さよなら、平穏なキャンパスライフ
不可思議な会話をした後で、公衆電話の受話器を握ったまま、壇 霧人はフリーズしていた。
「なんだったんだ、今の」
彼の頭の中は、混乱を極めていた。
「冗談にしたってタチが悪い。なんだよ、パンドラの箱の解除コードって。そもそも、神風博士は……」
カサッ
公衆電話の下に、一枚の白いカードがあった。
「なんだ、これ?」
名刺サイズのそのカードは、マット仕様になっている。
「死期帳修正、円谷 富夫、22XX.07.21.死亡……? 今日じゃねぇか。
円谷って、情報学部のあの円谷研の教授のことか?」
霧人は円谷教授を知っていた。枝みたいに細くて、いつも便所サンダルを履いている遺伝子科学の教授だ。
さきほどの電話といい、カードといい、どこまでも薄気味悪い。
「死期帳って、なんだ?」
聞き慣れない言葉に、違和感を感じながらも、見なかったことにできない何かが、そのカードから感じられた。ただ、立っているだけなのに、背後から追い立てられるような焦燥を感じる。
「クッソ、なんなんだよっっ!」
霧人はカードをジーンズのポケットにねじ込むと、情報学部棟に駈け出した。
情報学部棟別館 4階 円谷研究室
筒状の建物は、中央が吹き抜けになっているのに、昼間に来てもなぜか日当たりが悪かった。
夜の別館の廊下は非常灯のみがついている。
霧人は、カードに名前が書かれていた教授の研究室の前に来ていた。中から人の気配がする。研究室の入り口のステイタスランプは、【在室】を示している。
「とは言え、来てどーすんだって感じだよな……」
少し息切れをしながら、霧人はごちる。
国際学部の霧人にとっては、学部も違う、面識もない教授である。いきおいあまって来たものの、完全に行動は頭打ち状態だ。
尻ポケットに入れたカードに手を伸ばそうとしたときだった。
ガタン
研究室の中で、物音がした。
「ぐっ」
続いて、男が呻く声がする。
「?!」
霧人はその場で凍りつく。
空気が一気に張り詰めた。
霧人は、息を潜めて様子を伺う。
冷たい扉に耳を押し当てて、聞き耳を立てるが、部屋からは物音ひとつしない。
「畜生っ」
霧人は短く言うと、
ダァンッ
「円谷教授!!」
扉を叩き、大声で中に呼びかけた。
ダァン、ダァン、ダァンッ
「円谷教授っ! いらっしゃいませんか!」
霧人が、拳を大きく振り上げた時だった。
バンッッ
中から、勢い良く扉が開いた。
「うおっ!?」
霧人は前のめりに研究室に突っ込む形となり、たたらを踏む。
慌てて体勢を整えて、顔を上げた。