、みな一様に今夜は冒険者は来ていないと言う。結局ギリギリまで食堂で到着を待ったのだが……何故かその夜、ついに僕達の前に待ち人達が現れることはなかったのだった。

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