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空想死神黙示録  作者: タテハ
10/13

公衆電話群で、僕とワルツを

たったったったっ


霧人は走る。

前のめり気味にコリドールを大股で駆け抜ける。

入学して、ここを全力でダッシュしたことなど彼にはない。

すぐ後ろに空子が追いついてきていた。

ハイヒールは8センチはある高いものだったが、空子の走りっぷりは、その不自由さを微塵も感じさせない。


「はぁ、はあっ……っクソ」


霧人の顎にしたたる汗が、コリドールのコンクリートにポタリと落ちていく。


(おかしい。今頃なら、ゼミ室でマルボロふかしてたはずなのに)


尻ポケットに入っている嗜好品タバコを手で確かめ、霧人は口から一度息を吐く。


彼の視界に、二人の男がぐんぐん入ってきた。




国際学部棟東 公衆電話群




先ほど霧人が神風博士と会話した公衆電話の前で、二人の男が睨み合っている。


霧人から見て奥、国際学部棟側にいる一人は、白いパーカーにジーンズ姿の自身と同じ格好をしたウルトラマンのお面の男。


円谷教授を殺した現場にいた男だ。


そして、もう一人は、


「は? なんだよ、あいつ」


霧人の口から、思わず声が漏れた。

それは、明らかに愕然とした表情をもっている。

彼から見て手前側のド派手な男に、眉をひそめる。

赤い長髪を黒いリボンでひとつに束ねている。黒いギラギラとした服を身にまとったガチムチな男がそこにいた。

なんとこの田舎の大学にそぐわないことだろうと霧人は思う。

まるで、90年代のヴィジュアル系のような出で立ちである。


(あれが、空子が言ってたアカザルか……?)


「そぉいっ!」


声は霧人の後ろから聞こえた。

後ろから一陣の風が吹きぬけるのに、思わず背を押される。


「へぇ?!」


続く間抜けな声は霧人からだ。


何が起こっているのか、彼にはまったくわからなかった。


彼の長く伸びた銀の前髪が、ふぁさ、とおでこにかかった時、


ごめすっ


「へぶぅっ?!」


赤髪の男の後頭部に、空子の飛び蹴りがめりこんだ。


「……え」


これには霧人も驚愕するしかない。




どしゃあ、ががが、どんっ


前にふっとんだ赤髪の男は、咄嗟に右で受け身を取ったが、そのまま公衆電話群に突っ込む。


「は? おま、くう……? なんで蹴ったァ……?!」


慌てて霧人は公衆電話に駆け寄る。


公衆電話の一番手前の一台目、ボックスを支える支柱に、赤髪の男はくの字になったまま動かない。


「何考えてんだよ!!?」

霧人は優雅に態勢を立て直す空子に怒鳴った。


「あたし、そいつ、キライなのよ」

しれっと空子は言う。 


「え? 味方じゃないのか?」

話の流れだと身内の人間のはずなのだが、と霧人は思う。

たずねる霧人の背後で、赤髪がのそりと身を起こした。 


「イッテテテ〜、マジぱねぇわ。

さすがは特務のフォルトゥナ↑↑↑ 

クセになりそうだぜ、その愛のムチ♡」


と言って八重歯を見せて笑う。

外傷はなさそうだ。


「無駄に頑丈なのだから、始末が悪いわ。

猿なら猿らしく、山にお帰り!」


ふん、と空子は鼻で笑うと、「さてと」と機嫌良く仕切りなおし、セーギノミカタと対峙した。


白いパーカーの上の、表情のないお面の中で、ぎり、と歯を食いしばる気配がする。


それを感じて、空子は一層嗜虐の笑みを深くした。


「はじめましてぇ、セーギノミカタさん。

あたしのボスがあんたに会いたいんだって。

ちょっち、お時間いただけるかしら?」


じりっ


空子がさらに距離を詰めーー、





ぞくぅ!



霧人の背筋に悪寒が走る。


ーー目があったのだ。


彼の灰色の目と、

自分と同じ服装をしたウルトラマンのお面の男の目が。


霧人は、微動だにできずそのまま立ち尽くす。


(なんだ、なんなんだ? この感情?)


霧人は必死で自分に向けられた感情を分析する。 

お面の男から発せられる空気、目線の熱、挙動、息遣い、それらが孕む感情を。

 

(あきらかに、殺意ではない。

しかも、これは……、ばかな。ありえないだろ)


霧人の首筋に汗がつたう。

パーカーにジワジワとしみていくそれ。


ふつうに考えて、お面の下からの視線なぞ、人間には察しようがない。

実際、今も空子はセーギノミカタと呼ばれるこの男の目線を把握できてはない。


(なぜ、俺にその感情を? 理解ができない……が、)


霧人という男は鋭い観察眼をもっており、対するモノの感情が手に取るようにわかる。

例えば、昆虫がどう飛ぶかさえ、カンタンに読めてしまう。


かたかた、かた、


お面が微かに震えるのを、霧人は見逃さなかった。霧人の灰の瞳が大きく見開く。お面の奥で、涙が光っている。


「ッッちょっと待て、空子!!」


霧人が大きく叫んだ。


「聞けないわねッ!!」


ほぼ同時に、空子はお面の男に向かって高く飛んだ!


同時に霧人もかけだす。


ガッ!


突然、霧人の右足首が強く掴まれた。


「ッヒャ!?」


ずべん!


予定調和に霧人は前のめりに転げる。


「いってぇ、何すんだよ!」


足首を掴む男を睨みつけた。

そんな霧人の殺気におかまいなく、赤髪の男はのしのしと霧人に覆いかぶさってくる。


「久しぶりだなぁ! キリトぉ!!

ゼーレンだぜ! お前のゼーレン=ヴァンデルグだぜぇぇぇ!!」


のしりと体重をかけられ、そのままマウントを取られる霧人。


「ひ、何、こいつ、怖いっっ!」


と、ドン引きする霧人に、


「二十年ぶりだなぁ!!

スグ分かったぜぇ、キリトのこと! 迎えに来たんだ!

また、一緒に仕事しようぜ! 死神長!」


と、まくしたてるゼーレン。


「何言ってるのか全然わかんねぇよ? 

とりあえず、重いし!

あんたに俺は会ったことない! 

はじめましてだよ! いいから退け!」


「え?」


霧人の言葉に、ゼーレンの動きが止まった。

 


どん


ゼーレンの力が抜けた一瞬をついて、霧人はゼーレンを押しのけ、空子たちのいる方に顔を向ける。


霧人の腹の奥がざわざわとうるさい。

お面の下から見えた涙を思い出すと、霧人の胸がしめつけられた。


空子とお面の男は、すでに殴り合いをおっぱじめていた。


お面の男が、13台目の公衆電話に追い込まれている。


「楽しませてくれるじゃない。

これでおしまいよ? セーギノミカタさん」


空子のセリフが、完全に悪党である。

悲しむなかれ、彼女は今作のヒロインである。語り部としては、嗚咽が漏れるばかりである。

言わずもがな、その表情も寸分のたがいもなく悪党枠の顔だ。


「さようなら!」


空子がラウンドハイキックをくりだす!


ぶん!


お面の男が公衆電話をもちあげて、盾にする。


がつん!


人骨と硬質なプラスチックが衝突する。

空子は難なく公衆電話を蹴り飛ばし、


がちゃりこ


すかさず、その受話器を取って、くるりと男の背後に回り込むと、コードをお面の男の首に縛り付けた。


「だめよぉ? 国のモノは大事にしなくちゃぁ」


ねっとりとした色香のある声は、お面の男のすぐ耳元で聞こえた。

背後で公衆電話がコンクリートに落ちる音がする。


「ぐっ、ぅぅう」


ぎりぎりぎりぎり


螺旋の緑のコードは伸びきってお面の男の首に食い込んでいく。


「っぐぅ!」


呻きながらも、お面の男は空子の腹に肘鉄を入れた!


「かはっ」


みぞおちに決まり、苦悶の表情を浮かべる空子。

すかさず、お面の男は、コードからすり抜ける。

お面の男には、かなりの疲弊が見て取れる。肩で息をしていて、呼吸も荒い。


「やめろっ!」


霧人が声を荒げた。 

霧人は、今まで生きてきて、こんなに大きな声なんて出したことがない。


びくり、とセーギノミカタが震えた。


その反応を見て、霧人は、えたいのしれない不安を感じた。


「キリ、ト、様」


やっとで聞こえる小さな声だった。


「え?」

霧人は、自分の名前を呼ばれてたじろぐ。




「たすけて」




霧人には確かに、そう聞こえた。



どん!!





爆発音がキャンパスにこだました。

セーギノミカタが爆発した音だった。

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